第4話 黒鋼鉄物公社
レイダーズフロントの施設内はそれなりに広い。懸賞首などが張り出されている掲示板が入り口のすぐ横に設置されていて、真っすぐ前に受付がある。内装はレイダーズフロントの施設であるというのに加えて、中央に近い分だけ綺麗で、スラムの建物とは外観も中身も違う。
いつもスラムで暮らしていたリヒトはこの辺りに来たことはないし、ここまで綺麗な建物に足を踏み入れたことは今までで一度もなかった。そのせいで変に緊張を覚えてしまうが、強盗に来たわけではない。
レイダーになるために訪れたのだから、怪しい者でもない。
「すいません……」
自信なさげに受付の人に声をかけた。
相手は手元のタブレットで何やら操作をしていたようなので、業務を中断させてしまった可能性がある。それだけで僅かながらに反感を買ってレイダー証を発行するための手続きを受けさせてくれない可能性すらあった。
しかし危惧していたような状態にはならず、受付嬢はタブレットを置いてすぐに対応した。その際、リヒトの恰好や雰囲気からレイダーではないと気が付いたのか、先回りして質問を投げかけてきた。
「レイダーのご登録ですか」
「はい」
受付嬢はリヒトの意思を伺ってから尋ね返す。
「ではお名前をお教えください」
「リヒトです」
名前を聞いた女性は手元の機械に短く名前を打ち込むと、すぐに名前がプリントされた一枚の紙が出てくる。
女性はそれを受け取るとカウンターの上に置く。
「レイダーの登録はこれで以上となります」
そう短く言葉を締めくくった。
レイダーはすぐ死ぬ。だから最初は名前しか聞かないし、渡されるのはいくらでも偽装できそうなペラペラの紙一枚。ここから活動年数や貢献度、実績などを加味して本登録へと移る。
リヒトはレイダーとしてのスタートラインに立ってすらいない。
登録の手続きが簡単だと分かっていても、まさかここまで早いとは思っていなかった。
リヒトは少しだけ驚いた表情を見せつつ感謝を述べる。
「ありがとうございます」
レイダー証を受け取ってマキアが一度お礼を言う。そして立ち去ろうと振り返った時、思い出したかのように女性が呼び止めた。
「一応聞いておきますが、どこかの企業と契約していますか」
「……はい?」
突然問いかけられたリヒトは言葉の意味が分からず首を傾げる。その反応だけで質問に対しての答えとしては十分すぎた。企業と契約しているレイダーならば、別の手続きが必要になる。もし無いのならこのまま終わり。
だから呼び止めたところ『帰っていいですよ』と促してもよかったが、わざわざここまで言って説明してやらないのも可哀そうだと、女性は受付に人が並んでいないのを確認して、息を吐いた。
「知らないようでしたら、説明しましょうか」
「いいんですか?」
「受付に人も並んでいないので」
リヒトが喜々とした表情で了承すると女性は説明を始める。
レイダーとは言っても彼らの稼ぎ方は千差万別だ。基本的にはマガツモノを倒すだけでは賃金を得ることができない。マガツモノを倒した上で死体や解体した素材を売却することで初めて報酬を得ることができる。しかし、小型であろうともマガツモノの死体は巨大で重い。運ぶためにはトラックが必要で、解体するのならばそれ専用の知識と道具が必要になる。
レイダーは誰でも成れるが、誰でも稼げるわけじゃないということだ。
死体の運搬と解体が一人では難しいということもあって、ほとんどのレイダーは企業と雇用契約を結んで賃金をもらいながらマガツモノを倒す。企業はレイダーが倒した死体を回収し、素材を研究や装備制作に充てる。
最初から良い装備を持ち、トラックや解体知識などを持っていれば個人としてレイダー活動ができるだろう。しかしそれはごく少数で、スラム生まれのリヒトもまた、解体知識はまだしもマガツモノを殺せるだけの装備やトラックなどの運搬設備を持っていなかった。
レイダーズフロントはあくまでもマガツモノを討伐し、売り捌く権利を与えるだけ。それ以上でもそれ以下でもない。
