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瀬戸内カラー  作者: 秋澄しえる


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第4章「海と陸の鍵穴」 Scene18

 翌日の土曜日。仕事ではない。けれど、完全に休みでもなかった。


 鞄に筆記用具と水筒だけを入れて家を出ると、梅雨明け間近の湿気をはらんだ空気が、少しだけ重く肌にまとわりついた。


 七月の朝は、まだ午前中だというのに容赦がない。


 歩道の白線が日に照らされて、いつもより白く輪郭を際立たせている。蝉はまだ本気を出していないが、草むらの奥では、すでに短い夏へ向けた準備運動のような羽音が聞こえはじめていた。


「まず、邑久を見ろ」


 黒田さんの声が、昨日から頭の中に残っている。旅行会社でも、SNSでも、道標でも、黒島でもなく、邑久。


 私はその言葉を、昨日の夜から何度も反芻していた。冷蔵庫を開ける時も、歯を磨く時も、寝る前にスマートフォンを伏せる時も、ずっと引っかかっていた。こういう時の言葉は、役所の付箋よりしつこい。剥がしたつもりでも、指先に糊が残る。


 見ているつもりだった。というより、見ないで済むほど知っていると思っていた。


 駅へ向かう道も、本庁へ続く道も、田んぼの間を抜ける風も、古くからある店の看板も、雨の日に水が溜まりやすい交差点も、私は知っている。

 あそこの角は自転車だと少し膨らまないと曲がりにくいとか、あの水路は夏になると草の勢いが急に増すとか、夕方のスーパーの駐車場は思ったより混むとか、そういうことならいくらでも言える。

 でも、それを観光客にどう説明するのか。市外の人に、どう足を向けてもらうのか。企画書に書こうとした瞬間、邑久は急に薄くなった。


 私は邑久駅の近くで足を止めた。駅前には、いつもの朝があった。車が通り、学生らしい自転車が通り、どこかへ向かう人が通る。観光地の朝というより、生活の朝だ。もちろん、生活の朝が悪いわけではない。むしろ私は、こういう時間の方が好きだ。観光用に整えられた顔ではなく、人が普通に暮らしている顔。けれど、好きなことと、見せられることは違う。


 ノートを開いて、私は一行目に「邑久駅周辺」と書いた。次の言葉が出てこない。駅。生活。本庁。田園。竹久夢二。古代吉備。単語だけなら並ぶ。でも、どれもまだ、人に渡せる言葉ではない。


 昨日までの企画書の中で、私は邑久に「緑」と書いた。牛窓の青。長船の鉄。邑久の緑。間違いではない。田んぼの色も、山の色も、季節によって変わる草の色も、確かに邑久の一部だ。

 けれど、緑という言葉は便利すぎた。便利な言葉は、ときどきものごとの厚みを隠す。黒田さんの言う「旅行代理店等」と同じだ。書いた瞬間、考えた気になれる。けれど、そこに誰がいるのか、何が動くのか、どんな時間が積もっているのかは、何も説明していない。


 私は駅前の案内板の前に立った。邑久。その二文字を、あらためて見た。

 読みは、おく。そんなことは、子どもの頃から知っている。知りすぎていて、考えたこともなかった。地名というものは、近すぎると、意味ではなく音になる。自分の名前を毎朝分析しないのと同じだ。

 けれど、漢字だけをじっと見ていると、別の言葉が少し遅れて浮かんだ。悠久。そんな大げさな、とすぐに思った。邑久と悠久は、読みも意味も違う。地名の字面から勝手な連想を広げるのは、郷土史好きがやりがちな危険行為である。自覚はある。自覚があるから許されるわけではないところまで含めて、自覚はある。


 それでも、その言葉をすぐには捨てられなかった。悠久。長い時間。遠い昔から、いまへ続くもの。


 邑久の歴史は、私の通学路から始まったわけではない。私が自転車で走った道より前に、何度も人が歩いている。私が見慣れた田んぼの下にも、もっと古い時間がある。古代吉備の広がり、古墳、土を焼いた人たち、海へ向かう道、川、水路、地名、夢二の線、役場の紙、合併後の本庁。


 私は、それを知識としては知っていた。歴史の棚に入っている言葉なら、いくらでも出せる。出しすぎて、会議の空気を冷やしたこともある。冷房代の節約に貢献したと言えなくもないが、たぶん評価はされない。

