第7話 コアの意味
「なんだか疲れたな」
『テイカーロッジ』に行った帰り道、リヒトは肩を落としながら歩いていた。
3万リムという大金を手にした喜びこそあるが、あの店主と話すとなぜか疲れる。
理由は薄っすらと分かっているが、ちゃんと理解するのが怖いのであえてそれ以上は考えていない。
(三万リムかー)
頭の中で今日受け取った金について考える。スラムでは一か月ほど何もしなくても暮らしていける金額だ。機械型マガツモノの素材が高く売れたとはいえ、一日の稼ぎとしてはかなり高い。
それでいて、三万リムという金額は安く買いたたかれた上での結果だ。もし企業所属のレイダーであれば、さらに報酬が貰えただろう。レイダーの稼ぎが良いことは知っていたが、まさかここまでとは思わなかった。
体にはまだ傷が残っているため、『残留物』拾いの仕事を再開する日が遅くなり、その分の稼ぎがなくなることが心配だった。しかし、3万リムもあれば十分だ。質素に暮らすどころか、スラムではいい暮らしができてしまう。
(肉……肉が食いたいな……シャワーも長めに浴びたいな……)
散財する予定はないが、少しぐらいの贅沢ならば許される。
リヒトは頭の中で色々と楽し気なことを思い浮かべて「ふへへ」とにやけ顔を浮かべる。危険蔓延るスラムでは決して油断してはいけないが、リヒトの表情は完全に緩んでいるように見えたし――事実、少しだけ気が緩んでいた。
「ちょっと君」
いつの間にか後ろに誰かが立っていたというのに、声をかけられるまでその存在に気が付かなかった。リヒトは慌てて振り返ると、後ろに立つ人物を見る。
見覚えのある容姿をしていた。
「……え……っと」
「あ、覚えてるー?」
背後に立っていたのは特徴的な服を着た小柄の女性――ツヅキだった。
「つ……ツヅキ……さん?」
「お! そうそう〜覚えててくれて嬉しいよ〜」
ツヅキは気怠そうにそう言いながら自然な流れでリヒトと肩を組む。スラムで暮らしてきたおかげか、危険を避けるために人に近寄られても必ず距離を保てるよう一歩退くのが習慣付いていた。しかしツヅキに肩を組まれるまでリヒトはその違和感に気が付かず、呆然としていた。
(え、あ?)
ツヅキに肩を組まれている現状に気がつくと、リヒトは驚きながら体を硬直させた。ツヅキはその変化に気がついていないかのように振る舞って笑う。
「いや〜うちの仲間たちさ。みんな背が高いからこうやって肩組めるの君ぐらいだよ〜」
ツヅキは少しだけ背伸びをしてリヒトと肩を組んでいた。それでも黒鋼鉄物公社の仲間たちは背が高く、マガツモノを討伐した後も肩を組んで喜び合うことができなかった。
ただ、リヒトからしてみれば『だからどうした』という問題である。
「あはは……よかったですね……」
「うん、ほんとよかった」
軽く肩を組み合っているだけだというのに、リヒトはツヅキを払い除けることができない。
「あのお——」
「ところでさ」
リヒトの言葉を遮って、ツヅキが強引に裏路地の方に誘う。
「前会った時、うちのゲンジが迷惑かけてごめんねー」
「あ、ぜんぜん」
「なんでもゲンジが言うには、あいつ君に攻撃したらしいじゃん。怪我とかなかった?」
言葉の節々から感じる威圧感に委縮しながらも、リヒトは冷静に思考を回していた。
ツヅキに声をかけられた理由をリヒトは理解している。おそらく攻撃したことに関して口外しないで欲しい、とかそんなところだろう。リヒトが弱みを握っているため、立場を利用して何からの要求を突き付けてもいい。しかし肩を組み、隣で緩い雰囲気で笑うツヅキが何をしてくるか分からないせいで、半端な行動はできない。
自分の要求を通して立場を少しでも有効活用しながら、この場を穏便に切り抜ける方法――リヒトは僅かな時間の中で考えて答えを出した。
