第3章「言えることから、積む」 Scene17
空の青が少しずつ深さを増し、窓越しの光がにわかに夏の鋭さを帯びはじめた七月のはじめ。
市役所本庁の小会議室は、冷房が効いているはずなのに、紙だけが熱を持っているように見えた。
机の上には、私が提出した企画書が置かれている。
旧三町広域観光回遊促進事業。
副題は、昭和五十七年牛窓サマーキャンペーンポスターを起点として。
六月の終わりから、何度も書き直した文字だった。
修正履歴の残ったファイル名は、自分でも見たくないくらい増えた。
最終。
最終二。
最終修正。
黒田さん確認用。
黒田さん確認用本当の最終。
行政職員として、ファイル名に感情を出すのはよくない。
よくないけれど、現実の人間は、ときどきファイル名で弱音を吐く。
黒田さんは一枚目をめくり、二枚目に目を落としたまま、しばらく何も言わなかった。
私は向かいの椅子に座り、膝の上で手を組んでいた。手のひらが少し湿っている。
緊張している、というほどではない。
いや、緊張している。
小会議室の机の木目を数えはじめた時点で、人間はだいたい追い詰められている。
今回の企画書は、ただの調査報告ではない。
そう言い聞かせるように、私は黒田さんの前に置かれた紙の束を見た。
昭和五十七年のポスター。
BIZEN FUKUOKAの読み取り。
山本健治の名前が載った資料。
備前福岡と市場小路。
牛窓の港。
瀬戸内きらり館。
黒島と潮の道についての参考メモ。
三つの町の色。
それらを、調べた順番のまま並べるのはやめた。
紬に言われた通り、作る側の整理ではなく、見る人が最初に触れる理由を考えた。
最初に置いたのは、ポスターだった。
暗号ではなく、一枚の絵として。
青い海と白いヨット。その中にある、少しだけ不自然な配置。
そこからBIZEN FUKUOKAへ進む。
牛窓から長船へ。
海から道へ。
山本健治の名前は、最初には置かなかった。
鉛筆書き、活字、写真の山本さんという呼び名。資料と記憶の中から少しずつ近づく構成にした。
山本さんを主役にしない。けれど、消さない。
紬が言った通り、痕跡として扱った。
導入展示の案も入れた。
瀬戸内きらり館、市民図書館、本庁ロビー。会場候補を三つに分けたのは、牛窓だけで完結させないためだった。
展示タイトル案は、「海から道へ。昭和五十七年の観光ポスターから見る旧三町」。
少し長い。
けれど、短くすると何も伝わらなくなる。
タイトルとは、いつも中途半端な苦しみの上に立っている。
回遊カードとミニマップの案も入れた。
牛窓、長船、邑久の三色を集める。
三色を集めた人には、限定カードや協力店舗の特典を用意する。
まだ参加店舗は仮置きだったけれど、以前の私なら、そこまで考えなかったと思う。
そこには紬のラフも添えた。
青、鉄、緑を混ぜず、並べる。
統一感ではなく、同じ紙面の上で対等に見える構造。
色の美しさより、色の扱い方が大事だと、紬は言った。
企画書の協力候補欄には、こう書いた。
ビジュアル設計協力候補 椎名紬
三色回遊ロゴ、回遊カード、SNS発信用テンプレート作成
書いたあとで、少しだけ手が止まった。
椎名紬。
高校の時の後輩。美術室で私の隣に座って、無言で色を直してきた人。
いまはフリーのデザイナーとして、自分の名前で仕事をしている人。
後輩だから、と気軽に呼んでいい相手ではない。少なくとも、企画書に名前を載せるなら、それは仕事として扱うべき名前だった。
黒田さんは、そこまで読み進めても表情を変えなかった。
ページをめくる音だけが、小さく響く。
私は自分の手元に置いた控えに目を落とした。
三色回遊。
その文字を見た瞬間、別の紙面が頭に浮かんだ。
平成二十九年度観光ポスター公募審査結果。
資料室で見つけた、あのファイル。
SETOUCHI COLOR。
宮地薫。
椎名紬。
県立邑久高校美術部。
あの時は、海も、刀も、田んぼも、色としてしか見えていなかった。
今なら、もう少し違う言葉で置ける気がする。
そう思いたかった。
黒田さんが、最後のページをめくった。
私は息を止める。
「前よりは企画になっとる」
黒田さんは、紙面から目を上げずに言った。
