第3章「言えることから、積む」 Scene12
小野寺さんは、本当に港の方へまっすぐ歩いた。
途中で二度、声をかけられた。一度目は、フェリーの時間を尋ねる観光客。二度目は、軽トラックから顔を出した地元の人だった。
「小野寺さん、今日は前島多いんか」
「昼から増えると思うで。行くなら今のうちじゃな」
「また案内しょんか」
「今日は昔話の漁じゃ」
「なんじゃそりゃ」
「私にもまだ分からん!」
軽トラックの人は笑って去っていった。
小野寺さんは振り返りもせずに歩く。歩きながら、人の名前を二、三人分つぶやいていた。田原さんがいそうな場所を、頭の中で順に当たっているらしい。資料を探す時の検索語とは違う。小野寺さんの検索語は、人名と場所と時間帯でできている。
「田原さんは、午前中に船の話で来とったんよ。あの人、用事が終わってもすぐ帰らんけぇな。誰かと喋っとるか、海を見とるか、どっちか」
「見つかるものなんですか」
「見つからんかったら、それも今日の答えじゃ」
「小野寺さんが言うと、諦めじゃなく聞こえますね」
「諦めるんは早ぇ。切り替えるだけじゃ」
港のそばまで来ると、潮の匂いが強くなった。水面の光が、建物の白い壁や窓に跳ね返っている。観光客の声、船のエンジン音、遠くの鳥の声。どれも少しずつ重なって、牛窓の午後を作っていた。
「あ、おった」
小野寺さんが、急に声を低くした。低くしたつもりなのだろうけど、十分大きい。
フェリー乗り場から少し外れたところに、帽子をかぶった年配の男性がいた。
港を見ているのか、誰かを待っているのか、ベンチの端に腰かけている。膝の上には新聞。足元には布の手提げ袋。姿勢は少し丸いが、顔を上げると目がよく動いた。
「田原さーん」
小野寺さんが手を振った。田原さんは顔をしかめた。
「また声がでけえな、小野寺さんは」
「聞こえんよりええでしょう」
「近所中に聞こえる」
「今日は港じゃけぇ、海に逃げます」
田原さんは、呆れたように笑った。
「何の用じゃ」
「昔の観光の話。市役所の宮地さんと、デザイナーの椎名さん」
「デザイナー?」
田原さんの目が、紬に向いた。
「昔はそんな洒落た言い方せんかったな。印刷屋さんとか、図案の人とか言うとった」
「今も、だいたい似たようなことをしています」
紬が落ち着いて答える。
「そうか。名前が変わっただけか」
「変わった部分と、変わってない部分があります」
「ほう。若いのに難しいこと言うな」
田原さんは、楽しそうに言った。小野寺さんが、私の方を指した。
「こっちは役所の子。昔の牛窓サマーキャンペーンとか、山本健治さんのことを調べとる」
「山本?」
田原さんは、そこで新聞を畳んだ。
「山本健治か」
「ご存じですか」
私が聞くと、田原さんは少し首を傾けた。
「知っとるいうほど一緒に仕事したわけじゃねえけどな。役場の山本さんじゃろ。写真の山本さん」
「写真の山本さん」
小野寺さんが、ほら、という顔をした。
私は調査資料を開きかけて、また止めた。今日は何度もこれをやっている。紙に逃げる癖があるらしい。
「山本さんは、写真を撮っていた方なんですか」
「撮っとったんもあるじゃろうし、集めとったんもあるじゃろうし、整理もしとったんじゃねえかな。観光の写真はな、誰が撮ったかより、誰が持っとるかが大事な時がある」
「小野寺さんと同じことを」
「わしが先じゃ」
田原さんは即答した。小野寺さんが笑う。
「はいはい、田原さんが先」
「年寄りの手柄を取るな」
「取りませんて」
明るい。けれど、話の中身は軽くない。山本健治は、また「写真の人」と呼ばれた。小野寺さんの記憶だけではない。別の人の口からも、同じ方向の言葉が出てきた。それは、資料とは違う種類の一致だった。
「山本さんは、どんな方でしたか」
私が聞くと、田原さんはすぐには答えなかった。海の方を見て、少し考える。
「派手な人じゃなかったな。役場の人らしい役場の人じゃった。けど、妙に写真を見るのが長かった」
「撮るだけではなく、見る方もですか」
「うん。人が撮った写真でも、よう見よった。海がきれいじゃな、とかで終わらんのよ。奥に道が写っとるとか、端に古い石があるとか、そんなところを見よった気がする」
私は思わず紬を見た。紬もこちらを見た。
端。古い石。
田原さんは、私たちの反応に気づいていないようだった。
