第2章「残された線」 Scene10
牛窓には、海がある。
それは分かっていた。分かっていたはずなのに、備前福岡の市場小路を歩いたあとでは、少しずるいくらい分かりやすく思える。
道の向こうで光るもの。風の中に混じる潮の匂い。坂を下りるにつれて、町全体が海の方へ傾いていくような感覚。牛窓は、こちらが説明する前に、海を見せてくる。
紬と予定が合ったのは、さらに数日後だった。彼女は牛窓方面で、別件のデザイン案件の下見があるらしい。詳しくは聞かなかった。聞いても、守秘義務です、と返される気がしたし、実際たぶん返される。
『午前中に牛窓で一件見ます。昼前後なら合流できます』
そうメッセージが来た時、私は少し安心した。こちらの調査のためだけに紬を呼び出すのではない。紬の仕事の時間の隙間に、こちらの用件を差し込む。それでも甘えていることに変わりはないが、少なくとも、少しはましだ。
黒田さんに牛窓支所と周辺の公開資料確認へ行くことを伝えると、黒田さんはすぐに言った。
「椎名さんは?」
「牛窓方面の別件下見のついでに、昼前後から合流予定です」
「ついで、か」
「はい」
「なら、こちらの都合で拘束しすぎるな」
「分かっています」
「あと、支所では範囲を間違えるな」
「公開資料と必要な照会だけにします」
「森下さんには?」
「先日の件のお礼も兼ねて、立ち寄るつもりです。不在かもしれませんが」
「それが筋じゃな」
筋。黒田さんが言うと、その一文字がやけに重くなる。
森下さんは、社会教育課の人だ。牛窓支所を拠点にしながら、本庁にも席があるため、両方を行き来している。
「ただし、森下さんを便利な窓口扱いするなよ」
「はい」
「専門の人は、親切だから時間を取ってくれる。でも、親切は無限じゃない」
「…はい」
牛窓支所に着いた時、空は薄く白かった。六月の光は強いが、真夏のように攻めてくるほどではない。支所の建物の前に立つと、私は少しだけ足を止めた。
ここは、今は牛窓支所だ。けれど、資料の中では牛窓町役場だった。ポスターの裏にあった鉛筆の文字も、図書館で見つけた活字も、そこには「牛窓町役場」とあった。合併して名前が変わっても、紙の中では古い名前のまま時間が止まっている。
山本健治がここにいたかは、まだ分からない。でも、「牛窓町役場観光係」という肩書きは、もうこの場所の空気と切り離せなかった。
「こんにちは」
支所の中へ入り、窓口で名乗る。用件を簡単に伝えると、対応してくれた職員の方が奥へ確認に行ってくれた。内部の資料を見たいわけではない。
旧牛窓町時代の公開可能な観光資料の所在と、社会教育課の森下さんが本庁に来てくれた件のお礼を伝えたい。それから、観光協会や関連窓口で確認すべきことがあれば教えてもらいたい。
そう言うと、自分でもずいぶん用件が多いと思う。調査は、行けば行くほど枝分かれする。
しばらくして、奥から森下さんが出てきた。
「宮地さん」
「森下さん。先日はありがとうございました」
「いえ。こちらこそ、資料を整理して送っていただけたので助かりました」
森下さんは、今日も落ち着いた声だった。手には薄いファイルを持っている。こちらへ来る途中だったのか、こちらのために持ってきてくれたのかは分からない。たぶん、聞くべきではない。
「すみません。突然来てしまって」
「いえ。お礼だけなら受け取ります。相談なら、内容によります」
笑っているのに、線は引かれている。文化財担当の人は、笑顔でも台帳のように正確だ。
「今日は、旧牛窓町時代の古い観光資料について、公開分で確認できる範囲をあたりに来ました」
「先日の石造物の件ですか?」
「それも含めて、です。図書館で昭和五十七年頃の資料を見ていたら、『広域観光素材』という言葉がありまして。支所にも関連するものがないか確かめたくて」
「なるほど。直接関係するかは分からないけれど、周辺も確認しておくわけですね」
「はい」
「よろしい」
褒められたのか、試されたのか分からない。
「それで、牛窓支所に古い観光資料はありますでしょうか」
