第3話 第七保護区外縁
リヒトが住んでいるのは『第七保護区』の外縁である。
マガツモノに襲われるとなったら一番に被害を受ける場所だ。保護区の中心に住む者たちからすれば、外縁のスラムは警備隊が出動するまでの時間を稼いでくれる良い肉壁だ。
外縁に住む人々はその扱いを理解しながらも、受け入れることしかできない。
リヒトも同じだ。
「今日はいつにも増してひでぇ有様だな。リヒト」
外縁に店を構える飲食店『ハングリーマン』の店主ガーニックが、カウンター席で飯を食べるリヒトに声をかけた。
リヒトはランガと別れた後、マガツモノに襲われることなく無事に居住区までたどり着くことができた。その頃にはすでに夜だったので、少しだけ拾った『残留物』の換金や『斧』と『本』について調べるのは明日にして、今は行きつけの『ハングリーマン』でいつもの料理を頼んでいた。
「パンだけ頼みやがって、卓上のソースだって無料じゃねぇんだぞ」
リヒトは自前で用意したマガツモノの肉を卓上に置いてあるソースで食べていた。マガツモノの素材は売却することができるが、肉の一部は売っても金にならないため、よく外縁に解体されて余った肉が捨てられている。リヒトはよくそれを拾って、暖を取るために設置されたドラム缶ストーブから勝手に火を拝借して焼いて食べていた。
ただ焼くだけでは味気ないので、こうして行きつけの飯屋にある卓上調味料で味付けをしながら食べているというわけだ。その際、やはり肉だけでは途中で飽きてしまうので大盛のごはんやパンだけを頼む。
店にとってはあまり注文しないのに調味料だけ消費していく、リヒトは最悪の客だった。
「味付けは必要だし、炭水化物は栄養を考えて必要だろ?」
リヒトには一切悪びれる様子はない。
「俺が言ってるのはそういうことじゃねぇよ。それにマガツモノの肉食ってるやつが栄養とか考えてんのか?」
リヒトは一度、フォークに刺さったマガツモノの肉を見て咀嚼する速度を落とした。
「それもそうだな」
そして何事もなかったかのように過去の発言を詭弁にした。
「だったら二度と栄養素とかふざけたこと口にすんなよ」
「しょうがないな」
「何がしょうがねぇんだよ」
はぁ、とため息をつきながらガーニックが肉をほおばるリヒトを見る。
『残留物』拾いをして稼ぐリヒトはいつも泥だらけ、煤だらけ、埃だらけの状態で帰ってくる。一応、店に入る前にそれらを落とす努力はしてくるようだが、それでもこびり付いた汚れというのはなかなか落ちない。
今日のリヒトは一段と汚れているように見えた。
泥や埃のせいではない。服が破れているし、顔はやつれているし、心底疲れた様子を滲ませている。今日の探索は相当過酷だったのだろう。
「どうだ、今日の成果は」
「色々あった」
座標の場所に行ったことや大量のマガツモノに襲われたこと、ランガに助けてもらったことなどを『色々』という便利な言葉に詰め込んで、簡単に答えた。ガーニックは『色々』に様々な意味が詰め込まれているのだろうと察しながら聞き返す。
「それはなんだ、結局良かったのか? 悪かったのか?」
「半々かな、でも大体悪い」
『良い事』が一つに『悪い事』が十個、その法則を体現したような日だった。結果的に命が助かったし、収穫物もあったが、死にかけるような体験を何十回と乗り越えた成果にしては物足りない。
やはり『幸運』と『不運』の取り合いが取れていない。
「あ……」
「なんだ」
今日のことを思い返してみて、リヒトは一つ思い出す。
「あとレイダーにならなきゃならないんだけど、近場にレイダーフロントとかあったりする?」
「あ? ああ、レイダーな。ここら……」
ガーニックが目を見開いて肉を頬張るリヒトを見た。
「れ、レイダーってなんだ」
「いやだから、レイダーにならなくちゃならないんだけど、手続きしないといけないからレイダーフロント探してるんだけど」
当たり前のことを説明するような口調で意味の分からないことを言っている。
「なんでだ、なんでいきなりレイダーなんか……お前、前はレイダーのこと『命知らずの馬鹿』とかぼやいてただろ」
「別に、その時と今でレイダーに対する認識は変わってないよ」
マガツモノを討伐して大金を稼げるが、同時かそれ以上のリスクを伴う仕事だ。レイダーをやっているような奴は今すぐに大金が欲しい奴か死を楽しむイカれた奴らしかいない。
ランガに出会ったことでレイダーに対する人物像が正しかったことは照明された。
成りたいとは思えない。
「でもまあ『色々』あって……レイダーにならなくちゃいけなくなったんだよ。だからといってマガツモノを討伐するわけじゃないぞ? 俺はいつも通り『残留物』拾いで稼ぐつもりだ。ただレイダー証を取らなくちゃいけなくて」
「ほーん……『色々』ね……『色々』……」
今日の探索で何かがあったのは確実だ。
「その『色々』ってなんだ?」
