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38話

悲しい事に近くのビルへの不法侵入は難しかった。

何処も戸締りはキッチリの精神のようで。

仕方無しに童女を抱えてチートでの跳躍。

三角飛びの応用で対面同士のビルの壁面を上昇。上階、四階の空いた窓から誰かの住居へと御邪魔させてもらった。

近隣一帯が留守なのMAP反応で確認済み。

この辺りの住人は昼間は勤めに出る独身世帯の御様子で。


飛び込んだ部屋が女性宅なのは一目瞭然。

俺の心情的には気まづいが、童女を寝かせれるベッドに関しては助かったの精神で。

何処の野郎のかもしれない、変な滲み付きの寝床に置く罪悪感よりはまし。

失神状態から冷めないよう軽く魔術で維持する処置をしての、暫しの待機。

後から来る追跡者二名の顔を確認しときたい。

仮想敵の危険度は既に下げてはいるが、逆にこんな子供を使う連中の情報は正確に知りたい。流石に後からの人員まで子供って事は無いだろうし。

と言うか、動きは確実にプロなんで。


まず一人。

目立たない市井の服を着た、茶髪の成人の男。

二十歳前後か。外見的にも目立つ部分は無し。

動きが潜入系のプロ臭い。

[C2]と呼称。「C」はチェイサーの頭文字で。


数秒遅れで別の路地経由での、もう一人。

こちらは女。金髪ショートで美人顔。同じく市井服だが、ちょっと美人で目立ち過ぎか。

推定二十歳前。姿勢も体格も良い。女にしては身長も高めで年齢ももっと上と勘違いしがちだが、致命的に仕草が若い。実年齢は15そこら?

そんな反応から想定できるのは軍人系。規律の厳しい兵士か、本物はまだ見てないが騎士の類か。ともかくそんな印象。

[C3]と呼称。


ああ、勿論[C1]は俺が確保済みの寝てる銀髪童女で。


合流したC2とC3は男を責める女の様相で情報交換中。

……だよな?

マジギレしてる女に完全に尻に敷かれた情けない男の情景に見えるが。

剣呑で荒々しい雰囲気だが、罵る声が届いて来ないのが証拠としとこう。


……あ、C2がC3に腹パン食らった。

あらまぁ、周囲が軽く虹色吐瀉物に覆われて……。

……万が一の偽装の演技だよな、あれ?


そもそも、俺が身を隠した場所で展開する光景じゃ……。

……あ。


慌てて寝てる童女の確認。

この際、倒錯感とか気にしていられん。全身の確認を。

もともと身綺麗で、ドレスと言っても過言じゃない感じの質の良い市井デザインなエプロンドレス。

しかし流石に、豪奢な宝石が嵌った貴金属の宝飾具を着けているとかは異質過ぎる。


[鑑定]→[身代りの魔石]


