第3章「言えることから、積む」 Scene15
「宮地、あれの進捗どうなっとる?」
自席のパソコンを開き、まとまらない調査メモを睨んでいた時だった。
不意に背後から声がかかり、私は肩を跳ねさせた。振り返ると、黒田さんが立っている。手にはいつものマグカップ。給湯室へ向かう途中の、本当に何気ない問いかけだった。
「あれ、と言いますと」
「昭和五十七年のポスターから始まった調査じゃ」
逃げ道をふさがれた。
いや、逃げ道というほどのものは最初からない。
私の机の上には、青い海のポスター複写、図書館で取った古い観光協会の記録、きらり館のパンフレット、田原さんの聞き取りメモ、森下さんに確認した石柱状のものの記録、黒島と潮の道に関する走り書きが、地層のように積み重なっている。
観光文化戦略課の机というより、私の頭の中をそのまま紙にして置いたような状態だった。
「今、拾ったものを整理して、どうつなぐかを考えているところでして」
答えた瞬間、自分でも言い訳に聞こえた。
黒田さんは机の上を見た。怒っているわけではない。ただ、資料の量と乱れと私の表情を、同じ秤に乗せているような目だった。
「小会議室へ持ってこい」
「今ですか」
「今じゃ。まだ形になっていない時に見た方がええこともある」
まだ早いです、と言いたかった。
でも、早いかどうかを判断できないから、机の上がこうなっている。
「分かりました」
私は資料を無地のクリアファイルに押し込み、ノートとペンを抱えて立ち上がった。押し込むという言葉がぴったりだった。分類したのではない。崩れないようにまとめただけだ。
小会議室の机に資料を広げると、改めてひどかった。
昭和五十七年のポスター。BIZEN FUKUOKAの読み取り。山本健治の名前が載った資料。備前福岡と市場小路。牛窓の港。瀬戸内きらり館。田原さん。小野寺さん。黒島。潮の道。広域観光ルート。三町の色。
どれも捨てたくなかった。
どれも、何かにつながっている気がした。
だからこそ、どれも同じ強さで机に出してしまった。
「現段階の報告を聞こう」
黒田さんが言った。
私は手元のメモを見ながら、説明を始めた。
まず、ポスターについて。
ヨットの配置と帆の向きに規則性があり、そこからBIZEN FUKUOKAと読める可能性があること。
次に、山本健治について。
ポスター裏面の鉛筆書き、図書館資料の活字、そして地元の記憶に残る「写真の山本さん」という呼び名。
それから、牛窓で聞いた言葉。
海だけでは足りない。道を見る。入口をつくる。観光は、地図だけではなく、歩く時間や店や天気や人の動きまで含む。
話しながら、自分の声に熱が入っていくのが分かった。
まだ点と点でしかないものを、何とか線で結ぼうと言葉を継ぎ足している。きれいな石を拾いすぎた子どもが、両手いっぱいに抱えて見せびらかしているような説明になっていないか、途中で少し不安になった。
黒島や潮の道の話に入りかけたところで、黒田さんが軽く手を上げた。
私は口を閉じた。
小会議室の空調の音が、急に近くなる。
黒田さんは、しばらく黙って机の上を見渡していた。
長い沈黙ではなかったと思う。
でも、その間に私は、自分が広げた資料の端から端までを、もう一度見せられている気がした。
「面白い」
ようやく落ちた一言に、私は息を吐きかけた。
「ありがとうございます」
言い終わる前に、黒田さんは続けた。
「だが、広げすぎじゃ」
息が途中で止まった。
「今のお前の資料は、調査の地図にはなっとる。過去の点をつなごうとしとるのも分かる。だが、まだ事業にはなっとらん」
黒田さんは、私の走り書きの一枚を手に取った。
そこには、自分の字でこう書いてある。
まだ線にしない。
面で捉える。
「線ではなく面で捉えたい、と思うのは悪くない」
黒田さんは言った。
「だが、面のまま予算書には載せられん。予算書に載せるには、対象が要る。誰に、何を、どう届けるかを決めんといけん。お前は今、全部を一度に見せようとしとる」
痛いところを突かれた。
ポスターの謎解きも、山本さんの名前も、備前福岡も、牛窓の案内所も、島のロマンも、すべてが面白い。すべてが大事に見える。
けれど、全部を同じ机に並べれば、見る人はどこから手をつければいいか分からなくなる。
「何を削ればいいでしょうか」
少し身構えて聞くと、黒田さんは首を振った。
「削るんじゃない。段階を分けろ」
「今すぐ出すものと、寝かせるものを分ける、ということですか」
「そうじゃ。今やることと、後でやることを分ける」
黒田さんは、机の上の資料を三つの山に分け始めた。
躊躇がない。
