75話
一ヶ月以上離れた私塾の環境は、俺が居ないながらも元の形を維持しような努力が成果として現れていた。
この世界的には成人済みでも、俺の感性では未成年の少年少女の、若さ故の努力は非凡で。
置いてった素材の特殊性も有るが、そんな未知の素材を活用し、無くなれば代用品をと創意工夫の精神を鍛えていったようだった。
ただし、成果が全て成功だとは言わないが。
まぁ、学びの舎としてはそんな部分が大事のようで師匠も特に茶々は入れてもいない様子。
と言うか。
むしろその色々な弟子の活動を楽しんでいるようで。
……食い道楽の精神に目覚めたとかじゃないと思う。多分。
帰還早々に、不足と枯渇対象の調味料を補充させられたけどな。
そんな成果の中での革命が、子共カレーの展開。
どうも発端は師匠らしい。
円やかシチューやハヤシ擬きの大人しい味にご不満だったようで。
世間の酸いも甘いも嗜んだ大人の舌は、あの刺激が恋しくなって仕方が無い時期とかが発作的に出たりするのだ。
しかも俺の、前世の専門家達が腕を振るいまくって創り上げた万人が「美味い」と思うようなレトルト味だ。数回も食えば脳の食欲中枢に中毒性を植え付けるなど、実に容易い代物なのだからして。
そんな感じに、定番のシチュー風味からやや薄まったスープ風、スバイス自体を素材に絡めた焼き物風等、前の世界の試行錯誤が繰り返されたような変化を遂げて、色々と多彩なメニューを展開するようになってたり。
目下の師匠の悩みと言えば、数の増えた献立のスケージュール調整と……弟子達が魔術より食の探求に傾倒し始めたところのようで。
其処はまぁ、教え子の個性と己の教育理念で何とかして欲しい。
諸悪の根源が俺的な視線は冤罪、それ以外の何物でも無い。
弟子共の向上心のお陰で主夫生活も緩和し、実に、本来覚える筈の魔術をやっと修学可能になった俺。
なんか実に平和な……。
あれ、ここって喜んで良いことか?
むしろ、今までの境遇に憤懣した方が正しくないか?
……まぁ、終わった事をクヨクヨしてもか。
ただ、始まった弟子生活も時折の中断が挟まれる。
いまだにミラテルの依頼は継続中でもあるので。
しかし向こうの魔術関係の情報の再調査も膨大なようで、俺が再び呼ばれたのは二週間が過ぎた頃となる。
それだけの期間は新たな主従関係を築くのに十分だったらしい。ポメ獣人……もとい、ポポ族獣人っ子に群がられた中心に居るミラテル嬢は、なんとなーく群れの頂点たる威厳をキリっとした眉のあたりに示してたり。
相変わらず毛玉に埋もれてる絵面は変わらずとも。
背後には世話係のエイギー。感性がミラテルと同類なので可愛いに視線をロックオンした表情はまるでミラテルの姉妹のようで。
ただ、そのロックオン対象にミラテル嬢も含まれてるように感じるのは……俺の勘違いだろうか?