「まあその……『色々』だよ。些細なこと」
ガーニックがカウンターの奥からぐっと身を乗り出してリヒトの頭を鷲摑みにする。
「些細なことでなんでレイダーにならなくちゃいけないんだ? リヒトくん」
「些細なことは些細なことだろ。めんどくさいな」
「てめぇ」
リヒトの頭を鷲摑みにしたまま左右前後に激しく揺らしながらガーニックは中身が空になった瓶を見せる。
「調味料とソースの代金を請求してもいいんだぞ」
「そんな、無料って書いてるじゃないか。ひどいよ……こんな」
「わざとらしく演技してんじゃねぇよ。物には限度っつうもんがあんだろ、限度っつうもんがよぉ」
鷲摑みにされて振り回されたかと思えば、今度は拳で頭をぐりぐりと削られる。
今日これをされるのは何度目のことだろうか。
「いてぇよー暴力だよー」
「うるせぇ、俺を加害者に仕立て上げようとするのはやめろ」
かなり激しめに頭を揺らしても拳でドリルのようにして削ってみても、リヒトは痛がった素振りを見せるだけで何も感じていない様子だった。気にせずに肉を食べ続けているのが何よりもの証拠だ。
ガーニックは昔からリヒトを見ているからわかるが、体はかなり頑丈だ。
五階の高さから落下しても無傷だったことがあるし、鉄パイプで殴られても血を流さずにピンピンとしていた時だってある。今だって常人なら食っただけで腹を壊したり、最悪死に至るマガツモノの肉を食べても平気にしている。
「ったく」
まあいい、と呟いてガーニックはそれ以上の追求をやめた。
そして話題を変える。
「お前、よくそんな肉食えんな」
「そうか? ここの合成肉よりうまいよ」
「お前はいつも一言多いな。そんなんだから不幸を呼び込むんだよ」
リヒトを見ていれば、彼が不幸に巻き込まれやすい体質だということはすぐわかる。
買ったばかりの機器がすぐ故障していまうことや、行こうと思っていた店が定休日だったことなんて日常茶飯事で、偶然拾った物のせいで傭兵団から目をつけられたり、殺人鬼に目をつけられて一か月程度逃げ隠れをしていた時期もあった。
思い返してみるととことん運が悪い。
確かに彼の態度にも問題はあるのだろうが、こう見えて、他人に対しては礼儀正しいし言動を気を付けている。危険な奴だと分かれば穏便に対処するし、それ以降は絶対に関わらない。今まで面倒ごとに巻き込まれてきた分、危機察知能力は鋭い――はず――なのだが、今も昔も変わらず厄介ごとに巻き込まれている。
彼自身に問題が少ないというのに、これだけ事件に巻き込まれやすいのは、やはり運が悪いのだろう。リヒトは過去、自分の体質をどうにかしようとしたがすべて徒労に終わっているので、半ばあきらめている節があった。
「それはもう仕方ないだろ」
リヒトがそういうのならばガーニックは納得するしかない。
「かもな」
そしてガーニックはタブレットをカウンターの裏から取り出す。
「それで、レイダーズフロントだよな」
「そう」
「ちょっと待ってろ」
「助かりまふ」
リヒトは感謝を述べている途中に肉を食べたので最後の方は言葉があやふやになっていた。
ガーニックはそんなリヒトを見ながらため息をついて『第七保護区』にあるレイダーズフロントの施設について調べる。
レイダーズフロントは『保護区』を管理している各代表者が集まってできる議会連合の管理組織だ。
彼らが運営するため『保護区』内にはそう少なくない数が、ガーニックがいる『第七保護区』の外縁から中心部に至るまで点在している。
一番近い施設は歩いて五分ほどの場所にあるが、傭兵団同士の抗争で付近の治安があまりよくない。この時間帯に向かうのは危険だろう。何しろリヒトのことだ。どうせ厄介ごとに巻き込まれる。
次点で近い場所は……すでに営業時間を過ぎていた。
スラムの夜は治安が悪くなる関係上、職員がまだ明るいうちに帰れるよう営業時間が短い場所が多い。夜遅くまでやっていて治安が良い場所は……と考えた時、おのずと保護区の中心部に目が行く。
店から二十分ほど歩いた場所にレイダーズフロントの施設がある。
条件に合う良い場所だ。
「リヒト、今お前の通信端末に位置情報を共有した。それ見て行け」
「お、助かる。さんきゅー」
ガーニックが調べ終える頃にリヒトはすでに飯を食べ終わっていた。
フォークを置いて、代わりに通信端末を持って位置情報を確認する。
「二十分? 別にいいけどなんでここ? もっと近い場所なかったっけ」
「他はこの時間だと営業時間が過ぎてるからな。それに治安も悪い。変な奴に絡まれて時間食うのと、二十分でスパッと終わるの、どっちがいい」
「そりゃ後者だけど……二十分歩いた先で絡まれたら?」
「だから中央に近い場所にしたんだろ?」
「ふん……」
リヒトは地図を眺めながら数十秒ほど考えて結論を出した。
「分かった。ここ行ってみる」
「最初から素直にそう言え」
