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瀬戸内カラー  作者: 秋澄しえる


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第4章「海と陸の鍵穴」 Scene20

第4章「海と陸の鍵穴」 Scene20


 二日後、私は森下さんと長船へ向かった。


 目的は、見つけることではなかった。見つけたことにしてしまわないためだった。


 朝のうちに本庁で確認した資料一式を鞄に入れている。古い写真のコピー。昭和五十七年度の三町広域観光連絡会の会議次第。観光素材共有一覧の写し。別紙二とだけ書かれた、肝心なところが抜け落ちた資料。どれも、確定した答えではない。けれど、何もないわけでもない。


 以前の私なら、古い写真の端に写っていた石柱状のものを、心の中で「牛窓道標」と呼んでいたかもしれない。いや、呼んでいた。声に出さないだけで、ノートの余白ではたぶんそう書いていた。

 今は違う。道標らしきもの。らしき、という二文字を、私は赤で囲んでいた。便利な逃げではない。そこまでしか言えないという、境界線だった。


 長船に着くと、空は薄く白んでいた。夏の光は強いのに、空気にはまだ梅雨の名残がある。道路の向こうに、備前福岡の町並みが見えた。


 以前ここを歩いた時、私はずいぶん浮き立っていたと思う。牛窓のポスターからBIZEN FUKUOKAが読めた。その答えを抱えて、長船の道を歩いた。地名が、紙から現実の町へ降りてきたようで、足取りまで軽くなった。


 今日は、少し違う。同じ道でも、こちらの見方が変わると、足元の硬さまで違って感じる。


 森下さんは、私の隣で古い写真のコピーを見ていた。写真の端、建物の影に近いところに、問題の石柱状のものが写っている。細い。文字があるようにも見える。ないようにも見える。こちらが読みたいと思えば、何かが読めそうになる。そういう写真が一番危ないと、今は思える。


「宮地さん」


 森下さんは、写真をクリアファイルに戻しながら言った。


「黒田さんに言われたそうですね」

「はい。この写真は『文化財担当の確認も途中』なので、別紙でも扱いが甘いと指摘されました。今日はその裏付け調査です」

「正しい判断です。これは、今の段階では道標ではありません」

「はい」


 以前より、素直に返事ができた。


「道標かもしれないものが写った写真です。現物、文字、所在地、所有者、来歴。そのどれも確認できていません」

「ですので、観光資料には載せません。載せないための、公式な『未確認の記録』を作りに来ました」


 私がそう言うと、森下さんは少しだけ目を細めた。


「わからないことがわかってきましたね」

「鍛えられていますから」


 強がりではなく、本当にそう思った。


 道標があれば強い。牛窓と長船が、道でつながっていたことを一枚の写真で示せる。BIZEN FUKUOKAの読み取りも、広域観光資料の断片も、ぐっと分かりやすくなる。観光客に対しても、説明が早い。

 説明が早いものは、使いたくなる。けれど、早い説明は、ときどき順番を飛ばす。今の私は、その誘惑をなんとか抑え込めるようになっていた。


 森下さんは、古い写真と現在の道を見比べた。


「撮影位置も、まだ推定です」

「このあたり、ではありますよね」

「このあたり、です」


 森下さんは、私の言葉を少しだけ受け止めてから、続けた。


「ただし、その『このあたり』という単語を観光資料で使うと、読む人には確定した場所に見えます。道幅も変わっている可能性があります。建物も変わっています。石造物があったとして、移設されたのか、撤去されたのか、別のものなのか、写真だけでは判断できません」


 市場小路へ入ると、道は少し静かになった。人の気配はあるのに、時間の流れ方が一段ゆっくりになる。古い町は、派手に「古い」と言わない。

 看板の高さ、軒の影、道の折れ方、家と家の間の隙間。そういうところに、過去が小さく折り畳まれている。


 以前なら、その折り畳まれた過去を開くことに夢中になっていた。今日は、開いていいものと、まだ触れてはいけないものを分けるために歩いている。


 森下さんは、途中の石造物の前で何度か足を止めた。道端の石、古い碑、家の敷地の隅に置かれたもの。どれも、私には気になって見える。


「石があれば道標、というわけではありません」


 森下さんは、一つひとつ確かめるように言った。


「記念碑の場合もあります。境界を示すものの場合もあります。信仰に関わるものの場合もあります。個人の敷地内にあるものなら、所有者の確認も必要です」

「はい」

「文字が読めないものを、観光資料で道標とは呼べません」


 私たちは、写真に近いと思われる場所をいくつか見た。けれど、同じ石造物だと言えるものは見つからなかった。似た高さの石はある。似た位置に見えるものもある。でも、同じと言うには足りない。そもそも写真の角度自体が曖昧だった。


 強い日差しの中で、私は写真のコピーをもう一度見た。写っている。でも、分からない。その二つは、同時に成立する。


 長船支所の一角で、森下さんが事前に用意してくれていた資料を確認した。

 文化財台帳、地域史の該当箇所、古写真整理資料、石造物関係の一覧。机の上に並べると、それだけで仕事をしている感じが出る。もちろん、感じだけで仕事が進むなら、世の中の会議はもっと短くて済む。


 文化財台帳に、該当しそうな「牛窓道標」はすぐには見当たらなかった。地域史にも、写真の石柱そのものを示す記述は見つからない。古写真整理資料には市場小路周辺の写真がいくつかあったが、問題の一枚と場所が一致するかどうかは判断できなかった。