はい、魔道具でした。

よくやった鑑定。いいとこで仕事したなっ。


以降は想像だが、致死レベルの被害を回避するとかな魔道具だろう。

形は腕輪やネックレスだが、同じ効果らしき宝飾品を幾つも着けてたよ。

更に想像すると、この魔道具に探知機の発信機っぽい機能も有ると見た。

あのC3がこの場でキレてる理由は、C1の反応が有るのに当人を確認できていないとこと見た。


即効で確保。

反応を消せるか知らんが、宝飾品型の魔道具全てを[収納]へと収める。

途端に、「きゃーーーっ」とやっと此処まで階下からの悲鳴が届いた。

……どうやら、見事に探知の反応は消せたらしい。

……ふぅ……。


再び、此方の視線に反応されないよう監視を再開。

あら、C3が地面に[Orz]のポーズで。

同じく地面に膝を付いたC2がC3を宥め様な行動中に……また腹パン食らって沈黙。


……なんだろう。

無性に、ここ数日感じてたシリアスの気持ちが壊された感が。


いや、予想自体は想定内。

俺は監視されてたし、追跡も受けた。

しかしこの……無理矢理に直視させられたポンコツ感は……。


図らずも、子供を失神させて拉致せざるをえん状況への謎の感情をぶつけたい。

あの夫婦漫才してる、推定アホなやつらに。

……いやしかし。ここは我慢。

如何に状況がポンコツでも、まだ真実は何も知らんのだし。


ともかくは静観して、今度はある二人を逆尾行して……って、ちょっと待て。

このC1、童女様はどうするよ。

普通に不審者だったら放置の予定だった。

若しくは連中に回収させる手だった。

……何拉致ってんだ、俺。

此処に放置? いや無理。そもそも誰の家、此処。

前世の環境なら第三者の通報で警察に保護もさせれたが、こっちじゃ無理じゃん。


……何、拉致ってんだよ、俺。

連中に回収させるの一択じゃねーか。

もう無理だけど。


下を確認。

C3の復帰。気力が回復したらしい。

代わりにまだC2が腹押さえて蹲ってたり。

ただ会話はしてるようだ。

残念ながら声は聞こえないし、ほぼ真下を見下ろしなので読唇術も使えない。

それでもこの後の方針を決める会話をしているのくらいは想像できる。

時間は無い。


この部屋の住人は女性。

帰宅後、いきなり部屋で寝ている子供を見ての反応は……、温厚で済むなんて想像は無理だなぁ。

むしろサイコパスな行動で予想できないのは女に多いし。

「愛してるから指を一本ずつ折りたいの」とか真顔で言われた過去の記憶がヤバい。

「バレンタインの本気チョコよ。ほらこのバラの花びら、私の爪製なの」を語尾にハート付きで語られた恐怖。

以来、二月一杯は極力、物理的に日本に居ない事にしていた。


……あ、妙なトラウマへの対応でタイミングを逸した。


どの程度放心してたのか、階下に二人の姿は無し。

MAPでの反応で追えなくもないが、再び、この童女をどうするよ? の問題が出る。

……とりあえず、此処に放置は無しの精神で。

不在の住人には確実に冤罪だが、俺の中ではすっかり精神破綻者の認定住処に置く気が起きない。


……まぁ、このまま状況が収束って展開は無いだろう。

結局、俺は連中の尾行を諦める選択をした。



私塾に帰還した俺への、水爆師匠の視線が痛い。

誰とも知れない子供を連れての帰還だしね。しかも童女。

この世界でも女性全般が受ける理不尽な不遇は周知の事実のようで。

当然のように、女児への社会的な庇護の意識も同じ也。

さらに当然のように、推定加害者への意識は反比例しての氷点下に安定。


ただし、師匠の「またなんて面倒な相手を……」の呟きからして、どうやらこの童女を知っている様子に一安心。

いや、本当に安心できるかは謎だが。


一方的に冤罪を食らう事も無く、童女は師匠の住む区画に安置。

失神状態は刺激が無ければ一日は続くと思うので、その後の対応は師匠に頼る方針で。

そして説教。

と言うよりは、またもこの国関係の講釈の場となった。



この国の貴族には、無条件で魔力を捧げる義務が有る。

特に魔力保有量の高い者には、更に特殊な義務も加わるそうで。

アビラヒ魔導国に聳える六柱の巨塔。其処に常駐し世俗を断って数年、[人柱]として生涯の一部と魔力を送り続けるのだとか。

あの巨塔は都市内の魔道具機能の要として存在してるのだそう。絶えず数十人が常駐して燃料源になり、やっと稼動を維持できてるのだと。

「ミラテル・エーデルワイスは、その要の要として無期限に人柱をやってる娘なんだよ」と言われる。


いきなりの個人名だが、それがあの童女の本名なのは直ぐに判った。

気になったのは、其の名に聞き覚えが有った事。

だがしかし、ちょっと待て。

自分の記憶には決定的な齟齬が有る。


少なくとも、俺の知るミラテルは子供じゃない。

確かに幼い感は有ったが、ちゃんと立派に女性だった。

「それがあの子の難儀なとこでねぇ……」とか、まるで人の意識を読んだような反応は困るわ師匠。


彼女に関して思い出すのは……冒険者ギルドでの個人情報の数々。


曰く、国内中枢貴族の関係者。

曰く、様々な特権持ちで、あらゆる意味で素人が接触していい相手では無い。理由は理不尽な不幸に合う確率が高過ぎるから。

曰く、エーデルワイス相手に社会的どころか物理的に命が惜しいなら逃げろ。特に男は。

曰く、貢物は砂糖菓子限定。


変な言い回しが多かったが、要約すればこんな感じ。

まぁ、美少女と言っていい容貌では有った。冒険者ギルドに居て男関係でトラブルが起きていない理由は無いだろう。

貴族なんだから、それで問題が洒落にならん結果になってたの想像もしやすい。

最後は、逆に甘い菓子が嫌いってなら注釈つけても良かったんじゃね、な感想で。


……あ、家名を聞いてたと今更に納得。

うん。怖いな。貴族の娘にちょっかいかけて傷物にとか普通に死ねる。本当でも疑惑だけでもとか関係無いな、多分。

理解理解。


「そういう意味じゃなくてね」とちょい呆れ気味の訂正。

その後に語られた、もう少し深い事実。


……俺がただ呆けるには、充分過ぎた内容だった。




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