壁に掛けられた時計を見て時間を確認しながらリヒトが立ち上がって会計をカウンターの上に置く。
「じゃ、釣りはいいよ」
「いつも通りぴったりだよ。少しぐらい多く払え」
「えぇ」
調味料を大量消費する方がおかしいというのに、ガーニックの言葉に対してリヒトは嫌そうな表情をしていた。
そんな変わらない様子のリヒトにガーニックはため息をつきながら現金を差し出す。
「シャワー浴びてこい。スラムじゃねぇんだから少しは身なりを整えてからいけよ」
突然金を差し出されたリヒトは固まって札とガーニックを交互に見る。確かに、中央に近い場所にあるレイダーズフロントなので埃や煤だらけの恰好で行けば、追い払われるかもしれない。
だけど面倒だな。
「じゃあ近くの施設でいいよ」
代替案を提示したリヒトの脳天にガーニックのゲンコツが飛ぶ。
「てめぇ俺の話聞いてたか」
「――っい……だって……え、俺が悪いの」
「おめぇが悪いんだよ。分かったらさっさと金受け取って行ってきな」
「うーん……」
差し出された金を渋々受け取って感謝を述べる。
「じゃあありがたく受け取っておく」
そして店を出ようと振り返った瞬間、ガーニックに呼び止められた。
「おい待て、ちゃんとシャワー浴びろよ? その金はそのために渡したんだからな? 懐に入れようなんて考えてねぇよな?」
「と、当然じゃん……あはは……ガーニックの冗談は面白いなー」
リヒトが苦笑しながら逃げるように店から出ていく。
「ったく。大丈夫か? あいつ」
リヒトがいなくなったあと、ガーニックはため息交じりに呟いた。
◆
「へへ、臨時収入だ」
ガーニックから貰った金の重みを懐に感じながら、リヒトが歩いていた。本来ならば体を綺麗にするために渡された金だが、リヒトは言いつけに従わず自分の物にした。
リヒトはもともと体臭がかなり薄く、汗もかかない。
そのおかげで体が臭くなることは滅多にないし、汗をかかないので服も臭くならない。
あくまでも埃や煤、血で汚れているだけであって鼻をつまみたくなるような匂いは一切発していなかった。リヒトはそれをいいことにガーニックからの言いつけを無視して、レイダーズフロントの施設に向かっている。
施設までは最短距離で行けば二十分ほどでたどり着く。
廃ビルの隙間を抜けて、壁をよじ登ればさらに短縮できる。
ただ、今日はかなり疲れが溜まっているので人通りが少なくて上り下りの少ない道で行く予定だ。
たとえ『保護区』の外縁であってもリヒトが住んでいるスラムは大きさだけは立派な建物が並んでいる。本来ならばスラムというと、トタン屋根の建物や土がむき出しになったままの地面をイメージするが、ここでは違う。
わざわざ建物を造らずとも都市開発AIが作り上げた無人の建物がそこら中に散らばっている。商業施設跡やビル群、住宅街、見てくれだけは立派な建物がずらりと並ぶ。
足元を見れば土がむき出しになった地面ではなく舗装された道が目に入る。
スラムは廃都市にそのまま人が住んでいるような状態だった。
「っち、誰だここで糞したやつ」
リヒトが地面に落ちている誰が産み落としたのかも分からない糞を踏みそうになって、咄嗟に避ける。
基本的にスラムの奴らは倫理観や道徳観というものが欠けている。
立派な建物に住んではいるが、廃都市には無限に建物が散らばっているせいで家を大事にしない。無人の建物に勝手に住み着いて、ゴミ屋敷にして住みにくくなったら別の建物を使う。
今でこそスラムに人が増えて、簡単には建物を乗り換えるのが難しくなったので、そのような蛮行が平然と行われることは減ったが、スラムの倫理観が良くなったわけではない。
結局のところ建物や道の維持管理は自分たちでしなければならず、使われていない道はクレーターだらけだし、電気も水道も通っていないのできちんと住むためには整備しなくてはならない。
立ち並ぶ建物の外観こそ立派だが、結局はガラスも割れているような朽ちた建物で、保護区の中心部とは景色がまるで違う。
(やっぱ違うなぁ)
しかしあくまでもそれはスラムの常識であって中心部に近づけば話も変わる。
リヒトは中心部に向かって真っすぐ進んだことで実感できる、景色や雰囲気の変わりように関心していた。道は定期的に修復されているおかげで凹凸が一つもないし、ゴミは落ちているけれど糞は落ちていない。一部の建物は廃都市の物を流用しているが、都市開発AIではなく人間の手で作られた建物も多い。
特にレイダーズフロントの施設は議会連合直轄組織の施設のためか、他の建物よりも綺麗だ。
(気は進まないけど……)
かれこれ周囲の光景を眺めながら歩くこと二十分。目的の場所についたリヒトは何やら嫌な気配を感じ取って施設の前で立ち止まった。
「しゃーねぇ」
一度だけ周りを見渡して異常がないことを確認すると、嫌な予感を胸の中で抱きながら施設の中へと足を踏み入れた。




