76話
迂闊な事に、自分がチートで会話や読み書きをしてる事を今更に自覚した俺。
この世界の現地語を日本語のつもりで使ってたので、では日本語の文書をどうやって現地語に翻訳するかに……結構悩んだ。
ほぼ自動的に、現地語での書き物にはなるのだが……、それを誰かにレクチャーしながらとなると……案外詰まる部分も多かったり。
特に単語の比較表がきつかった。
リンゴを日本語と現地語の両方で記すのの意識の切り替えがね。
この世界に来て以降、自分では両方とも同じ文字で書く意識だったから、その区別を意識しろと言うのが逆に新鮮を通り越す難易度で。
昔の感覚だと日本語の思考と英語の思考とで完全に分割する感じに活動してたのもあって、この感覚は初めてのもの過ぎて困りもの。
三日程はその感覚に慣れる事から始めたので長丁場な依頼と化した。
向こうとしてはこれ幸いな感じに、直接依頼に関係しない古文書まで出してくるようになったので……、終わりの見えない仕事の様相もなー。
此方としても見れる内容が有益なだけに断り辛い。
通信教育で専門技能職の資格を得る程度の怪しさで魔術の知識が増える魅力は捨て難し。
内容の多くが、異世界人がこの世界の魔力を扱う方法の研鑽の内容だからだろうか、普通に習うより理解しやすいと感じるのが不思議。
門外不出と言う訳では無いが稀少品なのは確実なので、作業はその現場でとなる。
つまりはミラテル嬢の私邸に通いとなる。
貴族邸だけあって作業中の世話役が何処からともなく湧いて来るのだが、流石に客人対応だと丁寧ではあっても主導は向こう側な流れに。
しかし仕事の流れを中断されるのは自分的に気分が悪くなるので、手間の類を極力断る精神でやった。
弁当もその部類で。
と言うか、貴族の食事の感覚が特に無駄に時間を使うのに呆れて。
初日は手弁当の定番としてサンドイッチを用意したが、和風に生きた前世のせいか軽すぎて腹持ちが悪い。かと言って量を増やすと使う時間で本末転倒。
そんな訳で専用のブツを用意した。
「芋餅」。
マッシャポテトと小麦粉を練って餅状にしたものを揚げたもの。
モチモチねっとり、そのくせ噛み切る寸前の食感はシャキリと繊維感も併せ持つ。
基本は軽く振った塩のみで十分に美味いし、冷めても弾力が衰えないのが良い魅力。
なにより、少量を食っても腹にどっしりと貯まるのが良い。
それでいて、芋食品に有りがちな後味を無限に引いて食欲が止まらない性質も備えていたり。
素人さんは自制できずに胸焼けするまで食ってしまう確率高しの、魔の携帯食であったり。
反面、仕事しながらの「ながら食い」には最適な。
紙仕事に合わせる以上、素手持ちは手が汚れるからそのあたりの工夫は大事か。
海苔があれば楽なのだが、今回は無かったのでハーブで代用。大葉に似たものが有ったので。紫蘇っぽい香りが油臭さを緩和して丁度いい。
……とまぁ、そんな仕込み付きで仕事の効率などを図ったのだが。
まさか、味方から妨害行為を受けてその効率が落ちるとは思わなかった。
最初はフィンカだった。
外出時の行動は俺に着いて来るので、まぁ自分だけが何か食ってなのもなんで御相伴はさせていた。
そして、気付けば皿が空になっているパターン。
……ハーブのせいで独特の香りと酸味が着いてるから、そう好まれるとも思わなかったんだがな。
何と言うか、誤算である。
だが俺の場合、物事の細かい部分に拘る割に物臭で面倒嫌いな性格でもある。
食い物に関しては適量作れば満足とか、後々に後悔するとかは散々と経験しているのだ。
[収納]も有るのだし、絶対食い切れない数を用意するのは当然の結果。
それは異常な食欲を発揮する獣人娘が一人追加された程度では揺るがない。
無くなれば無限に足せばいいじゃない、の精神で、再び芋餅の皿を満たした訳だ。
そうして数刻。
気付けば、またも皿は空に。
……ここでちょっとおかしいと思った。
再充填した後は直ぐ作業に戻ったので、俺自身は数個を摘まんだくらいで済んでいる。
またもフィンカかと視線を投げようとして足下の重さに気付けば、其処でフィンカはお昼寝中。
思い返してみればそんな状況になったのも充填直後の事なので、自身の感触の記憶が確かならばフィンカは床で丸寝を続けていた事になる。
……ならば、犯人は別にいると。
此処で俺の推理したい精神が無駄に機能し始め、俺の意識していなかった時間の違和感が脳裏に再現開始。
誰か、他に侵入者が居なかったかをチェックし始める。
……。
…………。
………………、あれ?
