第九話
昨夜の騒動後、更なるひと波乱を覚悟していたヤマトたちだが、幸いなことに問題は発生せず、穏やかな朝を迎えられた。目の前の問題がなくなったことで、考える必要があるのは保護したアオバの処遇だ。車に入ってすぐに彼は気を失ってしまった。心配ではあるが、目立った外傷はなく、呼吸や心拍の乱れもない。疲れからただ眠っているだけのようだ。アオバが眠っている間に話しておく必要がある。彼が起きている時には言いづらいことを決めなければならないためだ。
また彼の事で、気になる話をフウカが思い出した。
「もしかしたら彼は、殉教者かもしれません」
「「「殉教者?」」」
全員が首を捻った。Xデイ以前の世界各地には、各々が信仰する神を崇め奉り、その教えを広め、時に平和を願い、時に悪用する人々が集まった宗教という集団が存在した。それも、神の存在が疑わしくなった現在では廃れてしまったが。
殉教者とは、その教えや信念を守るために自らの命を捧げた者たちの呼び名だ。それも、宗教が廃れると同時に消えた単語のはず。ヤマトの記憶でも、他のメンバーの記憶でも似たようなものだった。
「いえ、信仰も宗教も細々とですが残っています。こんな環境だからこそ何かに縋りたいという人は少数ですが存在しますから。例えば、自然回帰派という信仰が、私たちが暮らしている多摩川島を含めたいくつかの島にあります。通常であれば、自然の恵みに対する感謝を捧げることで、再び自然の恵みが得られるよう祈るとか、農作物を育てる道具や土を大切にするとか、その程度です」
ただ、とフウカは続けた。
「自然回帰派の殉教者は、神の教えをどう曲解したのか、島という安全な場所を自然ではない、人工的なものと解釈し、そこで暮らすことは間違っていると信じています。外にある豊かな自然に身をゆだね、その中で暮らすのが本来人のあるべき姿だと」
「いや、待ってくれ。そんなの自殺行為じゃないか。ようはワイルドの連中がうようよいる中で生活するってことだろう?」
「それもまた、弱肉強食という自然のあり方だと解釈しているわけです」
「狂ってる」
「向こうからすれば、私たちが狂っているのです」
「だが、こんな子どもが?」
信念などは、様々な経験を経て固まるものという考えがあるため。簡単に納得することはできなかった。そんな彼に「外で生まれたのかもしれません」とフウカは言った。
「親が殉教者で、子どもも一緒に連れ出したケースはあります。確認できていませんが、生き延びた殉教者たちが、小さな集落を形成している可能性も無くはない。そこで生まれた子どもなら、それが生まれてから当然のように存在する環境なので、何もおかしいと感じないのかもしれません」
「アオバにとっては、その暮らしが当たり前ってことか」
眠っているアオバを横目に見ながら、ヤマトは顎に手を当てた。
「しかし彼の処遇ですが、これからどうします? このまま放り出すわけにはいきませんよね」
「このまま移送して、箱根島か、もしくは多摩川島で保護することになるか」
「待て待て、勝手に話を進めるんじゃない」
割って入ったのはアダチだった。
「確か、食料には限りがあるんだろう。ガキ一匹増えたら、更に厳しくなるんじゃないのか」
「ご安心ください。食料や弾薬などの備品は余裕をもって準備を」
「それは計画通りに進んだ場合の話だろう。夜中に敵と遭遇して交戦して、野営場所を変更してきたのが計画通りと言うつもりか?」
言い方は癪に触るが、アダチの言うことは正論でもあった。予定外、想定外、計画外、それらが積み重なれば当然ながら取り返しのつかないミスにつながる。取り返しがつかないミスの代償は、命でしか支払えない。
「しかし、彼をここで放り出すのは、人道的にどうかと」
フウカがヤマトを援護する。
「人道的な介入は、昨夜ガキを助けたことで果たしたはずだ。それに、お前が言ったじゃないか。そのガキは殉教者、島の外での生活が当たり前で、我々の生活は狂っていると思われていると。なら、保護なんぞガキにとっては遠慮したいことじゃないのか。お前らがやろうとしていることは、結局のところ自己満足で、そいつが望んだわけじゃないだろう」
「だからって、この状態で放り出すのは」
「あの」
か細い声が割って入った。いつの間にか起きていたアオバが、おずおずとこちらを見ていた。
「僕は、もう大丈夫です」
「大丈夫って、本気で言ってるのか?」
ヤマトの問いに、彼は頷いた。
「僕は、皆さんが仰っている通り殉教者、と呼ばれる自然回帰派の信者です。住む場所も、外にあります」
ほら見ろ、というアダチを無視して、ヤマトは尋ねた。
「だが、君は助けを求めて来た。それはどういう理由でだ? その外側で、危険な目に遭い、逃げて来たからではないのか?」
