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渡り鳥は何を運ぶか  作者: 叶 遼太郎


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第十話

「この度は、息子を助けていただき、本当にありがとうございます」

 ヤマトたちの前で、アオバの両親が頭を深々と下げた。

「私たちは自らの意思で島を出た身です。死も覚悟の上ではありますが、無事に戻ってくれて、本当に良かった」

 アオバたちの集落は、人口二十名程度の小さな村だった。Xデイ後に異常成長を遂げた、幹の太さが直径十メートル超えそうな樹木の枝の間に、葉で隠すようにして小さな家を築いて暮らしていた。近づかなければ、そこに家があるとは気づかなかったかもしれない。

 アオバの両親に家に招かれたヤマトたちは、恐る恐る高さ十メートル以上に建築されたツタの家にお邪魔した。訪問したのはヤマト、ユウキ、アマギ、タイチの四人で、残りは輸送車に残っている。

 アダチは頑として輸送車から出ようとしなかった。彼と輸送車の警備のためにシュウジが、輸送車のメンテナンスのためにリコが残ることがまず決まった。ゴロウとフウカはここまでで一番疲労が強いと判断されたため、リーダーの命令で強制的に休んでいる。

 助けられたアオバだが、今は両親から元々言いつけられた用事を終わらせるために席を外している。

「本当に、島の外で暮らしていらっしゃるんですね」

 関心したようにアマギが言った。ツタの家の中はシンプル、というかほぼ何もなかった。植物の繊維で編まれた敷布団とそれを丸めた枕が家族分あるくらいだ。そもそも壁がない。葉で覆われているといは言え、風通しが良すぎるのではないだろうかと島出身者たちは思っていた。思っていても、口には出さない分別はあった。それが殉教者というものなのだろう、と。

「元々は、私たちも島の中で生まれ育ちました」

 父親のイツキが答えた。

「では、自分たちの意思で外へ?」

「はい」

「差し支えなければ教えていただけますか? どうして外で暮らそうと?」

「息子から聞いているかもしれませんが、私たちは殉教者と呼ばれる自然回帰派の信者です」

 イツキが言うには、今この状況は、これまで地球の自然をないがしろにし、自分たちの欲望を満たすために汚してきた人類への罰だという。しかし、彼らはこの状況をチャンスと捉えた。

「自然の集合意識、人間のような自我、意思が生まれた事です。集合意識であり意思決定権を持った中枢はマトリクスとの戦争によって破壊されましたが、また新たな総合意思が生まれないとも限らない。その時、私たち人類が反省している、自然と共存できるという事を行動によって示せば、自然は再び落ち着きを取り戻してくれるのではないかと。私の代では無理でも、次の世代、更に次と続けていけば、いずれ自然と和解できる日が来るのではないかと思い、この道を選びました」

「失礼を承知で申し上げますが、そのせいで次世代を担うアオバに命の危機が迫ったのではないですか?」

「否定はできません。しかし、この子もここで生きると自分の意思で決めたのです。ならば、何かあっても自己責任となります」

 少数ながら、外での生活に限界を感じた者は存在した、とイツキは言った。彼ら彼女らは、近隣の島に保護を求めたらしい。もしかしたら、多摩川島にも外から戻った者がいるかもしれない。

「息子は生き延びた。これは、自然からの、私たちに対する何かのメッセージではないかと我々は受け取っています」

「偶然ではないと?」

「偶然にしては、あまりに出来過ぎていると思いませんか。死ぬはずだった息子が生きて帰ってこられたことに、意図や運命を感じずにはいられない、というのが正直なところです」

 ぶしつけな物言い、失礼しました。そう言ってアマギは退いた。これ以上話しても自分には理解できないと、熱っぽく話す彼らを見て諦めた。

 アマギの代わりに、タイチが挙手した。珍しいな、とヤマトは彼を見ていた。自分から率先してついて来たのも珍しければ、家に入る前に険悪だったユウキと何か言葉を交わしていた。その彼女は自分の隣にアマギを引き寄せ、ヤマトのすぐ後ろに控えていた。