「支所に残っているものは限られます。古い行政文書は本庁や所管課、文化財関係は社会教育、観光協会関係は別にあたる必要があります」
「やはり、そうですよね」
「ただ、昔の観光パンフレットの一部なら、閲覧用に複製したものがあります。見られる範囲でなら」
「助かります」
そこで、私のスマートフォンが震えた。紬からだった。
『終わりました。支所近くまで行けます』
私は森下さんに断って、短く返信する。
『牛窓支所にいます。公開資料確認中』
『部署内には入りません』
返事が早い。そして正しい。私は少し笑いそうになった。
「椎名さんですか」
森下さんが言った。
「はい。別件の下見が終わって、合流できるそうです」
「公開資料の確認なら、同席しても構いませんよ」
「ありがとうございます」
少しして、紬が支所に入ってきた。外の光を連れてきたように見えた。牛窓の道を歩いたからか、資料室や図書館で見た時より、服の白が少しだけ明るい。彼女は私の隣まで来ると、まず森下さんに頭を下げた。
「椎名です。先日はありがとうございました」
「こちらこそ。『整えたら消えてしまうもの』を拾える人ですね」
「デザイナーとしては、少し複雑な覚えられ方です。本当はきれいに整えるのが仕事なので」
「文化財の視点から言えば、とてもいい覚えられ方です」
森下さんはそう言って、閲覧用の複製資料を机に置いた。古い牛窓の観光パンフレット。観光案内図。写真の複製。どれも、原本ではない。印刷されたものをさらに複製した、少し薄い資料だ。それでも、紙面の中には、牛窓がいくつもあった。
港。ヨット。海水浴場。オリーブ。細い通り。古い家並み。ローマ字で書かれたUSHIMADO。私はその文字で目を止めた。
「USHIMADO」
紬が先に声に出した。
「この表記、多いですね」
「観光資料だからかな」
「ポスターは日本語の印象が強かったのに」
「昭和五十七年のサマーキャンペーン」
「でも、こっちの資料ではローマ字が前に出ています」
紬は複製資料の余白を見ている。
「先輩が福岡で言っていたこと、分かります」
「福岡で?」
「海は強いって言ってたじゃないですか。青くて、広くて、ポスターにしやすいって」
「ああ、言ったな」
「こっちの資料を見ると、本当にずるいくらい強いですね」
同じことを考えていたので、少し驚いた。
牛窓は、見せやすい。
青い海、白い船、坂道、港町。もちろん本当はそれだけではない。けれど、一枚の紙に載せる時、入口が分かりやすい。備前福岡は歩かないと分からなかった。牛窓は、まず見えてしまう。
「ただ」
紬は資料を見ながら言った。
「見えすぎるものも、難しいですね」
「どういうこと?」
「きれいな海を見せると、それ以外が背景になります。通りとか、暮らしとか、働いている人とか、役場の人とか」
役場の人。その言葉が、胸に少し残った。
森下さんは、私たちの会話を邪魔せず、少し離れたところで資料を見ていた。ふと顔を上げて言う。
「この当時の観光資料がどう作られたか、あるいは誰が関わっていたかについては、支所だけでは追いきれません」
「はい」
「当時の関係者の記憶や、より詳しい記録をたどるなら、観光協会の方が近い可能性がありますね」
「分かりました」
「それから」
森下さんは、古い観光案内図を指した。
「この頃の観光資料は、町単独で閉じていない場合があります。牛窓を入口にして、周辺へ広げる見せ方をすることもある」
「広域観光素材」
「その言葉が出ているなら、気にしておいた方がいいですね。ただし、まだ言葉だけです」
「はい」
「言葉は、便利です。便利な言葉ほど、実体を確認してください」
「…はい」
森下さんらしい釘だった。
その釘は止めるためだけのものではない。紙が勝手に広がらないよう、端を留めるためのものでもあった。
森下さんは別件の時間が近いと言い、資料の閲覧範囲と問い合わせ先を簡単に教えてくれたあと、席を外した。
「では、私はこれで」
「ありがとうございました」
