第6話 買取屋
「酷い目にあった……」
リヒトが家の玄関入ってすぐの場所で倒れていた。機械型マガツモノに襲われた帰りは、幸いにも他のマガツモノに襲われることはなかった。
しかし単純に歩く距離が長すぎた。
昨日の引き続き今日も酷使した体はもう満身創痍で、幾度もの危機を乗り越えた精神は限界寸前だ。埃のせいなのか臓器に問題があるのか呼吸はしずらいし、腕は動かしにくいし……その上で弾丸や砲撃を食らったせいで外傷も多く残っている。治癒能力が高いので二日三日安静にしていれば完治する程度のものだけだが、もし数センチ当たり所がズレていたら確実に死んでいた。
それに二日三日で治るからといって、今が辛くないわけではない。
動くたびに服と擦れて痛むというのに、治療道具が無いせいで包帯を巻くことすらできない。
「やっぱ……入れすぎだよな……」
こんなにも体が疲れているというのに、リヒトはさらに鞭を打って体を動かしたせいで、傷の具合も目に見えて悪くなった。
鞭を打つことになった原因は、リヒトを玄関で押しつぶして、覆いかぶさっているバックパックだ。
このバックパックはリヒトが今日家を出る時に使っていた物ではなく、座標の場所で拾った物を使っている。かなり頑丈なようで、リヒトがもともと使っていたバックパックが爆発や弾丸で破けたのに対して、一切のダメージを受けていなかった。内部は外側から見るよりも遥かに広く、まるで亜空間にでも繋がっているようだ。
リヒトは内部が広いことをいいことに、瓦礫の下から回収した『残留物』だけでなく、機械型マガツモノの死体から高そうな素材を回収して片っ端から詰め込んだ。ただ、バックパックは内部が広いだけで重量を軽くしてくれるわけではない。入れれば入れた分だけ重くなる。
リヒトが調子に乗ってバックパックを満杯に――それも機械型マガツモノの素材という重い物を詰め込んだせいで、一時間の帰り道が二時間になり、体はさらに痛めつけられた。
その結果が今だ。
「ぅぐ……じ、じぬ」
胸が圧迫されるせいで酸素が吸えない、その上、疲労で意識が朦朧としている。
「まず、い」
このままではバックパックに押しつぶされて死ぬ。
さすがに格好悪すぎる死に方だ。
「どけ……たく」
体をどうにかひっくり返して、バックパックの呪縛から逃れた。そして仰向けに倒れたまま汚い天井を見上げる。
「……もぉ……なんでおれだけこんなことになんの」
愚痴を吐き出す。
今日はせっかく座標の場所まで行ったというのに、片手斧が戦鎚になる、という良く分からない成果しか得られなかった。機械型マガツモノを一発で破壊できるだけの火力は確かに魅力的だが、近接武器では近づくまでに大変だ。
本来ならば砲弾や機関銃で穴だらけにされていてもおかしくはなかった。
できることならば、片手斧が銃に進化して欲しかったところだ。
「あ……そういえば……」
片手斧について考えると一つのことを思い出す。
リヒトは寝転がったままバックパックに近寄るとチャックを開けて中の物を取り出す。
取り出したのは『本』だった。
(あーやっぱり……)
本の一頁目――片手斧について書かれている場所を開くと、以前は文字化けして見ることのできなかった部分が、今は読めるようになっていた。
『塑性粒子』との適合結果。
少量の塑性粒子により拡張段階の進展を確認。
現在7%。
「はぁーわっかんねぇー」
新たに読めるようになった部分は三行しかなかった。ある程度、今日の出来事を結び付けてみれば想像することができるが、意味を完全に理解しきることができない。やはり『本』は意味不明だ。
(こっちは消えてんのか……)
『本』の途中のページに書かれていた座標の地図は残ったままだ。しかしリヒトが今日向かった場所の座標に『×』のマークがついていた。『本』はリヒトの動きに連動して内容を書き換えているのは確かなようだ。