その一言で、肺の奥にたまっていた空気が、少しだけ動いた。
「展示だけで終わらせずに、回遊、店舗、消費、広報まで入れた。三町を色で並べる考え方も分かる。椎名さんの協力を入れたのも悪くない」
「ありがとうございます」
口から出た声は、思ったより小さかった。
黒田さんはそこで初めて、企画書を閉じた。
「だが、このままでは出せん」
動きかけた空気が、胸の奥で止まった。
分かっていた。
通るとは思っていなかった。黒田さんが一度で通す人ではないことも知っている。
それでも、少しだけ期待していた。
前よりは進んだ。前よりは紙の上だけではなくなった。そう思いたかった。
だからこそ、「出せない」という言葉は、思っていたより深いところに落ちた。
「どこが、弱いですか」
黒田さんは、閉じた企画書の表紙を指で押さえた。
「まず、副題じゃ」
黒田さんは、表紙の文字を指でなぞった。
「昭和五十七年牛窓サマーキャンペーンポスターを起点として。これは、お前の調査の起点じゃ。市の事業の起点じゃない」
返す言葉が、すぐには出なかった。
「お前は、このポスターから入った。だから、そこを中心に置きたくなる。気持ちは分かる。だが、この副題で出した瞬間、事業の正面は牛窓になる」
黒田さんは、表紙から指を離さない。
「長船は、隠された地名として出てくる。邑久は、あとから添えた色になっとる」
「添えたつもりは、ありません」
「つもりの話はしとらん。読んだ時にどう見えるかの話じゃ」
そこで言葉を止められると、反論の置き場所がなくなる。
私は控えの企画書に目を落とした。
邑久の項目は、確かに薄かった。
牛窓の欄には、ポスター、港、きらり館、しおまち唐琴通り、黒島、潮の道が並んでいる。
長船には、備前福岡、市場小路、刀剣、道筋、古い写真がある。
邑久には、本庁周辺、現代の市役所、農産品、緑、生活文化。
生活文化。
自分で書いた言葉なのに、そこだけ水で薄めたように見えた。
「牛窓は観光として見とる」
黒田さんが言った。
「長船は歴史として見とる」
次の言葉は、聞く前から分かった気がした。
分かった気がしたのに、逃げられなかった。
「邑久は生活としてしか見とらん」
小会議室の冷房の音が、急に大きくなった。
「お前が邑久出身だからじゃ」
黒田さんの声は、いつも通りだった。
叱るというより、紙面に書かれていることを読む声。
「近すぎる場所ほど、人に見せる価値があると思えん。知っとるから、説明せん。通っとるから、立ち止まらん」
私は机の下で、組んでいた手に力を入れた。
違います、と言いたかった。
言えなかった。
違わないからだ。
邑久は私にとって、駅であり、道であり、スーパーであり、学校帰りの自転車であり、見慣れた田んぼであり、市役所の建物だった。
牛窓の海を見る時、私は観光客の目を少し借りられる。
長船の備前福岡を歩く時、歴史好きの目が勝手に起きる。
でも邑久を見る時、私はただ、帰ってきた人間の目になる。
そこに何があるか、知っているつもりで、何も言葉にしていない。
「邑久は、歴史の町じゃろ」
黒田さんは言った。
「お前がいちばん知っとるはずじゃ」
その言葉は、叱責より痛かった。
私は歴史が好きだ。
好きすぎて、ときどき会議で自分を押さえる必要がある。古代吉備の話をしはじめると、相手の目がだんだん遠くなることも知っている。
だから普段は、なるべく短く、なるべく必要なことだけ話す。
それなのに、自分の企画書の中で、邑久の歴史は薄かった。
紬にも言われていたことだ。
知っているからこそ、後回しにした。
近いからこそ、雑になった。
自分の足元だから、見るまでもないと思っていた。
そんなものは、地元を知っているとは言わない。
黒田さんは次のページを開いた。
「次。誘致の設計が弱い」
私は唇の内側を軽く噛んだ。
「今のお前の企画は、来た人を歩かせる案じゃ。来た人に何を渡すか、どこを回ってもらうか、そこは前より考えとる」
黒田さんは、回遊カードの案を指した。
「だが、まだ来ていない人間が、何を見て瀬戸内市へ足を向けるのか。そこが弱い」
私は、広報計画のページを見た。
市公式サイト。
観光協会ホームページ。
SNS発信。