「牛窓いうたら、まあ海じゃろ。観光の写真も海、船、夕陽、オリーブ。分かりやすい。けど山本さんは、それだけじゃ足りんような顔をしとったな」
「足りない」
「わしの勝手な見方じゃで」
田原さんは、そこでこちらを見た。
「年寄りの昔話は、すぐ本当みたいな顔をするけぇ、気をつけられぇよ」
「はい」
「田原さん、それ私が言おうと思っとった」
小野寺さんが言うと、田原さんは鼻で笑った。
「小野寺さんより、わしの方が先じゃ」
「そればっかり」
紬が小さく笑った。
私は今度こそ調査資料を開き、短く書いた。
田原悟氏談。
山本健治/役場の山本さん/写真の山本さん。
写真を見る時間が長かった。
海だけでは足りないように見えた。田原氏の印象。事実認定不可。
書いている途中で、田原さんがこちらを覗き込んだ。
「何を書いとる」
「忘れないように」
「わしの話は、書いたら短くなるで」
「短くしないと迷子になります」
「迷子になるくらい聞かんと、昔話は面白うねえ」
田原さんは笑った。
「ところで、山本さんのことで、何を知りたいんじゃ」
「昭和五十七年の牛窓サマーキャンペーンのポスターについて調べています」
私はスマートフォンを取り出し、保存していたポスター画像を表示した。
「これです」
田原さんは画面を受け取らず、少し身を乗り出して見た。年配の人にスマホ画面を見せる時の距離感は難しい。近すぎても失礼だし、遠いと見えない。
「ああ」
田原さんは目を細めた。
「懐かしいような、そうでもないような」
「覚えがありますか」
「見たことはあると思う。けど、何十年も前の観光ポスターなんぞ、全部は覚えとらん」
それはそうだ。田原さんは画面の海とヨットを見て、少し笑った。
「これは絵じゃな」
「はい」
私と紬は同時に頷いた。
それは、私たちにとっては大前提だった。
写真ではない。
描かれた海。
描かれたヨット。
だからこそ、帆の形も配置も、意図を持って整えられる。けれど、田原さんがそれを言ったことで、山本健治と写真の話が一つ整理された気がした。
「写真じゃったら、ヨットがこんな都合よう並ばんわ」
「ですよね」
紬が言った。
「写真は、そこにあるもんしか写らん。絵は、描く人が置きたいもんを置ける」
「だから、同じ形を繰り返せます」
紬が続けた。
「必要な場所だけ、少し変えることもできる。帆の形や向きに意味を持たせるなら、写真より絵の方が自然です」
「ほう」
田原さんは感心したように紬を見た。
「デザイナーいう人は、そういうところを見るんか」
「宮地さんが変なものを持ってくるので、見るようになりました」
「変なものを持ってきたのはポスターです」
「持ってきたのは宮地さんです」
田原さんは愉快そうに笑った。
「仲がええな」
「仕事上です」
紬が即答した。あまりに早かったので、田原さんも小野寺さんも笑った。私は何も言わないことにした。言うと、たぶん負ける。
「山本さんは、この絵を描いた方ではないですよね」
紬が聞いた。田原さんは首を振った。
「山本さんは絵描きじゃねえ。少なくとも、わしはそう聞いたことはない」
「では、写真素材を集める側」
「それはありそうじゃな。描く人に渡す写真や資料を集める。海、船、町並み、道。そういうもんを、山本さんがよう持っとったんじゃないかと思う」
私は調査資料に書いた。
山本は、描画者ではない可能性大。
写真・観光素材提供側の可能性。
絵の元になる写真資料が存在した可能性。
田原さんは、まだポスター画像を見ていた。
「しかし、これを見せるなら、海だけでええのにな」
「え」
「いや、観光ポスターとしては海で十分じゃろ。牛窓サマーキャンペーンじゃ。海、ヨット、夏。それで分かる」
「はい」
「でも、山本さんが絡んどったなら、たぶんそれだけで終わらせたくなかったんじゃないかな」
小野寺さんが苦笑した。
「宮地さん、今のは田原さんの『思う』じゃけぇな」
「はい」
「でも、大事な『思う』です」
「はい」
小野寺さんの釘は、黒田さんや森下さんの釘と違って、明るい。刺さるけれど、血は出ない。
山本さんは、牛窓を海だけで終わらせたくなかった。私は声に出さず、心の中で繰り返した。
田原さんは、画面から顔を上げた。
「広域観光ルートの話、聞いたんじゃろ?」
「はい。広域観光素材という言葉が資料にありました。小野寺さんからは、広域観光ルートという言い方を聞きました」
「ルートいうたか、コースいうたか、道筋いうたか。そこは覚えとらん。でも、牛窓だけじゃなくて、もう一か所、もう二か所、回ってもらおういう話はあった」