「今回追いかけられたのは、僕の不注意によるものです。両親の教えを守らず、東茶の縄張りに足を踏み入れてしまったんです」
「なら、もう安全に自分の家に帰ることができる、と?」
「はい。ここからなら、縄張りの隙間を縫って、家に帰ることができます。集落はワイルドの領域の隙間にありますから」
頷いたアオバを見て、シュウジが気づく。
「もしかして、君はワイルドの勢力図を抜ける方法とか、知っているんじゃないのか?」
全員がはっとした顔で、アオバに視線を向けた。子どもを生み、大きくなるまでの時間、それこそ数年単位をアオバたちは島の外で生活していたのだ。島に住む者たちが知らない、独自のルートを知っていてもおかしくない。
「僕の両親なら、他の道も知っているかも」
輸送車は一路アオバの住んでいる集落へと向かっていた。アオバを安全圏に運ぶことができる人道的な対応に加えて、自分たちの旅路の安全も確保できるかもしれない、一石二鳥の活路だった。
他の選択肢など入る余地もなさそうな、満場一致で可決されそうなこの選択に意を唱えたのは、アダチともう一人。
「タイチ」
輸送車のハッチを開けてヤマトが顔を出すと、タイチがスコープを覗きながら周囲を警戒していた。
「居づらいのはわかるけど、ずっと外にいたら疲れるぞ。移動中はフウカもモニターを確認しているんだから、一旦中に戻って来いよ」
スコープから目を離し、彼はヤマトの方を見た。
「居づらいのは確かに居づらいんだけど、それだけじゃないんだ」
「何か理由があるのか? そういえば、アオバを助ける時も、君だけは反対してたよな。何でだ?」
わからない、とタイチは首を振った。
「でも、何かが引っかかったんだ。言語化できない、何とも言えない不安みたいなものが頭をよぎった。最初は、想定外の出来事に僕のキャパがオーバーしたことからくる不安だと思った。恥ずかしながら、僕はヤマトたちの動きに追いつけていない。なのに、これ以上の責任を増やさないでほしい、って感じで」
申し訳なさそうにタイチは話している。
「でも、それだけじゃない、ってことだよな。安全な道を進めるかもしれないって好材料が目の前にあるのに反対したんだから」
「ああ。何が不安なのかはわからない。でも、僕的に、何か嫌な流れに流されているような気がしてならないんだ。杞憂であればいい。所詮Bチームの凡人がいう事だと笑い話になれば、それが一番良いんだ。それを証明するために、今は、許される限りは警戒させてほしい」
タイチの意思は固く、簡単には曲げそうにない。少し考えて、妥協案を提示した。
「わかった。でも、肝心な時に疲れて動けない、なんてのは困るんだ。ある程度時間を決めて、休憩してくれ。これは、リーダーである俺からの命令だ」
「了解。一時間後に休憩に入るよ」
絶対だぞ、と言い残して、ヤマトはハッチを閉めた。
「あいつは、何だって?」
梯子を降りて来たヤマトに、ユウキが尋ねた。
「そんなに気になるなら、直接聞けばいいのに」
「メンバーの不安を取り除き、情報を聞きだすのはお前の役目だろ」
「そりゃまあ、そうだけどね」
言いながら、長い付き合いの頼れる仲間を見る。感情が突っ走って思ったことをすぐ口にしてしまうのに、意外と自分の発言を後々反芻して気にするタイプだ。今回も、タイチに対してきつく当たったことを気にしている。本人に問いただしても絶対否定するだろうが。
「どうしても不安がぬぐえないから、満足するまで警戒させてほしい、だってさ」
「馬鹿か。何のためにパトロールがいると思ってるんだ。周囲の警戒ならフウカの方が適任だし、フウカが疲れたら交代すればいいだろうが」
「彼は彼なりに、この依頼を無事終えたいって真剣なんだ。その気持ちは純粋に嬉しい。それに」
「それに?」
「言語化できない何か、勘や不安って馬鹿にできない。自分の中に積み上げた経験や知識が答えだけを導き出しているんだ。数学の問いに、数式無しで突然答えが出て来たようなもんだと思う」
「危険だ、と?」
顔をしかめはしたものの、ユウキがその話を鼻で笑うことはなかった。彼女自身、積み上げて来た経験によって戦闘の予測を立てて、有利になるよう戦っている。勘で相手がこう動くだろうとシミュレーションしながら戦っているのだ。それが正しいか否かは、彼女が優れた成績を残し続けていることが証明している。
そうかよ、と彼女は言った。
「私は休ませてもらう。何かあったら呼んで」
タイチの言う事を全面的に支持するわけではないが、検討するに値する、と判断したようだ。証拠に、休むと言ったはずの彼女は自分の武器の手入れをしていた。
そもそも、島の外で警戒を緩めることなどあってはならない。死と隣り合わせの世界なのだ。彼女らを見習い、ヤマトも今後の計画を練り直す。