旅行代理店等への情報提供。
書いてある。
書いてある、だけだった。
黒田さんは、その一行にペン先を置いた。
「旅行代理店等への情報提供により周知を図る」
読み上げられると、急に軽く見えた。
自分で書いた一文が、役所の資料にありがちな、きれいに逃げた言葉に見えた。
「便利な一行じゃな」
「…はい」
反論したかった。
けれど、反論するには、私はその一行の中身を何も持っていなかった。
「どこの誰に、いつ、何を持っていく」
答えられない。
「日帰りか、一泊か。団体か個人か。岡山駅発か、関西圏発か、東京発か。昼食はどこで取る。バスはどこに停める。雨が降ったらどうする。十人ならいい。三十人なら受けられるか」
一つずつ、企画書の空白を指で押されていく。
「情報提供は誘致じゃない。周知は商品造成じゃない」
その通りだった。
私は、来た人に渡すカードを考えた。
来た人が歩くコースを考えた。
来た人が色を集める仕組みを考えた。
でも、まだ来ていない人にどう届くのか。
誰がその人の旅程に瀬戸内市を入れるのか。
旅行会社が売れる形になっているのか。
そこは、考えたつもりで、言葉だけ置いていた。
「SNSも同じじゃ」
黒田さんは、別のページをめくる。
「発信、と書けば届くわけじゃない。誰に見せる。何秒で伝える。誰が作る。権利はどうする。市の公式アカウントだけで足りるのか。椎名さんの作るテンプレートを使うなら、契約範囲はどこまでか」
「はい」
「椎名さんの名前を入れたのは悪くない。だが、協力候補と書くなら、仕事として扱え。後輩だから頼む、では通らん」
「分かっています」
少しだけ、声が強くなった。
黒田さんがこちらを見た。
私は息を吸い直した。
「すみません。分かっているつもりです」
「つもりで止めるな」
「はい」
悔しかった。
紬のことは、ちゃんと仕事として扱っているつもりだった。
でも、企画書の中ではまだ「協力候補」という便利な箱に入れているだけだったのかもしれない。
「次に、山本健治さんの扱い」
黒田さんは、人物整理のページを開いた。
「ここも前よりは慎重になっとる。だが、まだ少し強い。読んだ人は、山本健治が三町回遊の構想を一人で持っていたように受け取る可能性がある」
「そこまでは書いていません」
「書いていなくても、そう読める」
まただった。
つもりではない。
読まれ方の問題。
「山本さんを消せ、ということではない」
黒田さんは言った。
「ただ、その人が一人で何かをした話にするな。三町を見ようとした人たちがいて、その中に山本健治がいた。そこまで持っていく根拠が要る」
「BIZEN FUKUOKAだけでは、足りないですか」
黒田さんは小さく頷いた。
「BIZEN FUKUOKAが読めることと、三町で広域観光を考えていたことは別じゃ」
その一文で、企画書の背骨がぐらついた。
BIZEN FUKUOKA。
それを見つけた時、私は確かに震えた。
牛窓のポスターの中に、長船町福岡の名が隠れている。その事実は、今でも強い。
でも、それだけでは三町合同広域観光の証拠にはならない。
牛窓と長船はつながる。
では、邑久は。
三町は。
その時代の役場や観光協会は、本当に同じ方向を見ようとしていたのか。
私は、そこをまだ埋めていない。
「今の企画は、調査としてはよく進んどる」
黒田さんは、そこで少し声を落とした。
「だが、事業としては、まだ骨が弱い」
私は机の上の企画書を見た。
何度も書き直した紙。
夜に読み返し、朝に直し、紬のラフを見ながら並べ替えた紙。
自分では、かなり遠くまで来たつもりだった。
でも、黒田さんに指摘されるたび、その紙の下にある空白が見えてくる。
来る前の人に届く接点。
旅行会社に売れる資料。
民間事業者の利益。
文化財確認。
安全管理。
三町合同の根拠。
邑久の厚み。
どれも、欠けていた。
「では」
私は喉を一度鳴らした。
「この企画は、差し戻しですか」
黒田さんは即答しなかった。
小会議室の窓にはブラインドが下りている。隙間から入る七月の光が、机の上に細い線を作っていた。
光の線は、企画書の表紙を斜めに横切っている。
線。
旧町の線。
地図の線。
行政の線。