どのような技術で、誰が、何を意図して、そのような回りくどいことをしているのかは分からない。
そして調べる気にもなれない。
調べても分からない――という結果が見えすぎている。
「まあいいや」
考えるべきことが多すぎて頭がパンクしてしまいそうだ。
そういう日は取り合えず食って寝て、寝て、寝ればいい。
◆
次の日、リヒトはスラムを歩いていた。
背負っているバックパックは昨日と同じもので、中身も変わらない。かなりの重量で鍛えている大人でも持ち上げることすら難しい重量だ。しかし一日寝て休んだリヒトには重くはあるものの、持ち運べないほどではなかった。
リヒトが『残留物』やマガツモノの素材を持って向かっているのは買取屋『テイカーロッジ』という店だ。
『残留物』を買い取ってくれる公的な機関はないため、買取屋と呼ばれる独自の販売ルートを持つ者たちに売ることで金を稼ぐことができる。
そして買取屋は格安で買い取った『残留物』を需要のある企業や個人に売り捌き金を得る。
本来ならば買取屋を経ずに直接企業や個人に『残留物』を売り渡せば報酬も増える。しかし売る相手を探すのが難しいこともあって、結局はこうして買取屋を使用している。
最近では『残留物』専門のネットオークションも出てきたので、そちらを利用することも視野に入れているが、今のところ面倒で動き出せていない。そんなことを考えながら数十分ほど歩いていると、スラムを抜け出してすぐの場所にある『テイカーロッジ』の店にたどり着いていた。
リヒトが視線を向ける先にはレンガ造り――のような模様を模った分厚い壁がある。
その壁に、小さな木製の壁が貼り付けられていた――いや、扉というよりは窓の方が近いだろうか。窓の脇には錆が目立つ真鍮の鈴がぶら下っていた。リヒトは数回だけベルを鳴らしてそのまま壁の前で待つ。
(やっとか……)
いつもよりも呼び鈴を鳴らしてから扉が開くまでに時間がかかったが、無事に『テイカーロッジ』の店主が窓から姿を見せてくれた。
「おぉ、クソガキ。久しぶりじゃな」
「誰がクソガキですか、あんたも見た目だけなら同じようなモンでしょ」
窓から姿を見せたテイカーロッジの店主はとても小柄だった。しかし子供というわけではない。いや、見た目は完全に少し大人びた子供に見えるのだが、『中身』が大人だ。
「遅れてすまんかったのう……新しい義体の性能を試してみたくてな、ちょっくら一人遊びをしておったのじゃ」
店主の体は機械仕掛けで出来ていて、脳以外は人間ではない。表面上の姿は義体に依存するため、買い替える費用さえあれば変幻自在だ。ただ、昔に最初会った時は大人びた女性の義体を使っていたが、数年前から少女の義体を使い続けているから、何年も姿形が変わっていない。
「義体を変えたって……どこですか?」
そのような人物が『義体を変えた』と言っていた。
窓から見える限りでは変化には気づけず、リヒトが特に何も考えずに尋ねる。
すると店主は下半身を覗き込むように頭を下げると、一歩引いてリヒトに見せようとした。
「ここじゃ」
「あ、もういいですよ。見たくないので」
リヒトは危険を察して窓の横に立つ。
「なんじゃと、つれないのう。乙女の気持ちを踏みにじるつもりか?」
「乙女じゃないでしょ」
何歳ですか、とは聞かなかった。
大体は予測できるし、以前、年齢に尋ねた時に酷い目にあっているからだ。
「ふぅむ、では大人の女性として待っておるからな、十万リムで一晩買うぞ」
「そんな金払うんだったらそこらへんにいるガキ買っときゃいいでしょ」
軽口を叩きあいながら、リヒトが頃合いを見てバックパックの中から『残留物』を取り出す。
「いくらで買い取れる」
手始めに生活用品に分類される『残留物』を幾つかカウンターの上に置く。
「状態はかなりいいはずだ」
