第七話
旧八王子市での戦闘後南下し、旧海老名市に到達した一行は、川沿いで夜を過ごすことにした。周囲にセンサーを設置し、車の周囲には迷彩を施す。視覚だけでなく、熱源や音響などのセンサーもジャミングして反応できないように施された迷彩は、二つの勢力よりも唯一秀でた人類の技術だ。そもそも、二つの勢力は相手を見つける、という発想はあっても、姿を隠して逃げる、という発想がないからだが。
頭に比較的、という枕がつくが、穏やかな夜を過ごしていた。
先の戦闘で実力を示してからは、アダチからクレームはない。チーム内の雰囲気も良い。
タイチは固さが取れ、ぽつぽつと、ヤマトのサポートがあってではあるが、輪に加わろうと口を開き、他のメンバーはそれぞれが彼を受け入れようとしていた。
最も難しそうなユウキも、積極的に口を挟むことはないが、部外者、という認識は薄れているように彼女とタイチ以外のメンバーは感じている。
良い流れで進められている。ヤマトは手ごたえを感じていたし、その先にある依頼達成が見えてきていた。
簡単な食事の後は、二時間交代で監視を行いながら休息を取っていく。最も神経を使ったドライバーのゴロウ、パトロールのフウカ以外が持ち回りで、朝までセンサーを監視する。フウカがやっていたのは精密な周辺のサーチを移動しながら行う、というきわめて難易度の高い技術で、夜間停止中の限られた範囲の中、近づいてくる動体にのみセンサーを設定する条件下であれば、他のメンバーでも可能だった。
トップバッターがタイチ、それからヤマト、シュウジ、ユウキとローテーションを組む。アマギ、リコは本来輸送チームには参加しないので、緊急事案でも発生しない限り、ここでは除外される。
現在時刻が二十一時。夕食後、それぞれが機器や車のメンテナンスを終わらせ、タイチ以外は体力回復のために就寝した。
日の出まで八時間、何事も起こらないでくれ。タイチは祈りながらセンサーモニター監視を続ける。
緊張と一緒に一時間を駆け抜けた。人間、どれほど危機的な状況であろうと、緊張し続けることは難しい。それでもつとめを全うしようと、タイチはガムをポケットから取り出す。
一瞬視線を外し、戻した時だ。モニターの端に、さっきはなかった反応があった。
「え?」
見間違いかと思った。だが、瞬きしても反応は消えない。次にタイチに芽生えたのは、自分の不注意を隠したい、という、人間らしいが、この状況ではまずい感情だった。
失敗したら幻滅される。信頼を失う。ただでさえ飛び入り参加で、ようやく受け入れてもらえたように感じた矢先だから、余計にミスをしたくないという気持ちが強く現れた。
反応は確かにある。けど、遠い。近づいてこないかもしれない。そのうち消えるかもしれない。
けど、とタイチは歯を食いしばった。ヤマトから言われていた報連相の徹底が頭をよぎる。プライドよりも命が大事、その至極当たり前のことを取りこぼしかけている。セルフでビンタを自分に食らわせ、通信を入れた。
「皆、休んでるところ申し訳ない。センサーに反応あり。けど、僕では正体がわからない。誰か来てくれ」
何とか自己防衛とちっぽけなプライドを飲み込んで、全員に連絡する。すぐにフウカが来て、モニターを操作する。その後ろで心配そうに見守るタイチの肩を、ヤマトが叩いた。びくりと振るわせる。
「良く報告してくれた」
報告が遅れたことを叱責されるとばかり思っていたタイチは、驚いて彼の顔を見た。
「何だよ」
「いや、本当はもう少し前に見つけていたんだ。だけど、ちょっと目を離した時に出てきたもんで、自己保身というか」
「ああ、なるほど。気持ちはわかるよ。でも、タイチは報告してくれたじゃないか。保身に走る自分を押さえこんで」
「え?」
「ここ、殴った痕ついてんぞ」
ヤマトは自分の顔を指でタップして伝える。タイチの右頬には真っ赤な手形がついていた。
「それに、このセンサーの反応は心配しなくていいやつだと思う」
ヤマトの推測を裏付けるように、フウカがセンサーから目を離して振り返る。
「この反応は、マトリクスのものでも、ワイルドのものでもありません」
「じゃあ、一体何が」
「この反応は、人です」
輸送車の天井から出て、伏射姿勢を取ってタイチは周囲を探る。
『反応は北、十一時の方向から来ています』
フウカからの連絡に、タイチはスナイパーライフルの照準を合わせる。暗視スコープを覗くと、暗闇の中で走っている人の姿が見えた。かなり小柄で、子どものように見えた。一直線に、輸送車の方へと駆けてくる。
「助けてください!」
夜にも関わらず、人は大声を出した。全員の神経が尖る。夜は昼とはまた違う敵が徘徊している。視力に頼らず音や匂いで相手の位置を特定するものも多くいる。そんな連中が稼働している中で足音を立てながら走り回り、大声を出すというのは、獲物がここにいると喧伝して回るようなものだ。
何かが近づいてくる気配があった。スナイパーであるタイチは、空気の流れや揺れを敏感に感じ取る。彼は、まだ叫ぶ人の後方に影を見つけた。