「現時点では、確認できませんね」


 森下さんは、資料を閉じた。


「確認できない、という記録を残すことも大事です」

「はい」


 私はノートに書いた。


 現物確認できず。

 台帳確認できず。

 文字未確認。

 所在地未確定。

 観光資料使用不可。


 書いているうちに、道標が遠ざかっていくような気がした。けれど、その横で別の言葉が残っていた。


 街道関係。備前福岡。港。往来。牛窓方面。市場町。


 森下さんが開いた地域史の一節には、備前福岡が市場町として栄え、人や物が集まったことが記されていた。牛窓が港として機能していたことも、別の資料で確認できる。先日、本庁の書庫で見つけた観光素材共有一覧にも、長船町の欄に「街道関係」とあり、別紙二には「福岡」「牛窓」「海」「街道」という語が残っていた。


 道標そのものは、まだ使えない。でも、道の文脈が消えたわけではない。


 そこへ、紬が来た。


 長船出身の人間らしく、駅からの道を迷う様子はまったくなかった。薄いグレーのシャツに、肩掛けの鞄。手にはタブレットを持っている。私と森下さんが資料を広げている机を見るなり、紬は一度だけ眉を上げた。


「紙が増えてますね」

「増えたよ」

「いいことですか」

「まだ分からん」

「いい答えです」


 紬は椅子に座り、写真のコピーを見た。写真の端の石柱状のものに視線を止め、次に私のノートに書かれた『現存未確認』の文字を見る。


「現地でも、駄目だったんですね」


 紬は状況を察して言った。私は頷いた。


「うん。これで完全に未確認として裏が取れた。じゃから、表には出さんよ」

「先輩がそんなにあっさり手放すなんて」

「手放したんじゃない。言えることから積むんよ」


 紬は少しだけ目を丸くしたあと、小さく笑った。


「成長しましたね」

「黒田さんと森下さんに、みっちり鍛えられとるから」


 私が言うと、森下さんが静かに微笑んだ。


「私は事実の境界線を引いているだけです。先日の小会議室で話した通り、これは内部調査別紙に留めます」

「はい。表には出しません」


 紬もあっさり同意した。


「でも、見せ方は決められます」


 紬は写真の端を指さした。


「これをパンフレットの中心に置くと、見る人は、牛窓道標があったんだと受け取ります。注記をつけても、たぶん先に絵で覚えます」

「絵で覚える?」

「はい。人は文字より先に、配置と大きさで重要度を判断します。大きく置いたら、重要な証拠になります。端に置いても、タイトルやキャプション次第で意味が決まります」


 森下さんが頷いた。


「その通りです。未確認のものほど、見せ方で確定したように見えてしまいますから」


 紬はタブレットを開き、簡単なラフを描くように指を動かした。


「ただ、道は残せます。石ではなく、文脈として」


 紬が正面を向いた。


「備前福岡が市場町だったこと。牛窓が港だったこと。広域観光素材共有一覧に街道関係があること。別紙二に福岡、牛窓、海、街道の語があること。そこをつなげば、道標に頼らなくても道は見せられます」


 私は、写真のコピーを見た。


「石に頼らん方が、かえって道は広く見えるかもしれんな」

「はい。見えることと、見せていいことは違います」


 森下さんが、静かに同意した。


「ええ。未確認の石を外すことで、かえって企画の信頼性は上がります。旅行会社向けの資料を作る際も、未確認のロマンを渡すと危ないですから」

「説明した人が、確定情報として話してしまう可能性があるからですね」


 想像できた。旅行会社へ資料を出す。

 担当者がツアー説明をする。

 ガイドが紹介する。

 参加者がSNSに書く。

 いつの間にか「牛窓道標が残る市場小路」という言葉だけが一人歩きする。

 こちらが最初に「未確認」と書いていたとしても、広がる時には注記が落ちることがある。


 情報は、歩くうちに軽くなる。軽くなった情報ほど、遠くへ行ってしまう。それは怖い。


 私はノートに整理した。


 道標らしき石造物。

 現地及び台帳調査でも現存未確認。

 事前方針通り外向き資料には使用せず、内部別紙で継続管理。

 道の文脈は、備前福岡・港・街道・広域観光資料で構成。


 書き終えてから、少しだけ息を吐いた。石を諦めることは、道を諦めることではなかった。道というものは本来、一つの石ではなく、人や物が動いた積み重ねだ。


 私たちは、今日確認した内容をその場で簡単に整理した。

 森下さんは、文化財担当としての所見を短くまとめると言った。

 紬は、回遊マップのラフから道標の写真を外し、「街道・市場・港」という言葉の置き場所を考えると言った。


「ただし、言葉だけだと硬いですね」


 紬がタブレットを見ながら言った。


「街道、市場、港。行政資料としてはいいですけど、観光客には少し遠い」

「じゃあ、どうするん?」

「歩いた人、運んだ人、作った人。人を入れた方がいいです。先輩が好きなやつです」


 言い方に少し棘があるが、内容は正しい。道は、人がいなければ道にならない。


 私はノートに書き足した。


 道は石ではなく、人と物の移動。


 それは、今回の企画全体にも関わることだった。牛窓の海も、長船の鉄も、邑久の古い時間も、人が関わらなければただの素材になる。素材をつなぐのは、結局、人の手だ。


 帰り際、市場小路をもう一度歩いた。古い写真の石柱状のものは、見つからなかったが、見つからなかったことを、今回は失敗だとは思わなかった。

 道標らしきものは、企画書の中心から外す。けれど、道そのものは消えなかった。


 牛窓と福岡。海と市場。歩く人と、運ぶ人。石に頼らなくても、つながりを書く方法はある。


 ただし、人を動かすなら、次に見なければならないものがある。

 道の先で、誰が迎えるのか。

 どこで食べ、どこで買い、どこで休むのか。

 雨が降ったら、どこへ案内するのか。

 車は、バスは、人の流れは、誰が受け止めるのか。

 私はノートの次のページを開き、小野寺さんの名前を書いた。

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