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渡り鳥は何を運ぶか  作者: 叶 遼太郎


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第八話

 三人が輸送車から飛び出した時には、蛇『東茶』は鎌首をもたげて、目の前の人に飛び掛かろうとしていた。

「タイチ!」

 ヤマトの声に、タイチが銃声で答える。蛇の頭部で火花が散った。そこで初めて、別の獲物が近づいてくるのを知った蛇が、目の前の獲物から、首を巡らせて発射地点に視線を向ける。光のない暗闇でも対象の姿が見えるのは、過去に存在したいくつかの種の蛇と同じく赤外線によって対象の温度を捉えられるからだ。少し違うのは、眼をカメラの望遠レンズのように拡大、縮小が可能なことだろうか。

 その目が、遠方で高熱を発する銃身とそれを抱えるタイチ、そして接近してくるヤマトたちを捉えた。

 蛇が牙をむいた。迫るヤマトたちを威嚇する。巨体を地面に伏せ、体をくねらせて距離を自分から狭める。十数メートルの距離まで近づいても、蛇が地を這う音はほとんど聞こえない。無音の暗殺者とはよく言ったものだとヤマトは危機を目の前にして感心する。

 蛇はわずかに首を持ち上げ、胴体を折り畳み、ぐっと尻尾に力を入れた。人間に置き替えると、ジャンプ前に足で踏み込んだような状態だ。尻尾が地面を抉り、折りたたんだ胴体をびんと伸ばす。全身筋肉の蛇の体は、ばね仕掛けのように頭部が狙った方向へと、不敬にも自分に銃弾を撃ち込んだ者たちの方へと飛んだ。

 蛇の前にシュウジが出た。ダッシュで進んでいた慣性をかかとで殺す。バックステップしながら呼気を強く吐いて、盾を右上から左下へと振り下ろした。完璧なタイミングで振り下ろされた盾が、蛇の頭部左側と接触、摩擦を引き起こしながら、時速五十キロで一直線に飛んできた約百キロの蛇を斜め後方に逸らす。想定外の体の動きに、蛇は上手く着地できず頭で土を抉った。しかし、すぐさま体をぐるっと反転させ、盾を持つシュウジに顔を向けた。顔の先には、まだ宙にある胴体がある。反転した時の力を使い、体を鞭のようにしならせて打ち据えようとした。

「させっか!」

 空気を切り裂いて飛んできた尻尾を、ユウキがアッパーで跳ね上げた。尻尾の軌道が上に逸れ、シュウジの頭の髪が風圧でなびく。

「頭を潰すぞ!」

 ハンドガンを連射しながらヤマトが蛇の頭部へ接近する。至近距離からの射撃、加えて先ほどのタイチの遠距離射撃によってついた傷口付近を集中的に狙い、鱗が剥がれる。

 煩そうに蛇は顔を背け、射線上から移動しようとする。だが、移動した先に居たのは先ほど自分の突進を防いだシュウジだった。逃げることを予想し、その逃げ道で待ち伏せていたのだ。

 接近する蛇の頭に、今度は剣で突きを見舞う。先ほどの、相手を潰すための突進であれば筋力や質量の差により逸らす以外にシュウジに防ぐ手立てはなかった。だが、今回はただその場から逃れるためだけの移動だ。圧も恐怖も先ほどとは比べるべくもなく、シュウジの技量をもってすれば、傷口を切っ先で狙い穿つことなど容易い。

 鮮血が散る。蛇の頭部に剣が半ばまで突き刺さり、シュウジの強化スーツに点々と蛇の血が付着する。構わず、シュウジは両手で更に深く押し込もうとする。蛇の傷口はアンチの毒によって再生できず、徐々に灰色に変色していく。飛び散った血も、同じように白くなり、乾いて、粒子となって消えていく。

「下がれ、シュウジ!」

 離れて様子を見ていたヤマトが指示を飛ばした。反射的に剣を離し、シュウジが飛び退るのとほぼ同時に、蛇が足搔き、首を振った。あのまま掴んでいればシュウジは跳ね飛ばされていただろう。