でも今、目の前の線は、越えるためのものではなかった。
越える前に、見なければならない線だった。
「差し戻し、というより」
黒田さんは、ようやく口を開いた。
「まだ出す段階ではない」
その方が、かえって重かった。
「前よりは進んどる。お前が遊びで書いたとは思っとらん。調査も、整理も、企画化も、逃げてはいない」
「はい」
「だから止めとる」
顔を上げる。
黒田さんは、まっすぐこちらを見ていた。
「通らんと分かっとるものを上げるのは、優しさじゃない。お前にも、市にも、関わる人にも失礼じゃ」
その言葉で、少しだけ息が戻った。
否定されたわけではない。
止められたのだ。
通すために。
それでも痛いものは痛い。
行政職員にも痛覚はある。
むしろ紙で切った傷みたいに、あとからじわじわ来る。
私は、膝の上で組んでいた手をほどいた。
「どこから直せばいいですか」
声は震えなかった。
そこだけは、自分を少し褒めてもいいと思った。
黒田さんは、企画書を閉じた。
そして、短く言った。
「まず、邑久を見ろ」
その言葉は、予想していたどの指摘よりも深く刺さった。
旅行会社でも、SNSでも、道標でも、黒島でもない。
邑久。
私が生まれて、育って、大学も地元で済ませて、そのまま市役所に入って、毎日通っている場所。
知っていると思っていた町。
説明しなくても分かると思っていた町。
企画書の中で、いちばん薄く書いた町。
「邑久を、ですか」
今度は、聞き返しではなかった。
確認だった。
黒田さんは頷いた。
「お前が見落としとるのは、遠い場所じゃない」
それ以上は言わなかった。
言われなくても、分かった。
私は企画書を見た。
牛窓の青、長船の鉄、邑久の緑。
緑。
間違いではない。
けれど、浅い。
浅かったのは、邑久ではない。
私の見方の方だった。
「一週間。いえ、十日ください」
私は言った。
「何をする」
「邑久を歩きます。資料も見ます。でも、最初は歩きます」
「何を見に行く」
「分かりません」
黒田さんの眉が少し動いた。
「分からないので、見に行きます」
言ってから、自分でも少し驚いた。
でも、それしか言えなかった。
牛窓では、ポスターが入口になった。
長船では、BIZEN FUKUOKAが足を向けさせた。
邑久には、まだ入口がない。
なぜなら、私が入口を必要としていなかったからだ。
知っている町だと思って、いつも横から入っていた。
「いい」
黒田さんは言った。
「ただし、見慣れたものを見に行け。新しいものを探しに行くな」
「見慣れたものを」
「そうじゃ。知っとると思っとるものを、ちゃんと見ろ」
私は頷いた。
企画書を鞄に戻す時、紙の束は来た時より重くなっていた。
増えたわけではない。
むしろ、黒田さんに削られて、見えるものは減ったはずだ。
それなのに重い。
小会議室を出ると、廊下の窓から夏の光が入っていた。
遠くのコピー機が紙を吐き出す音がする。
いつもの市役所の音だった。
私は自席に戻らず、廊下の端で少し立ち止まった。
スマートフォンを取り出し、紬にメッセージを打つ。
『止められた』
送信してから、少し迷って、もう一通送った。
『邑久を見ろって言われた』
既読はすぐについた。
返事もすぐだった。
『でしょうね』
私は思わず笑った。
笑ったけれど、少しだけ悔しかった。
『分かってた?』
『薄かったです』
『言って』
『言いました。逃げた緑って』
そうだった。
言われていた。
聞いていたのに、まだどこかで、自分の町だから何とかなると思っていた。
『何を見ればいいと思う?』
送ってから、すぐに後悔した。
また紬に入口を作ってもらおうとしている。
けれど、返事は短かった。
『今日は聞かない方がいいです』
少し間が空いて、もう一通。
『先輩が見てください』
私はその画面をしばらく見つめた。
紬は線を引かなかった。
いつもなら、私が見つけたものを紬に送り、紬が別の角度から切り返す。それで景色が変わる。
でも、今度は違う。
邑久は、私が自分で見なければならない。
私はスマートフォンを鞄にしまった。
知っている場所だから、見なくても書けると思っていた。
それが、いちばん恥ずかしかった。