「当機関はレイダーランクを査定する必要があるので、レイダーと契約を結んでいる企業には報告義務を設けています。なので企業と契約を結んでいるレイダーならば、別途手続きが必要……だったわけですが、あなたには必要ないようですね」
レイダーズフロントは『レイダーランク』というレイダーの技術や経験、実力を判別するための指標を設けている。この指標を決める上でレイダーが討伐したマガツモノの数や質などが必要になってくるため、契約を結んでいる企業からの情報提供が必須となる。
当然、企業側がレイダーの実績を偽って報告することはできるが、もし嘘が露呈した場合は議会連合直属の機関であるレイダーズフロントから制裁を受けることになる。
もしリヒトが企業と契約を結ぶ予定のあるレイダーであれば、この報告義務を結ぶため別途手続きが必要になるところだった。今のところリヒトには縁のある企業は一つもないし……というより何も知らない。
「はい。必要……ないですね」
「ですよね」
一般的に企業所属のレイダーの方が、フリーのレイダーより地位が高いとされているため、受付嬢の反応は少しだけ心に来るものがあった。
「ではこれで登録手続きは終了です。もし企業と契約を結ぶ機会があれば、その際はまた手続きが必要になるので、来てくださいね」
「分かりました。親切にありがとうございます」
「いえいえ」
雰囲気や鋭い視線から受ける印象とは違って、懇切丁寧に説明してくれたことに感謝した。そして二人が微笑みあって感謝と別れの挨拶を交わそうとしたところで、後ろから声が聞こえた。
「あんたが持ってるその斧、どこのメーカーだ?」
突然、後ろからかけられた声に警戒しながら振り向くとレイダーの男が立っていた。服装や雰囲気から察する企業所属のレイダーだ。身に着けている強化服や銃器のすべてに『黒鋼鉄物公社』のロゴが刻まれている。
マニア向けのニッチな製品ばかり製造する『黒鋼鉄物公社』の装備を全身に身に着け、そのすべてに市販で売られているものとは違う特別なロゴを刻んでいるような人物は、フリーのレイダーではない。
男の身分を一目見て理解したリヒトは次に、かけられた言葉の意味を考える。
「……斧って……これですか」
男の視線は万が一の時のために、服の下に隠していた片手斧へと向けられていた。動けば僅かに斧の形が浮き出るが、注意深く観察しなければ斧を持っているとは気が付けないはずだ。
いつ男が背後に立ったのかは分からないが、ほんの数十秒前のことだろう。
その時間で斧を持っていることを指摘してくることに、僅かな違和感がある。
「そうそう、その斧だよ」
受付嬢に会釈をしてから施設の端の方に移動するとリヒトが斧を取り出す。だがすぐに『建物内で武器を持つな』と警告が入ったため、申し訳なさそうにしながらリヒトは施設の外に出た。
一方で男は悪びれることなく、斧にだけ意識を集中させていた。
「どこ製だ? ストライクホークス社? 釘宮工務店? マグネチカ? 俺でも見たことないぞ。そんなイカした武器使ってるところなら、俺がマークしてるはずなんだけどよ」
なあ、教えてくれよ! とリヒトの両肩に手を置きながらグッと顔を近づける。その顔は興奮に満ちていて、斧のことが知りたくて知りたくてたまらない様子だった。
ただリヒトも片手斧についてそう多くを知らない。分かっていることと言えば『本』に書かれていた情報ぐらいなものだ。まだ廃都市から帰ってきたばかりで片手斧についても『本』についてもよく調べられていない。
その上、見ず知らずの他人に対して貴重な情報を話せるわけがない。特に片手斧はUSBに入っていた座標が絡む話だ。万が一の可能性を危惧すれば、余計に無駄なことを言えない。
「それよりも……まずあなたは」
取り合えず話題を変えてみて反応を伺う。
男は「お、確かに名乗っていなかったな」と意気揚々に笑うだけだ。
「俺はゲンジ。見ての通り黒鋼鉄物公社のレイダーだ。俺は『対マガツモノ用兵装』……とりわけ近接戦闘用の兵装が大大大大好きなんだ! 常日頃から新作情報は調べているし、過去に販売された物もほとんど知っている」