「あの……おれ、別にあのこと口外するつもりはないですよ」
「ふーん」
自らの目的を見透かされたことに不満なのか、予想通りに事が進まなかったことが不満なのか、ツヅキはリヒトと肩を組んだまま品定めするような視線を向けている。
一方でリヒトはたじろぎつつも表面上は何ともないかのように偽った。
「でも代わりに、これ買い取ってくれません」
「ん~?」
リヒトが懐から取り出したのは、買い取りを拒否された機械型マガツモノのコアだった。
「コアねぇ……」
コアの状態から見て、縄張り争いで死んだ機械型マガツモノから回収したとは考えづらい。かといって他のレイダーが討伐した機械型マガツモノの死体から奪ったとも考えにくい。これほど状態の良いコアだ。普通のレイダーならば回収している。
状況的にリヒトという少年が回収したと考えるのが妥当だ。
しかしリヒトにはこれだけ質のいいコアを持つマガツモノを討伐できるレイダーには見えない。
(でも……ゲンジの一発を受け止めた……んだよね)
『T-10』を持った時のゲンジを止めるのはそう簡単ではない。中堅のレイダーでもまず無理だ。だというのにリヒトは一発目を完全に止めた。それだけの実力があれば機械型マガツモノを討伐できてもおかしくはない。
しかしどうにも、ツヅキの目にはリヒトがそう強そうな人物には映っていなかった。
「これを買い取ることでゲンジの不始末をチャラにしてくれるってこと?」
「はい」
「ふーん。君ってどこかの企業に所属してるレイダー?」
「いえ、どこにも……」
企業と契約を交わしていないレイダーはマガツモノの素材を売る手段が限られてしまう。個人レイダー向けに商売をしている素材買い取り専門の企業へ足を運ぶか、繫がりのある買取屋に売り払うか。しかしどちらも格安で買いたたかれるため、最善手とは言い難い。
リヒトが持ってきたコアは普通ならば企業も買取屋も喉から手が出るほど欲しい物だ。用途は多岐に渡り、それこそレーザー系の銃器に使用されることもある。言い値で買い取ってしまってもいい商品。
しかしリヒトはそちらへは行かず――それとももう断られて――ツヅキに買い取ってもらうことを提案した。コアに何かあるとみてもいい。
(うーむ)
ツヅキが腕を組んで考える。
ゲンジのことを口外しないと約束してくれているのはありがたい。しかしその代わりにきな臭いコアのことに関わらなくてはいけなくなる。
(とは言っても……所詮はコアだしねぇ)
コアは機械型マガツモノの中でも特に高値で取り引きされる素材だが、懸賞首や希少素材から得られる特別な物とは違う。あくまでも一般的な手段で手に入る中では高価、というだけ。
きな臭い匂いがしても、大事になる可能性は低い……はず。
「分かった。買い取るよ」
ツヅキはそう言ってリヒトからコアを受け取ると、代わりに契約書を握らせる。
「先に契約書ね。そしたら代金を渡す」
「分かりました」
リヒトは契約書の内容に偽りや騙す文言が無いか確認しながら書き進めた。
◆
(さすがに金銭感覚狂うな)
ツヅキと契約を交わし、コアの代金を受け取った後、リヒトは一人家に向かって歩いていた。リヒトが歩く速度はいつもよりも早く、普段よりも周囲に警戒を向けている。
その原因になっているのは懐にたんまりと入っている金だ。
買取屋から受け取った3万リムに加えて、コアの代金15万リムをツヅキから受け取っている。おそらく口止め料的なものも含まれての金額だろうが、にしても高い。高すぎる。
合計して18万リムの現金を持ち歩いているということだ。
スラムの人々からしてみれば大金だ。
リヒトが18万リムを持ち歩いていることが周囲で寝転がっている浮浪者や傭兵団にバレればまずただじゃすまない。今だけは完全に命の重みより金の方が重い。
(ったく、あのコア……そんな高いもんだったのか?)