私が何日もかけて拾い集め、どう結びつけるか悩んでいた紙の束が、行政のプロの手によって、静かに解体されていく。
第一段階。
ポスター、山本健治、写真提供、BIZEN FUKUOKAのメモ。
第二段階。
海から道へ、広域観光素材、旧三町の回遊案、きらり館や市場小路の聞き取り。
第三段階。
島、黒島、前島、潮の道。
「第一段階はここじゃ」
黒田さんは、一つ目の山を指した。
「昭和五十七年ポスターを起点に、当時の観光資料と関係者の記憶を整理する。ここまでなら、調査として説明しやすい」
「はい」
「第二段階で、海から道へ、という仮テーマを使って、牛窓・長船・邑久をどう見せるか考える。展示でも、記事でも、小冊子でもいい。市民に共有できる形じゃ」
「市民に、ですか」
「そうじゃ。外向きの看板だけじゃない」
黒田さんは、二つ目の山を軽く叩いた。
「観光客ばかり見とると、足元をすくわれるぞ。旧牛窓、旧邑久、旧長船の人に、自分たちの町がどう並べられるかを見せることになる。内側の納得が要る」
内側の納得。
私はその言葉をノートに書き留めた。
観光というと、どうしても市外から人を呼ぶことばかり考えてしまう。けれど、三つの町を並べるということは、そこに住んでいる人たちの記憶や感情を並べることでもある。
「第三段階で、実際の広域観光ルートや島の扱いを検討する」
黒田さんは、最後の山を指した。
「ただし、ここはまだ早い」
「はい」
「島は面白い。だが、安全管理、交通、潮、責任の範囲。いきなり触ると火傷する」
「きらり館の小野寺さんにも、ロマンには段取りが要ると言われました」
「小野寺さんは分かっとるな」
「はい。とても」
「なら、小野寺さんの言うことを聞け。面白いものほど、現場の段取りを軽く見るな」
私は新しい紙を出し、黒田さんの言葉を三つに分けて書いた。
第一段階。ポスター起点の調査整理。
第二段階。仮テーマ「海から道へ」と旧三町の共有。
第三段階。島・潮の道。
最後の行に、私はこう書き添えた。
現時点では保留。
ペンを置くと、黒田さんがその文字をじっと見ていた。
「保留、と書くと眠るぞ」
「置いておくだけでは駄目、ということですか」
「寝かせるな。管理しろ」
「管理」
「使わないと決めるのと、忘れるのは違う。今は使わない。だが、いつ、何が確認できたら次へ進むのかを書いておけ」
私は「保留」の文字に二重線を引き、その横に書き直した。
第三段階。島・潮の道。
現段階では参考仮説として別紙管理。
安全管理・交通・潮位・案内責任の整理後に再検討。
さっきより、少し重くなった。
重くなったが、紙の上で眠ってはいない。
「山本健治さんの扱いは」
私は聞いた。
「主役にするな」
「消す、ということですか」
「そうじゃない」
黒田さんは、ポスターの複写を見た。
「名前は大事じゃ。だが、名前があると人は物語を作りたがる。山本健治が一人で全部を仕掛けた話にすると、分かりやすくはなる。だが、それが正しいとは限らん」
「はい」
「三町を見ようとした人たちがいて、その中に山本健治という名前が残っている。今言えるのは、そのくらいじゃろう」
「写真の山本さん、という呼び名も」
「呼び名は強い。だから慎重に使え」
私は頷いた。
強いものほど、扱いを間違えやすい。
それはポスターでも、道標らしき石でも、人の名前でも同じだった。
「まずは、第一段階と第二段階を企画の形にしてみろ」
黒田さんは言った。
「企画、ですか」
「調査報告で終わらせるな。何を見せ、誰に共有し、どう次の事業につなげるかを書く」
「はい」
「ただし、きれいな言葉で逃げるなよ」
黒田さんは、私のノートに書かれた「海から道へ」を指した。
「いい言葉じゃ。だが、いい言葉は、説明した気にさせる」
「…はい」
「言葉に働かせるな。自分が働け」
私は、ノートの端を押さえた。
海から道へ。
書いた時には、何かがつながった気がした。
でも、それはまだ、気がしただけだった。
小会議室を出る時、黒田さんは資料の山をもう一度見た。
「宮地。面白いことは、悪いことじゃない。だが、面白いものを全部並べると、読む側は何も受け取れん」
「…はい」
「持ち帰って、誰が最初に読むのかを考えろ」
誰が最初に読むのか。
その言葉が、机の上に残った。
資料を抱えて席へ戻る途中、私はスマートフォンを取り出し、紬に送るメッセージを打つ。
『相談がある。資料を企画の形にしろと言われた』
少し迷って、もう一行足した。
『たぶん、入口がない』
送信してから、私は自分の机へ戻った。
机の上は相変わらず紙でいっぱいだった。
でも、さっきまでと違って、紙の山には段差ができていた。