であるというのに。
「君が持っているその斧……なのか? それは知らない。どうか浅学な私に、どこのメーカーが発売しているものなのか教えてもらえないだろうか」
瞳をキラキラとさせて頼み込む男――ゲンジに対して、リヒトはどうすればよいのか悩んでいる様子だった。
ゲンジからは悪意を感じない。本当に片手斧のことについて知りたいのだろう。
だとしても、リヒトは答えに悩んだ。
片手斧について知っているのは七禍シリーズで製作した鍛冶屋がナヘムという人物であることぐらいしか分からない。この情報を持つ価値がリヒトには分からない。
しかし、安くない情報ということだけは分かる。
(うーん)
一応、七禍シリーズとナヘムについてはネットで調べてみた。深く電子の世界に潜れるわけではないが、機械の操作はそれなりに得意な方だ。調べた限りで少なくとも、常人が検索できる領域に片手斧に関する情報はなかった。
今日の夜にもう少しだけ奥深くまで調べてみる予定だったが、果たして自分が調べられる限界の深度までに、片手斧に関する情報があるか分からない。
(……やってみるか)
男に声をかけられたのは不運でもあるが幸運でもある。口ぶりから察するに『対マガツモノ用兵装』をよく知っているようだ。
情報を断片的に開示して手がかりを探ろう。
「ナヘムって人は知ってますか」
ナヘム、という単語を聞いた瞬間、ゲンジは神妙な面持ちになる。
そして手を差し出した。
「おぉ、鍛冶師ナヘムについて知っているということは……やはりお前は《《こちら側》》だったか。俺の目に狂いはなかった」
「え……こ、こちら側?」
「近接戦闘用兵装愛好会へようこそ。少し待てば同志が来る。きっと楽しい議論が交わせると思うぞ」
「え、え」
勝手によく分からない愛好会に参加させられたリヒトは否定しようと首を横に振る。
だが『せっかくのチャンスなのでは?』と思考を捻って、ゲンジの意味不明な言動に応えた。
「鍛冶師ナヘムについて、どのぐらいのことまで知っていますか」
「ほう、近接戦闘用愛好会が知っている情報についてか。いいだろう。本来ならばこのような貴重な情報、誰にも教えたりはしない。しかし! 特別だ……。同志を歓迎しようじゃないか」
ゲンジは大げさに両手を開き、まるで神話でも語るようにナヘムについて説明した。
「ああナヘム! 数百年前を生きた伝説の鍛冶師! 神器をこの世に残し去った鍛治屋の父!』
ゲンジによると、どうやらナヘムという人物は数百年前に存在していた、正体不明の鍛治屋らしい。
「だが! 残念ながら彼の作品は見つかっていない。いや……元レイダーのアーサー・ボイドが所有していたモノがそうである、という説もあるが、彼は引退し行方不明だ。調べる伝手もない。お前はどう思う」
「……」
どう思う、と尋ねられてもリヒトは何も知らない。
適当に誤魔化すしか無かった。
「俺は今喋ってもらった以上のことは知らないですよ」
「ふむ……そうなのか、では仕方ない」
案外早めに諦めてくれたことにホッとした瞬間、ゲンジがさらに問いかけた。
「じゃあ斧のことについて戻ろうぜ。あんな質問をしたってことはナヘムと何か関係あるんだろ? 俺はもう気になりすぎて涎が垂れそうだ!」
「ふぇ?」
ナヘムについて質問したのだから、斧と関連づけて尋ね返してきても何ら不思議ではない。悪いのはリヒトだった。
「さあさあ! 俺はナヘムについて知ってることは全部話したぞ! さあさあ! ぐへへ」
ゲンジは楽しみになりすぎているのか涎を垂らしそうだし変な笑みを浮かべている。だが生憎、ゲンジが喜びそうな情報をリヒトは知らない。
「ゆ……」
「ゆ?」
リヒトはどうやって取り繕うかを必死に考える。
「ゆ、友人がナヘムのような鍛治屋を目指していて、これはそいつから貰ったんだ」
あり得ない嘘をついた。
しかしなぜかゲンジは疑う様子を見せない。
「ほう、そんな殊勝な心掛けを持った鍛冶屋がいるのか。名前は何というんだ?」