買取屋が買い取りを拒否したことや、ツヅキから渡された15万リムという大金から察するにあのコアはかなり値が付くものらしい。そして訳あり品らしい。
ツヅキが買い取ってくれなければきっと使う機会も売る機会も訪れず、最終的にガラクタになり果てていただけの物だ。それが15万リムという大金になって、リヒトに金の重みをこれでもかと知らせている。
(まあ、何かはあるんだろうが)
買取屋やツヅキの反応から察するに、コアの純粋な性能だけで買い取りを断られたわけではなさそうだし、15万リムという高値がついたわけでもなさそうだ。もっと別の、コアから得ることのできる情報に値がついたのだろう。
(ただ、あのコアは……)
リヒトは『ただの機械型マガツモノのコア』とだけしか認識していない。事実、リヒトは機械型マガツモノと戦ってコアを回収するまでの過程を身をもって経験している。
そこに何らおかしなモノはなかった。
(いや……)
だとすればその前……。
(草原の……)
リヒトは座標の場所で草原に迷いこんだ。未だにあの空間が何なのかは分からない。しかし草原にあった鉄柱のような物体が崩壊したことをきっかけに、空間が崩れたことを考えると、鉄柱にヒントがありそうだ。
(そういえば……)
草原に迷い込んでいたせいか、あの奇妙な空間が崩れた後、周囲に立ち並ぶ建物や道の配置が変わっていた。その後、機械型マガツモノに襲われる。
思い返してみれば草原も鉄柱もおかしなことばかりだ。
その上、リヒトはあの場で機械型マガツモノ一体にしか遭遇していない。
(何だったんだあれ)
家の傍まで来るとリヒトは通信端末を取り出して今日あった出来事について調べる。
草原、鉄柱のような何か、迷い込み、色々とキーワードを散りばめつつ調べていくと一つの記事に当たった。
「自動修復機構……?」
記事は『自動修復機構』と呼ばれる都市の修繕機能に関してのものだった。
◆
「たっだいまー!」
元気いっぱいにツヅキが、『黒鋼鉄物公社』の事務所に帰ってくる。テーブルや台所などが置かれた事務所はアットホームな雰囲気であり、レイダーが利用するものとしては珍しい。
ツヅキが帰って来た時、事務所の中には誰もおらず周囲を探し周りながら声をあげる。
「誰かいるー? いませんかー」
ツヅキが仲間を呼んでいると奥の扉の方から、一人の女性レイダーが頭を掻きながら現れる。欠伸をして、寝ぐせもついていた。
「私がいるわよ。うるさいわね」
「ナムちゃーん」
ナムはマガツモノの素材を専門に取り扱うレイダーだ。
ツヅキやゲンジが回収してきた素材はすべてナムの手によって仕分けされ、値段がつけられる。
「やったー。ちょうどよかったよー」
ツヅキはリヒトから買い取ったコアをナムに見せる。
ツヅキはレイダーで色々なマガツモノの素材を見てきたが、ナムほど詳しいわけじゃない。やはり専門家に聞いた方がいい。
「なにこれ……B-C7型のコア? でもちょっと古い……ツヅキ、あんた今日廃都市に行かないんじゃなかったの?」
「ううん、廃都市には行ってないよ~。このコアは前に話した少年から買い取ったー。ゲンジのことを口外しない代わりにねー」
「えぇ、買い取ることを条件にするって……」
個人のレイダーはマガツモノの素材を売り渡す先が少ない。しかし格安であれば買い取ってくれる企業も幾つか存在する。だというのに、わざわざツヅキに買い取ってもらったということは……。
「あんた、やばい物押し付けられたんじゃないの?」
「ほんとにやばい物ならそこら辺に捨ててるよ。それに、私が確認した限りじゃ、そんなヤバそうなモノには見えないけど?」
「……今確認してみる」
「おねがーい」
ナムが左腕の内側を右手でタップすると、ホログラムが浮かび上がる。これはナムの左腕の内部に映像出力端末と演算処理機器の二つが埋め込まれているためだ。ナムは浮き上がったホログラムを操作してコアについて調べる。
「……似たようなコアは無いかなぁ……B-C7型系統……まあ人型の機械型マガツモノは確定だとして……この付近じゃ人型のマガツモノなんてなかなか出ないからなぁ……」
ホログラムを三つほど表示させてさらに調べていく。
「うーん。B-C7の旧式かな……ただ、旧式なんて何十年も前の記録しかないよ。対してコアの状態はいいし。獲れたてホヤホヤって感じ。でも旧式っぽいんだよなぁ」
リヒトが持って来たコアは第七保護区の周辺に昔存在していた人型の機械型マガツモノのコアだ。
しかしすでに駆逐されたはずだ。
ここまで質の良い状態で手に入るはずがない。
「確かにきな臭いかも」
「やっぱり? どうだった?」
「B-C7型系統の人型の機械型マガツモノっていうのは確定。でもこれを持ってる意味がわかんない」
「ふーん……あの少年……」
「あ……! でもこれは可能性としては低いけど……」
ナムが言っている途中に、ツヅキの通信端末が震えた。
「ごめん、急みたい」
ツヅキは基本的に通知を切っているため、通信端末が震える時は大体重要な連絡だ。
ナムの話を遮ってツヅキが通信端末を取り出す。
どうやらレイダーズフロントからのメールだった。
「レイダーズフロントからみたい」
ナムに説明しながらツヅキがメールを開く。
そして送られてきたメールを読んで、すぐにコアを見た。
「第七保護区周辺で自動修復機構が再稼働したらしい。たぶんそのコア……」
「あちゃー」
ツヅキにメールの文面を見せられて、ナムは思わず天を仰いだ。