「椎名さんも、また面白い端っこを見つけたら教えてください」
「はい」
「でも、たまには私たちが一生懸命整えた、中心の文字も読んでくださいね」
「気をつけます」
森下さんが去ったあと、私たちは複製資料をもう少しだけ見た。
山本健治の名前は、そこには出てこなかった。牛窓道標らしき石造物に直接つながるものもない。成果としては薄い。けれど、牛窓町役場観光係という肩書きが、この支所の空気と少し結びついた。それだけでも、来た意味はあったと思う。思いたい。
「次、歩きますか」
紬が言った。
「支所の中より、外の方が見えそうです」
「デザイナーの勘?」
「下見で少し歩いたので」
「仕事の勘じゃな」
「便利です」
私たちは支所を出て、しおまち唐琴通りの方へ歩いた。
牛窓の道は、海へ近づくほど、少しずつ音を変える。車の音に、船の音が混じる。風に潮の匂いが混じる。店先の影、古い建物の格子、白い壁、細い路地。観光地として見せる顔と、暮らしの顔が、きれいに分かれているわけではない。重なっている。
備前福岡の市場小路とは違う種類の重なり方だった。市場小路は、曲がり角の奥に時間が隠れていた。牛窓の通りは、海の光の中に時間が混じっている。
「ポスターの牛窓、きれいすぎますね」
紬が言った。
「悪口?」
「違います。観光ポスターとしては正しいです」
「じゃあ現実は?」
「余白に生活が入ります」
紬らしい言い方だった。
「ポスターの海は、余白がきれいです。青が広くて、白いヨットがあって、見る場所が分かりやすい」
「うん」
「でも、実際の牛窓は、余白にロープとか、車とか、洗濯物とか、店の張り紙とか、人の声とかが入ります」
「ノイズ?」
「はい。でも、嫌なノイズではないです」
その言葉に、私は少し笑った。
「変わったな」
「何がですか」
「前はノイズ嫌いじゃった」
「今も嫌いです。整理されていないものは、基本的に嫌です」
「そこは変わらんの」
「でも、消していいものと、消したら駄目なものがある気がしてきました」
通りの先に、海が見えた。ポスターのような青ではない。もっと鈍く、もっと揺れている。
白く反射した光の中を、小さな船がゆっくり進んでいる。海は、紙の上では止まっていた。ここでは当たり前だが、動いている。
私は立ち止まった。昭和五十七年のポスターに描かれていた牛窓。
図書館の冊子に活字で載っていた山本健治。
支所の空気。
今目の前にある海。
それらが、少しずつ同じ面に乗り始めている。
線ではなく、面で見る。またその言葉が浮かんだ。まだ調査資料には書かない。けれど、今日は少しだけ近く感じた。
「先輩」
紬が言った。
「今、いい感じのこと考えてます?」
「少しだけ」
「資料用には冷ましてください」
「分かっとる」
私は調査資料を開き、短く書いた。
牛窓支所。旧牛窓町役場の時間の継続。
観光協会関係資料、確認要検討。
当時関係者聞き取り、要否検討。
牛窓のポスター表現と現地の生活感の差。USHIMADO表記、複数資料に確認。
「USHIMADO」
紬が覗き込んで読んだ。
「英字にすると、急に観光地っぽいですね」
「そうじゃな」
「BIZEN FUKUOKAとは、また違います」
「うん」
「でも、どちらも同じ市なんですよね」
「今はな」
「今は」
その「今は」が、少しだけ重かった。
牛窓、長船、邑久。今は一つの市だ。けれど、資料の中では別々の町で、暮らしの中にもまだ少しずつ線が残っている。私たちはその線を、消すのではなく、どうつなぐかを探しているのかもしれない。
いや。また言いすぎた。私は調査資料に「かもしれない」と書きそうになって、やめた。今日のところは、そこまで書かなくていい。
「次は、観光協会ですね」
紬が言った。
「行く前に、聞くことを冷やす」
「熱いうちに行かないんですね」
「熱いうちに行くと、たぶん余計なことを言う」
「それは見たいですけど、止めます」
港の向こうで、白い船がゆっくり向きを変えた。ポスターの中では止まっていた牛窓が、少しずつ動き始めていた。