「そうじゃな。洗えば使えそうな品物じゃ……。ただ、こんなありふれた『残留物』じゃ、500リムが限界ってところじゃな」
「……わかった」
リヒトは僅かに不満げな表情を浮かべながらも了承する。
「次はこれだ」
続けて電子端末類をカウンターの上に置いていく。
「動かないが、内部の基盤自体は無事だと思う。それからこっちの基盤はピン一つ折れてないまだ使える奴だ」
「ほほう! いい感じじゃな。ちょうど欲しかったところじゃ。頑張ればできる子じゃな、リヒトは」
「うるさい。上から目線」
「そういうところも……グッドじゃ」
親指を立てて上機嫌そうに言う店主を無視してリヒトはため息をついた。
「はぁ……」
「これで全部かのう?」
「まだ……これは正直買い取ってくれるか分からないけど」
リヒトはそう言って機械型マガツモノの素材を店主に見せた。
「縄張り争いで死んだ奴から奪ってきた。買い取れるか」
「ふーんじゃな……ちと見せな」
機械型マガツモノを動かす動力源をリヒトから受け取ってまじまじと細部まで見つめる。
「企業とのパイプはあるにはあるんじゃが、機械型マガツモノの部品……それもコアとなると……売るのに一苦労しそうじゃ。欲しい奴ならそこら中にいそうなんじゃけどな」
「じゃあそこを頼む」
「うーむ。売る方も簡単じゃないんじゃけどなぁ……」
店主は少しだけ考えてコアをカウンターの上に戻した。
「コア以外は買い取る。全部で3万リムじゃ」
「コアは?」
「見たところ質はかなり高そうじゃし、いい値段で売れると思うんじゃが、それ以上にちと面倒でな。見たことのないタイプのコアじゃし、出所を探られるのも面倒じゃ。私には扱いきれん」
「そうですか……」
コアを処分できなかったのは不満だが、3万リムで買い取ってくれるのならば十分だ。普段はどれだけ『残留物』を売っても3000リム程度で、ガーニックの飯屋で500リムのライスを頼む日々を維持することしかできない。今日はもともと電子部品などの高値で買い取ってくれる『残留物』を用意していたため、1万リム程度だろうと予測していた。
3万リムはその三倍だ。
機械型マガツモノの素材が大きく関係しているのだろう。
(いやぁ……そんな高いのか、これ)
生物型マガツモノよりも兵器に流用しやすいという点で、機械型マガツモノの方が高く取引されていることや、リヒトが討伐した個体は素材の質が良かったことなども関係しているのだろうが、それにしてもかなりいい値段だ。
探索している際に、稀に発見するマガツモノの残骸を売り払ってもここまでの金額にはならなかった。
「ありがとうございます」
「いいんじゃよ、これが仕事だし」
『残留物』やマガツモノの素材が窓の中の空間へと運ばれていく。その際、店主は幾つかリヒトに注意点を告げた。
「そうじゃ」
「なんですか?」
「機械型マガツモノは長期保存しやすいから買い取れたんじゃが、生物型マガツモノはそうではないからな、ここには持ってくるでないぞ」
「わかった」
続けてもう一つ注意点を伝えた。
「それと、そのコアじゃが。私の嗅覚がビンビン『危険物』だと告げてるのじゃ、くれぐれも取り扱いには気を付けた方がいいのじゃ。最悪、そこらへんに捨てるのも案じゃぞ」
「……うーん、わかった」
「納得してない様子じゃな」
せっかく高値で売れるというのに、そこらへんに捨てるのは勿体ない気がする。この『勿体ない』が危険であるということをリヒトはこれまでの人生経験から嫌というほど理解しているが、さすがに割り切ることができなかった。
「じゃがいい。好きにするといい。もし借金まみれになったら教えとくれ。私が買い取って可愛がってやるからのう……」
「忠告ありがとうございます」
店主から向けられる獣のような視線にたじろぎながら、リヒトは3万リムを受け取る。
そして別れを告げた。
「じゃ、また来るよ」
「いつでも待っておるのじゃぞー」