『こちらタイチ、人影を追尾する蛇型の敵性個体を発見。ワイルドの蛇型で、資料で見たことある。『東茶』だと思う』
タイチの報告を聞いて、ヤマトは頭を抱えた。東茶は、名前こそなんとなくおいしそうだが、隠密性に長けた蛇型の捕食者だ。体長は平均五メートル。蟻が二メートルを超えてくる今の世界ではけして大きくはないが、無音で標的に近づく隠密性と、牙や胴体にある複数の棘から流し込まれる毒性は極めて高く、自身の何倍もあるマトリクス側の巨大な敵を行動不能にする。考えるまでもなく、人間など容易く死に至る。
考えは一瞬、ヤマトは決断を下す。
「シュウジ、ユウキは戦闘準備を。ゴロウ、後ろのバックドアを開けてくれ」
『正気かヤマト。助ける気か?!』
ゴロウが叫んだ。
「目の前に助けを求める要救助者がいる。助けるのは当たり前だろう」
「待て! 勝手なことをするな!」
アダチもヤマトに喰ってかかった。ヤマトの襟首を掴み口から泡を飛ばして怒鳴る。
「貴様らの仕事は、私を箱根島に届けることだろう! 余計な真似をするんじゃない!」
「アダチ所長、落ち着いてください。依頼は必ず遂行します。そのためにも救助した方が良いのです」
アダチの肩を押さえながらヤマトは言った。
「救助者はパニックを起こし、喚きながら走っています。あのまま放置すれば、この周辺にいる他の連中にも気づかれます。そうなれば我々の偽装に気づく奴が現れる。幸い、今存在するのは東茶だけ。しかもこちらには気づいていない。救助者を収納し、東茶を排除するのが、我々の安全を確保するのに最も確実な選択なのです」
「わざわざ戦うのが確実な選択だと?」
「我々の実力は、先ほど見ていただいた通りです。東茶一体なら、五分かかりません」
「だがその五分の戦闘に気づいて、他の奴が来たらどうする。気づかないなんて保証、ないだろう? ならば、外の奴にはそのまま囮になってもらってやり過ごす方が賢いのではないのか」
アダチの発言に、近くにいたユウキやアマギ、リコが顔をしかめた。シュウジは流石に顔に出さなかったが、心の内は同じだろう。
「確かにありません。けれど、アダチ所長が仰るように、やり過ごすことが出来るか、というと、その確証も無いのです」
ぐっとアダチは押し黙った。そもそも、可能性の話など持ち出せばどんなことでもありうるのだ。これほど卑怯な単語はない。
「そのことを加味して、最も確実性が高いのが、今お伝えした選択です」
アダチからの反論はない。もちろん、ヤマトだって彼が言うところのリスクを考えないわけでなはい。しかしそれでも、目の前で助けを求める人を見殺しには出来なかった。
「すみません。けれど、これがより良い選択になると、私は考えます」
「なぜ、見ず知らずの人間を助けようなんて考えられるんだ。皆が自分のことで精一杯な、こんな時代に」
「こんな時代だからです。俺がやろうとしていることは、ただの自己満足で、偽善かもしれません。けれど、助け合うことを、過去に人類が置き去りにした理想を、誰かが知らないと、実践しないと、その理想は、思考は失われ、理想のランクが下がると思うのです。知らないという事は、出来ないという事でもありますから。誰もが、他者に対して優しくなる、という事を考えもしなくなったら、本当に人類は滅亡する、そんな気がするのです」
ゆっくりと、ヤマトの襟首を掴んでいた手が離れた。
「必ず、貴方を箱根島まで運びますから、どうかこのタイムロスを許してください」
アダチは何も言わず、ゆっくりと椅子に戻った。
「よし、シュウジ、ユウキ、準備は」
「いつでも。リーダー」
「仕方ねえから、お前のわがままに付き合ってやる」
「助かるよ。ゴロウ」
『くそ、五分だからな』
「ああ、全部上手く行く」
『わかった。じゃあ』
『待ってくれ』
全員の意思が統一されたと、輸送車内にいた全員が思っていた。けれど、違った。
『ごめん、ヤマト。僕は、アダチ所長の案を支持する』
「は? てめえ、どういうつもりだ」
ユウキが怒りを隠すことなく言った。
「今の流れで反対するって、お前本当に人間か? 子どもを見捨てるって言ってんだぞ!」
『だから、ごめんって。でも』
「でもじゃねえ。うちのリーダーがゴーサイン出したんだ。部外者が口だすんじゃねえ」
「ユウキ、待ってくれ。タイチ、何か理由があるのか? あるなら言ってくれ」
天板に乗り出してタイチを引きずり下ろしかねないユウキを押さえ、ヤマトは言った。
『明確な、理由があるわけじゃないんだ。けど、何か、変だ』
「変?」
『ああ。ずっと、おかしい。違和感がある』
「おかしいのはてめえだろうが」
「ユウキちょっと押さえてくれ。違和感ってなんだ?」
『それがわからないんだ。上手く言語化できない。でも、その選択が、今後の依頼に関わるような気がして』
『東茶、人影に迫ってます!』
タイチの言い訳のような言葉に、フウカの報告が割り込む。もはや助けるには一刻の猶予もなかった。
「ゴロウ!」
『クソが。開けるぞ!』
『ヤマト!』
「タイチ、大丈夫だから! 俺を信じて!」
バックドアからシュウジ、ユウキ、ヤマトの順に飛び出していく。