 丸太のような胴体が周囲の雑草を蹂躙する。うどんの生地よりも容易く地面が押しつぶされ、均されていく。

「おとなしく」

 ユウキが蛇に向かって駆ける。それを予期していた蛇は、一瞬動きを止め、胴にある毒針を表出させた。そのうちの何本かがユウキの方を向いている。

 蛇が力み、胴体が一瞬膨張する。内圧によって毒針が射出された。

 銃声が三連続で響く。ヤマトが先んじて毒針の軌道上に狙いを定めて連射したのだ。銃弾と毒針が衝突し、互いに軌道が逸れる。

 一発だけ、銃弾が外れた。銃弾を躱した毒針はユウキの方へと飛び―

 ユウキの目の前で、毒針は火花を散らして逸れた。彼女の背後から飛んできたライフル弾がヤマトのフォローをする。

 遠距離からの銃声が彼女を追い抜き、蛇へ到達した。蛇は第二射目を準備して。

「しやがれ!」

 蛇の背を駆けあがったユウキが、シュウジの剣の柄に向かって拳を振り下ろす。剣は蛇の頭部を更に抉り、拳は蛇の頭部に到達し、地面へと叩きつけた。剣が地面に刺さり、蛇は動きを封じられる。

「文献にある、ウナギやアナゴのさばき方を知ってて良かったよ」

 今や食べることが出来ない魚の名前を言いながら、ヤマトは蛇に近づき、ナイフを逆手に持って喉に勢いよく突き刺す。そのままぐぐっと半円を描くように蛇の喉をかき切る。頭からの指示が届かなくなった胴体が徐々に動きを弱め、完全に停止した。群体を統率しているコアを一息に破壊できなくても、コアからの指示が届かなければ機能を停止する。新たなコアが生まれる可能性は零ではないが、その前にアンチが全身に至り、コアごと破壊するだろう。

 シュウジが自分の剣を回収し、念には念を入れて蛇の頭を完全に切断する。

「お疲れ。二人とも」

 ヤマトが二人を気遣う。

「怪我は?」

「俺は大丈夫だ」

「ねえよ」

 シュウジはいつもと変わらず、ユウキは憮然とした顔で言った。部外者扱いしたタイチの射撃で助けられたのが気に入らないのだ。ヤマトも、彼のあの射撃にはちょっと痺れた。まるで本来の仲間であるアオイのフォローのようだった。ユウキもアオイを彷彿させるタイチの射撃に本心では感嘆しつつも、素直に喜べない、そんなところだろうか。乙女心はよくわからん、たぶん男の自分には一生わからないのだろう。哲学的で一生答えの見つからなそうなことは早々に頭から追い出し、現実に目を向ける。

「要救助者は?」

 視線を巡らせると、自分たちと輸送車の丁度中間地点で、蹲っている人がいた。近づくと、向こうもこちらに視線を向けた。子どもだった。おそらく、十一、二歳ごろ、少しやせ型の少年だ。

「大丈夫かい?」

 なぜこんなところに子どもがいるのか、その疑問を一旦押しやり、ヤマトは尋ねた。無事であれば事情は後でも聞ける。無事であることをまず確認した。

「はい、大丈夫です。助けていただいて、ありがとうございます」

 少年はゆっくりと立ち上がり、ヤマトたちに深々と頭を下げた。

「君、名前は?」

「僕は、アオバと言います」

「アオバ、ここは危ないからすぐに移動する。一緒に来てくれるか?」

「わかりました」

 ヤマトに連れられて、アオバが輸送車に乗車する。

「皆、すまないけどセンサー類を回収してくれ。ここから離れる。フウカ、別のセーフティゾーンを探知してくれないか? できれば、ここから五キロ離れているところが望ましい」

『わかりました。やってみます』

「お、おい、移動するのか」

 ヤマトの決定に、案の定アダチが文句を言った。

「夜間に動くのは危険じゃなかったのか」

「ええ。ですが、戦闘行為を行い、発砲音がここを中心に響いています。この場所を特定される可能性の方が高い。移動した方が安全です」

「ふん、勝手に助けに入って、結局自分たちの首を絞めているじゃないか。と反論したところで、まあ、どうせどこのガキの声のせいで、この場所は特定される可能性が高いって言うんだろう?」

 アダチの言葉に、びくりとアオバが肩を振るわせる。その背中を大丈夫とアマギとリコが優しくさする。

「ご理解いただき、ありがとうございます。ご期待に添えられるよう、全力を尽くしますので」

 ヤマトはそう言って、自分もセンサー類の回収に向かう。

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