 でも、昨日の企画書で私は、それを「緑」と書いた。緑。間違いではないが、私が、薄い言葉で済ませていただけだった。


 スマートフォンが震えた。紬からだった。


『歩いてますか』


 私は、駅前の案内板を見上げたまま、返信した。


『歩いてる。何を見ればいいか分からなくなってる』


 すぐに返ってきた。


『いいと思います』


 それだけだった。私は少し待った。続きが来るかと思ったのだ。紬なら、「分類してください」とか、「視線の置き場を変えてください」とか、何か言いそうだった。けれど、しばらく待っても画面は沈黙している。


『それだけ?』

『それだけです。分かっている場所ほど、最初はそうなると思います』


 私は少し笑った。


『写真送ろうか』

『今日は送らなくていいです。先輩が見てください』


 その短い文を読んで、私はスマートフォンを鞄にしまった。いつもなら、紬の返事を待ってから景色を見直していた。でも今日は違う。黒田さんに言われたからではなく。紬に見せるためでもなく。私自身が、この町をどう見ているのかを、確かめるために。


 駅前を離れ、本庁の方へ歩いた。見慣れた道だった。見慣れすぎている道だった。

 舗装の継ぎ目、歩道の幅、古い家の塀、曲がり角のカーブミラー。どれも知っている。知っているものは、安心できる。けれど、安心はときどき人を鈍くする。


 観光客なら、ここで何を見るだろう。そう考えて、すぐに困った。観光客なら、そもそもこの道を歩くだろうか。歩く理由がなければ、人は歩かない。昨日、黒田さんに言われたことが、また胸に引っかかった。


 来た人を歩かせる案では足りない。まだ来ていない人が、何を見て瀬戸内市へ足を向けるのか。そこが弱い。私は邑久に来てもらう理由を書けていなかった。それ以前に、自分が邑久を歩く理由を、ちゃんと言葉にできていなかった。


 しばらく進むと、古い案内板が見えた。夢二の文字がある。竹久夢二。邑久の名前を外へ出す時、頼りすぎてきた名前の一つだ。夢二は強い。大正ロマンという言葉も、絵も、女性像も、観光の言葉にしやすい。けれど、しやすいからといって、それだけで邑久を語ったことになるわけではない。


 私は案内板の前で立ち止まり、ノートに「夢二」と書いた。その下に、しばらく何も書けなかった。夢二を、どう置くのか。大正ロマン。芸術。郷土の偉人。観光施設。どれも正しい。正しいけれど、どれもどこか借り物のように見えた。

 竹久夢二は、紬の領域に近い人でもある。絵だけでなく、装幀や図案の世界にも手を伸ばした人だ。紬なら、どういう視点で夢二を見るのだろうと一瞬考えたがやめた。今はそうじゃない。


 私は夢二を知らないわけではない。けれど、観光コピーに便利な名前として使うなら、それは失礼だ。山本健治を偉い人にしてはいけないのと同じだ。夢二も、古代吉備も、須恵器も、勝手に「邑久らしさ」の札を貼ればいいわけではない。


 人に気持ちよくお金を払ってもらうためには、納得できる材料と情報と背景が必要だ。でも、材料と情報と背景があれば、何でも商品にしていいわけではない。

 このあたりは、紬ならもっと冷静に言語化するだろう。私は、言語化の途中でだいたい歴史の枝道に入り込む。枝道に入るのは楽しい。楽しいが、観光客を置いていく。観光客だけではない。黒田さんも、小野寺さんも、旅行会社の人も、市民も置いていく。

 好きなものを語ることと、誰かが関われる形にすることは違う。その違いを、私はいま歩きながら覚えようとしていた。


 さらに歩くと、田んぼの向こうに本庁の建物が見えた。いつもの市役所。いつもの本庁。出勤する場所。会議に向かう場所。紙を作り、説明し、差し戻され、直し、また説明する場所。観光文化戦略課の机があり、黒田さんがいて、コピー機が機嫌を悪くする場所。

 でも、ふと足が止まった。あの建物は、ただの現在の市役所ではない。現本庁は、旧邑久町役場側にある。それは、もちろん知っていた。知っているどころか、市の職員なら当然の前提だ。合併、旧町、支所、本庁。行政区分としては、何度も見てきた言葉である。けれど、その意味を、私は本当に考えていただろうか。