「どこへ」
「そこがなあ」
田原さんは、楽しそうに困った顔をした。
「話が長くなる」
「構いません」
「…言うたな?」
しまった、と思った時には遅かった。
田原さんは、そこから本当に長く話した。
昔のフェリーの話。
観光バスの話。
夏の海水浴客の話。
台風で看板が飛んだ話。
港の近くにあった食堂のカレーが甘かった話。
なぜか途中で、昔のカメラのフィルム代の話になり、そこから写真を焼き増しする時に誰がよく来たかの話へ戻った。
山本さんは、写真をよう持ってきよった。海ばあじゃなくて、道もあった。人が写っとる写真は使いにくいけぇ、風景だけのを探しょった。
長船の福岡? ああ、あそこも名前は出とったな。牛窓に来た人を、長船の刀の方へ流すとか、古い町並みへ行かせるとか、そんな話じゃったかもしれん。いや、刀は後の話か。でも、道は言いよった。
海から道へ、人を流さんと、って。
最後の一言で、私はペンを止めた。
「今、何と」
私が聞くと、田原さんはきょとんとした。
「何が」
「海から道へ、と」
「言うたか」
「言いました」
「そうか」
田原さんは、自分の言葉を少し探すように海を見た。
「山本さんが、そんなことを言うとった気がする。いや、山本さん本人の言葉か、誰かが山本さんの考えをそう言うたんか、そこは分からん」
「海から道へ」
「牛窓は海が強いじゃろ。強すぎるくらい強い。じゃけど、海で人を止めたら、そこで終わる。道へ出したら、ほかの町へ行く。長船とか、邑久とか。今は同じ市じゃけど、昔は違う町じゃったけぇな。違う町へ人を流すいうのは、簡単な話じゃなかったと思うで」
風が少し強くなった。港の方で、船のロープが鳴る。牛窓から長船へ。海から道へ。ポスターの中のヨット。備前福岡。牛窓道標らしき石造物。山本健治。線が引きたがる。でも、今は線を引くより、言葉を拾う方が先だ。
私は調査資料に、ゆっくり書いた。
海から道へ。田原氏記憶。発言者未確定。山本健治本人の言葉か、周辺者による要約か不明。
牛窓から長船・邑久方面への誘導構想の可能性。
書きながら、指先が少し熱くなった。
「話が散らかっているのに」
紬がぽつりと言った。
「全部捨てられないですね」
田原さんが、嬉しそうに笑った。
「それが昔話じゃ。きれいに片づけたら、何も残らん」
「デザイナーには厳しいです」
「ほんなら、残す散らかり方を考えりゃええ」
紬は黙った。その言葉は、たぶん紬のどこかに入った。
小野寺さんが時計を見た。
「田原さん、もう二十分どころか三十分超えました」
「わしは止められた覚えがねえ」
「止まりませんでした」
「聞いたんはそっちじゃ」
「そうです。ありがとうございました」
小野寺さんは、豪快に頭を下げた。田原さんも少し笑って、新聞を手に取った。
「また思い出したら言うちゃる」
「その時は小野寺さん経由でお願いします」
「役所の子は段取りが好きじゃな」
「好きというか、必要です」
田原さんは、立ち上がりながら言った。
「山本さんのことを調べるんなら、あの人を偉い人にしたらおえんで」
「偉い人に?」
「昔のことを調べると、すぐ誰か一人の物語にしたがる。けど、観光は一人じゃできん。役場の人、観光協会の人、船の人、写真を持っとる人、道を知っとる人。みんなちょっとずつ噛んどる」
「はい」
「山本さんも、その中の一人じゃ。たぶん、よう考えとった一人」
それだけ言うと、田原さんは手提げ袋を持って、港の方へ歩いていった。話が長い人の去り際は、意外とあっさりしてる。
小野寺さんが、息を吐いた。
「長かったじゃろ」
「はい」
「でも、宝物は落ちとった?」
「落ちていました」
私は調査資料を見た。海から道へ。その一行が、他の文字より少し濃く見えた。
小野寺さんは満足そうに頷いた。
「なら、今日の外出は二十分扱いでええな」
「三十分超えてましたよ」
「宮地さん、そういう細かいことを言うたら観光は広がらんよ」
「今のは違うと思います」
紬が笑った。
港の光は、まだ明るい。田原さんの話は、順番が前後し、名前が混ざり、途中で船の話になり、食堂のカレーの話にまでそれた。それでも、最後に一つだけ、ポケットの底に小石のような言葉が残った。
海から道へ。
資料にはまだない。けれど、山本健治という人が見ていたかもしれない方向が、初めて少しだけ見えた。