その部分だけ抽出するとポンコツ侍女のそれと被ってる気もしないでもなんだがぁ。
……類共の法則だな。
または、特殊な引力をもつ者同士の引き合いとか。
今後も増えるような兆候があったら……少し、身の振り方も考えようか。
あんまりにも濃い個性は少数派であって欲しいし。
と言うか、一人居れば十分だ。
フィンカは俺に着き従うのが自分ルールのようで、私塾など同じ敷地内なら結構自由に動きまわってるがこうして出かける時は傍にぴったりと貼り付いてくる。
だがそれは、かつてのボスの登場をポメ達に示す事でもあり、あっという間にミラテル嬢から群れの中心にし崇める対象へと据え換えられる。
「あああっ」と残念がるミラテル嬢に南無。
流石に餌付けだけのボスと獣人らしき強者を示してのボスとじゃ格が違うようで。
まぁ、これからの用事には都合が良いので、子供たちはそのままフィンカに預ける事に。
捨てられた子のような絶望の表情にちょっと後ろ髪引かれるが、其処はビジネス案件ので……我慢してもらおう。
さて、今回ミラテル嬢に呼ばれた内容は。
俺が現地で思いついた仮説を支持するような情報が得られたからとの事で。
どうやら曾祖父の日記や行動記録にそんな部分があったらしい。
流石に中枢貴族ともなれば普段の行動自体にプライベートが存在しなかったようで。
それでも隠れて動けない訳でも無かったのだろうが、そんな情報の抜けを拾って行けば、何処で何を的な推察が可能な物も出てくるようだった。
其れをミラテル嬢の生誕時期に限定して、俺の記した魔力ラインが発生している方角と照らし合わせてみて、どの対象が怪しいのかのあたりを付けるのがまとまったな感じらしい。
ただ、問題はその課程で特殊言語による暗号書類が多数発見された事。
古代魔術語や異世界言語、俗に[魔王語]とも呼ばれるような面倒な物でも記されてたのだとか。
……何と言うか、俺にしてみたら逆にその人物に意味深な謎を感じずにはいられないと言うか。
……ミラテル嬢の曾じいさん、いったい何物なのやら。
さて、大層な名称で呼ばれる言語も実は名前負けのようで。
特に[魔王語]。魔王の由来から察せれるように、単に日本語がそのまま書かれているものだったりした。
ただ……、読むのに非情に精神力を使うといったところは、確かに魔王が記し残した遺物と言おうか。
うん、真っ黒な歴史が記されたような内容が実に、多い。
多すぎる。
いわゆる中二病全開の内容が多い。
俺がこの世界に来たときにしたような考察日記が荘厳で重々しい風に書かれていて、しかも「自分って凄い」な自画自賛まで堂々と書かれてたり。
今、本人がこれを見たら確実に戦術核の炎を使ってでも滅殺したい衝動を生むと思う。
何千年経ったかな遺物か知らんが、そういった悔恨を抱く内容と解釈して良いと思う。むしろ今見て「若い頃の俺、カッコイイ」とかな感想をもつ人物だった場合、絶対に関係をもっちゃヤバい対象だろうから。
魔王だしな。
そっちの心配の必要性が高かったら、確かに世界の理から敵視されても仕方無いと納得するわ。
……そんな訳で。
この世界の住人には難読対象も、俺なら読める物は案外多いのだけし伝えた。
だが、早急に解読と翻訳って事には繋がらなかった。
読めるが故に受ける精神的ダメージはチートでも緩和が無理だったので。
と言うか、チートで緩和できたら自分の精神が壊れるのとイコールな気がして全力で抵抗する覚悟を持てる。
内容的には、曾祖父が魔王言語を元に暗号として使った感が有るので、普通に日本語の解釈をしていいのか悩む部分も多い。
その点で、日記の解読が一番難しい。
日本人が中坊英語で書いてるのと似てるから。ある程度書いた人物の感性を模倣する気持ちにならいと、誤訳する危険を感じまくりで。
しかし、それは同時に精神を汚染されてる危機感を感じるのだがな。
逆に読みやすいのは、古代魔術語の写本など。
実のところこれも地球由来の物だったりしたのだが、記述内容が技術書仕様だったり、英語によるプログラム言語だったり。
魔法陣としての絵図も有るのだが、これが今日最大の発見と言おうか。
構造として簡潔に言えば、楽譜で記したレコード盤のようなものなのだ。魔力を流せば発声に似た音で擬似的に詠唱し、魔術を発動させるといった仕組み。
中には実に原始的な、アナログ蓄音式の詠唱記録用魔道具の設計図までが隠されていたり。
……中々成果じゃないか。
昔の人の試行錯誤は伊達じゃ無い感じで。
現代の魔術を習うのも大事と思う反面、古文書扱いになった魔王由来の魔術も並行して覚えたい気になる。
帰ったら師匠経由でも聞いてみよう。
あちらはあちらで、如何にも古い物とか持ってそうであるし。