 牛窓町役場は牛窓支所になった。長船町役場も長船支所として役割を変えた。資料は移され、整理され、捨てられ、残され、どこかで所在が曖昧になったものもあるだろう。

 でも、邑久は。邑久町役場、本庁になった場所は、動かなかった。動かなかった棚。動かなかった倉庫。動かなかったキャビネット。動かなかった紙。


 行政資料というものは、きれいな理由で残るとは限らない。むしろ、きれいな理由で残らないことの方が多い。保存年限があり、所管が変わり、担当者が替わり、箱のラベルだけが妙に古いままになる。でも、動かなかった場所には、動かなかった時間が残ることがある。


 昨日までの私は、邑久を本庁所在地としてしか見ていなかった。市役所がある町。生活の町。私の地元。けれど、本庁が旧邑久町役場だったという事実は、ただの行政上の事情ではなかった。三町の資料がどこにどう残るか、その偏りにも関わる。牛窓と長船の資料が動いた一方で、邑久側の控えだけが、どこかに残っている可能性がある。


 私はノートを開いた。


 旧邑久町役場側控え。


 そう書いて、線を引いた。線を引いたあとで、少しだけ息を吐いた。

 昨日の私は、線を越えることばかり考えていた。旧町の線。地図の線。行政の線。でも、今日の私は、線の手前に立っている。足元を見ないまま線を越えようとしていたのだと思う。


 本庁の前まで来ると、休日の建物は少し静かだった。平日の市役所は、人の出入りと電話の音とコピー機の音でできている。休日の市役所は、同じ建物なのに、急に昔の顔をする。私は入口の前までは行かなかった。今日は中に入る日ではない気がした。外から見るだけでいい。


 建物の窓に、夏の空が映っていた。その青を見て、私は高校時代のポスターを思い出した。SETOUCHI COLOR。あの時の私は、牛窓を青で描いた。長船を鉄の色で描いた。邑久を緑で描いた。緑。やっぱり、薄かったのだと思う。あの頃の私は、邑久を嫌いだったわけではない。むしろ、離れることをあまり考えなかったくらいには、ここに馴染んでいた。


 紬は高校を出て、東京へ行った。デザインの勉強をすると言って、迷いがないように見えた。もちろん、本当に迷いがなかったかどうかは分からない。人の進路の迷いは、外から見えるほど単純ではない。


 私は地元の大学へ進んだ。積極的に地元へ残ると宣言したわけではない。通える大学があって、家を出る理由がなくて、岡山を離れる自分をうまく想像できなかった。

 歴史の本を読む場所にも困らなかったし、休日に古い町を歩こうと思えば歩けた。その程度の理由だと思っていた。


 その程度。本当に、そうだったのだろうか。


 私は市役所の建物を見上げた。ここを離れる理由がなかった。それは、ここにいたい理由がなかったという意味ではないのかもしれない。そんなふうに考えた瞬間、胸の奥が少しだけ落ち着かなくなった。


 地元が好きです、と言うのは簡単なようで難しい。市職員が言えば、模範解答のように聞こえる。歴史好きが言えば、対象を眺める人の言葉になる。地元民が言えば、照れくさい。近すぎるものに「好き」と言う時、人はなぜか急に不器用になる。だから私は、ずっと別の言葉でごまかしてきたのかもしれない。


 歴史が好き。古い町が好き。資料が好き。人の手つきが残った紙が好き。でも、その全部は、たぶんこの土地から始まっている。


 まだ、はっきりとは言えない。言い切るには早い。言い切ると、何かを取りこぼす気がする。ただ、昨日の企画書が薄かった理由は、少し分かった気がした。


 私は邑久を知らなかったわけではない。知っていた。知っているつもりで、説明する必要のない場所にしていた。説明する必要がないと思っていたから、人に渡せる言葉を持っていなかった。


 スマートフォンを取り出し、森下さん宛てのメッセージ画面を開いた。休日に送るには少し迷った。文化財担当にも休日はある。あるべきだ。けれど、今送らないと、月曜日の自分がまた別の仕事に流される気がした。文面を短くする。


『週明けに、旧邑久町役場時代の観光・文化関係資料の所在について相談させてください。三町広域観光に関わる邑久町側の控えが残っていないか確認したいです』


 送信ボタンを押す前に、もう一度だけ本庁を見た。本庁の窓に、夏の空が映っている。その建物を、私は毎日見ている。でも、そこに旧邑久町役場の時間が残っているかもしれないと考えたのは、その日が初めてだった。


 送信。画面に小さく表示された文字を見て、私はノートを閉じた。


 今日は何も見つけていない。資料も、証拠も、企画の答えも。ただ、見ていなかった場所があることだけを見つけた。それは、仕事としてはまだ何の成果にもならない。けれど、たぶんここから始めるしかないのだと思った。

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