「……それは……」
適当な名前を考えて答えてもよかった。
というより最初はそうするつもりだった。
しかし、それらしい名前を思い浮かべた時に出てきた昔馴染みのことを思い出して言葉を変えた。
「サンシーって名前のやつだ」
子供の頃、サンシーという名前の奴が『鍛冶屋になる』と言って出て行った。今はどこで何をしているのかは分からないが、なぜか名前を借りたくなった。
「サンシー? サンシーってのヴェルテックス社の鍛冶屋か?」
「あれ、知って……?」
「知っても何も、サンシーっつったらかなり有名な鍛冶屋だぞ?」
「そ、そうなんですか?」
同姓同名という説もある。その上、サンシーという名前だったかも記憶が曖昧だ。
正直、信じていない。
「ってことは、その斧はサンシーが作ったってことか。どうりで俺の目が留まるわけだ」
ぐへっへ、と薄気味悪く笑うゲンジにリヒトは斧の柄を差し出した。
「持ってみますか?」
「ほう」
ゲンジという人物にはかなり嘘をついた。
申し訳なさを紛らわすために斧を差し出す。
だが、ゲンジは歯を食いしばって悔しそうな表情をしながらも断った。
「いや触らん。気になるが……俺は生涯『黒鋼鉄物公社』製の武器とナヘムが製作したモノしか持たないと決めているからな。こいつの浮気になってしまう」
ゲンジはそう言って腰に携えた一本の刀を叩く。
「黒曜シリーズの最高傑作『T-10』。悪いが、こいつを裏切ることはできねぇ」
T-10は『黒鋼鉄物公社』が発売している黒曜シリーズの最高等級品だ。リヒトが生涯で稼いできた総額の数百倍の値段がする。細部にまで装飾を凝らし、それでいながら無駄がない。刀身は光を吸い込むほどに黒く、あらゆる衝撃を受けても折れない。
鍛冶屋が作る一点物の『対マガツモノ用兵装』を除いて、量産している近接戦闘用兵装の中では一番に値段も性能も高いとされている。しかし『T-10』を買うぐらいならば鍛冶屋が作った渾身の一点物を買った方が費用対効果の面で高いとされており、『T-10』を買うような者は『黒鋼鉄物公社』を愛してやまない熱心なファンだけということになる。
「物好きですね……」
リヒトがふとそんな感想を呟いた瞬間、先ほどまで笑っていたゲンジの表情が変わる。
「お前……今……なんて言った」
「え……」
リヒトは心の中で『あちゃー』と地雷を踏んでしまった事実に嘆きつつ、どうにか取り繕う。
「そ、そのなんというか……言葉のあやというか、ほら、その……」
「俺はお前のこと……近接戦闘用兵装愛好会の仲間だと思ってたのによ? 楽しそうに話してた俺のこと馬鹿にしてたのか?」
「いや、ぜんぜん。違くて」
「物好きだ? 何がだ。舐めてんのか? 俺は今まで『黒鋼鉄物公社』のことをマニア向けだとか、馬鹿向けだとか、価値ないだとか、ゴミだとか言ったやつは例外なく理解らせてんだよ」
「いやいやいやいや! そこまでは言ってないですけど!?」
「言わなくても思ってんだろ?」
「いや思……思って……はないですけど!」
嘘を覆い隠すために虚勢を張った。
その答えが火に油を注ぐ。
「もう許せねぇ! この舐めたガキに『黒鋼鉄物公社』とは何か、理解させねぇとなぁ?!」
「もうまじ勘弁!」
どうにもならなくなったことを察したリヒトが叫ぶ。同時にゲンジが『T-10』を引き抜いて、リヒトに向かって振り下ろした。
マニア向けの商品と言っても『T-10』の性能は高い。その上で扱っているゲンジの実力もレイダーの中では上積みだ。
一般人が真正面から受ければまず助からない。
しかしリヒトは咄嗟に片手斧で受け止めて見せた。衝撃で体全体が軋み、柄を握っていた右手の感覚は消え失せる。
それでも、生身の体で全力で振り下ろされた一発を防ぎ切った。だが、攻撃が一発だけとは限らない。
「さすがはサンシーの兵装だな! だが使い手の実力が伴ってねぇよ!」
二発目を受け止める余力なんてリヒトには無かった。朝からは廃都市を探索して、マガツモノに殺されかけて、傷も癒えないうちに散弾銃をバイクに捕まりながら撃つという激動の一日を送った。