特に居ないな。
最初は食欲に関してはフィンカの同類。ポメ達かと疑ったが。
今回に限ってはその気配を感じない。
……ああ、確か仕事のし始めに盛大に邪魔してたから出禁にしたんだ。
連中にしてみればフィンカ親分とその餌係な立場の俺は直ぐ傍に居たい対象。まぁ正当な理由なので止める理由が無い。そして相手をしてもらえなければ退屈で騒ぐのも自然の摂理なので当然五月蠅い。だから追い出した。
今回のその顛末は芋餅を出す前の事なので、食い気優先でそれを破る可能性も……まぁ低い。
と言うか、気配も無いし。
しかも其れを徹底するために作業用の個室を用意して貰ったし。
食事は自前で用意するからと、使用人達の出入りすら極力廃したのだし……。
あれ、もしかして密室で起きた謎の云々のパターンか、これ?
気が反れたので反射的に始めた気分転換の思考だったが、実は奥の深い状況だったかとちょっと旋律が走る。
密室にて探知チートの俺と天然ハンターな獣人を掻い潜った、つまみ食い犯人の存在。
……流石は貴族の住む環境。
変なイベントが色々と設定されてるようで?
……いやいや、そんな現実は勘弁してほしい気持ちですが。
空のままの皿が気持ち悪いのと三度目な事もあって、やや反射的に芋餅の補充。
序でに一つを摘まんで食す。
噛む刺激で脳細胞を活性化させたい気も少し。
と、芋餅の塩気からちょっと喉が乾いたなと紅茶のカップに手を伸ばしかけて……ああ、こっちも空になってたかと気付く。
だが、其れも直ぐに訂正。
「お注ぎいたします」と気配も無く登場したメイドさんが適温適量の紅茶をカップに注いでくれた。
「ありがとう」と此方も反射的に応えて、再び「あれ?」と疑問が。
彼女は今まで何処にいたので?
そう言えば、飲み物も自炊しようしたものの今まで自分が用意した類いは酒と天然果物ジュースに傾倒し過ぎててたせいで在庫も乏しく、其方は此処の方に頼んでたのだ。
俺の感覚としては、何か大きなポットに紅茶でも詰めて置いといてな意味で。
しかし向こうの解釈としては、其れ専用の人員を配置しますなものとして。
うわー、プロってすげえ。
カップ一盃分の作業をそつ無く熟したメイドさんは、お茶煎れ専用のワゴンを音も無く移動し部屋の片隅、俺の視界の死角に待避。息してんのかと疑うくらい静かに、チートの聞き耳ですら聞き取れない仕草で待機の姿勢に戻っていった。
そして此方は見逃さなかった。
と言うか、実際の行為自体は感知できなかった。だが、そのワゴンには確かに数個、芋餅が取り分けられて乗せられてた事に。
しかもこのメイドたち、それをローテーション化してたようで。
そう、「メイドたち」。
複数形だ。
観察対象が決まれば俺のチートは最強である。
俺の作業中、彼女たちは完全に気配を絶って室内の風景として行動していた。
お茶の温度が交代のタイミングだったのだろう、定期的に別のワゴンを運ぶ者と交代、俺が「紅茶を飲みたい」な素振りに反応して気配的には存在しないまま、俺の脇に移動してきては準備してたり。
俺の方はそれに気付かず、何時もカップには飲み頃の紅茶が入ってると錯覚してた訳だ。
今回気付いたのはそのタイミング自体がズレたせいか。
作業も中断して変に悩んでる状況だったし。
……と言うか、それが芋餅チョロマカシとイコールの部分に納得して良いのかは困りものだが。
まぁ、「女性に芋菓子は麻薬の如し」と昔の人も言っていた。
別にこのくらいでなら……まぁ、いい経験と笑うくらいが丁度良い気も……な?
と言うか、彼女たち、感知対象にしてなお気配的には存在してない穏行性なんですが。
いや、よく貴族的な解釈で日常に存在しない要員な話は聞いてたし、前世でも仕事上、僅かながら対応した記憶も有るんだけど。
この世界のメイド道は暗殺の道に等しかったりするのかと悩む……一幕。