ゲンジの一発目を受け止めた時にはすでに満身創痍だった。逆に一発目を受け止められたのが奇跡で、二発目は絶対に無理だ。
「天罰だ! 食らえい!」
ゲンジが全力で刀を振り下ろす。
だが、刀身がリヒトに触れることは無かった。
「おいたは駄目だよ〜。周りの迷惑も考えようね〜?」
澄みきった、透明感のある声がゲンジの背後から聞こえた。ゲンジの体が大きいのか、声の主が小さいのか、リヒトのいる場所からでは声の主の姿が見えない。
「街中で問題起こして、黒鋼鉄物公社《雇い主》の評判に傷がついたらどうするつもりだったの~?」
ゲンジも後ろから聞こえる声に気が付いていたのだろう。振り上げていた剣をゆっくりと下げて息を飲む。
「ツヅキさん。違うんだ。こいつが『T-10』を使う奴は物好きだとか馬鹿にしやがったんだ。許せるわけねぇだろ」
「いや物好きでしょ、勘弁してよ。そんなことで?」
ツヅキ……と呼ばれた声の主はゲンジの後ろからひょこっと体を出してリヒトと見た。
とても小柄で身長は150センチ半ばほどだろう。ただ、小柄というだけで子供には見えない見た目だ。そして何よりも、リヒトは彼女が来ている服装に目を引かれた。
着ているのは幾つもの布が積み重なったような見た目の服だ。
上半身に白くてゆったりした布をまとい、下半身には鮮やかな赤いスカートのようなものを巻いた見た目で、腰のあたりは幅の広い帯が結ばれていて、大きな結び目が背中の方にある。
(東洋の……)
昔、通信端末で調べ物をしていたときに見かけた、東洋の『第三保護区』で着られている伝統衣装──それによく似ていた。。確か『着物』とか言っていた気がするが、僅かに形が違うのはツヅキが着ている物が伝統衣装を戦闘用に仕立て直した物であるためだ。
「ごめんね~。ゲンジ普段はいいやつなんだけど、ちょっとしたことで怒るから。迷惑かけてごめんなさい~」
なんだか気の抜ける喋り方だ。
先ほどまであった緊張はほどけて、リヒトはいつの間にか落ち着いていた。
「いえ……何ともなかったので大丈夫です」
切りかかられたことを盾にして有利な交換条件を持ちかけてもいいが、これ以上事態を悪化させたくはない。それに、このツヅキという人物……気の抜ける話し方だし雰囲気も柔らかいけれど、どこか怖い気がする。
これ以上関わりたくはないし、穏便に済ませるが吉だ。
「じゃあ、そういうことなので――さようなら」
リヒトはツヅキの言葉を待たないでその場から逃げるようにして消える。人混みに紛れてしまったリヒトの方を見ながら、ツヅキは困り顔を浮かべた。
「あらら……逃げられちゃった。このこと口外しないよう……『色々』と契約書にサインしてもらわなくちゃいけなかったのに~」
「お、追いますか。ツヅキさん」
「いや~? あの子は大丈夫だよ~」
あはは~、と緩そうにツヅキが笑うと、ゲンジもやっと緊張がほどけたのか苦笑する。
「いや~、それにしてもよかったよ~。君が暴挙に走る前でさ~」
ツヅキが『T-10』を見ながら呟く。
もしあの子に『T-10』で攻撃していれば、示談どころの話ではなかった。
そうなっていたかもしれないと思うと、かなり肝が冷える。
「違うぞ」
ゲンジは誇らしげな表情で説明する。
「あいつは俺の一発を受け止めてみせた。かなりできる奴だ。駆け出しだが、いいレイダーになるだろう」
「えぇえぇ?!」
穏やかだったツヅキが今までに見せた事のない声をあげる。
「ちょっとー! 何やってんのさ~!」
ゲンジの肩を掴んでぶんぶんと上下左右に揺さぶる。
「怪我させてない?! 怪我させてないよね?!」
「ううむ、大丈夫だとも」
「そんな自信満々な顔で言われてもさぁー!?」
「大丈夫だ。奴はこれしきのことで訴えてくるような奴ではない。打ち合った俺には分かる」
「そういう問題じゃねぇーよー!」
その後しばらく、ツヅキは街中で人目もはばからず悶え苦しんでいた。