「僕からも、質問しても良いでしょうか?」

「ええ、どうぞ」

「これまで長い間、ここでの生活を送ってきたと思うのですが、見つかったりはしなかったのですか?」

「今のところ、見つかってはいません」

「何か対策を? 良ければ教えていただけますか?」

「中枢が破壊されたためか、ワイルドの生物は元となった生物の習性が出ているのです。特に縄張り意識が強く出ていて、他者の縄張りに入るようなことはしません」

「確かに、ここまではアオバの案内で何にも遭わずに来ることができました。縄張りの隙間を縫うと言われたときは正直半信半疑でしたが、認識を改める必要がありますね」

「覚悟はしているとはいえ、死は忌避するべきもの。生き延びようとするのは本能であり、自然回帰の考えと矛盾はしません。行きついたのは、虎の威を借る方法でした。私たちは強力な生物の細胞を採取し、集落の周囲に散布して、マーキングの代わりとしているのです。これで、他の生物は入りづらくなっている、と考えられます。自然界にも他の強い生物に寄生して生き延びる生物はいますから、真似をしたというわけです」

「なるほど。生き延びるための智慧、ですね」

 イツキの話から、安全な経路を教えてもらえるかもしれないという期待が俄然わいてきた。

「あ、すみません。もう一点気になったことをお聞きしても?」

「答えられるものであれば、何でも聞いてください」

「僕は、この依頼が終わったら食に関する仕事に就こうと考えているんです。なので、皆さんが普段何を召し上がっているのか、興味がありまして」

「タイチ、いきなりお前何を」

 流石に雑談が過ぎる。興味があるのはわかるが、今優先するのはそこじゃない。

 口を挟もうとしたヤマトの腕を、ユウキが掴んだ。かなりの強さで驚いたヤマトが振り返ると、ユウキが真剣な顔で小さく首を振った。何か意図があってのことかとヤマトは引き下がる。

「ああ、そんなことですか」

 ヤマトたちのやり取りを知ってか知らずか、イツキは気楽に教えてくれた。

「縄張りの中に自生している芋や木の実、果物で生活しています」

「え。それだけで栄養とか足りるんですか? 僕たちはもっと食べないとおなか減っちゃうんですけど」

「そこは、慣れですかね。体がそういう生活に順応するんですよ」

「加工した食べ物とか、肉とか魚とか、時々恋しくなったりしません?」

「はは、恋しくならない、と言えば嘘になりますね。でも、肉や魚は時々食べますよ? イノシシや鹿を狩猟することがありますし、飲み水の確保に行くと、魚をついでに取ったりするので」

「そうなんですね。古い文献で見たことがあります。ジビエって言うんでしたっけ。生で食べられるほど新鮮なんだろうな」

「ええ、まあ。あればごちそうできるんですが」

 残念です、とタイチは質問を終えた。訝し気に思いながらも、ヤマトは本題である安全な抜け道についてイツキに尋ねた。

「安全かどうかは保証しかねますが、皆さんが向かわれる箱根島はここから南ですよね。ただ、このまままっすぐ進むと、大きな湖が道を隔てます。しかも、そこは私たちが縄張りとして利用している生物の本拠地です。皆さん全員が実力者であることは知っていますが、余計な戦闘を避けるなら、西方向へ行くと良いでしょう。私たちが水がめとして使っている細い川を道なりに、大きな山を正面に見ながら進めば、旧御殿場へ抜けるルートがあります」

「まさか、富士山ルートに合流する道が?」

 甲府島から沼津島に向かう山岳ルートの通称だ。こんなご時世であり、もはや人が立ち入ることのできない霊峰ではあるが、日本に生まれた人間のDNAにはあの山に対して畏敬の念を持つよう刷り込まれている。

「確か、富士山ルートは両陣営の発見数が少なく、比較的安全だと何かの資料で見ました」

 アマギが目を輝かせながら情報を補足する。決まりだ。少し遠回りになるが、安全に進めるならそれに越したことはない。

「アオバに川までの道を案内させましょう。そこまでならあの子も安全な道を知っているから」

「助かります。ありがとうございます」

「準備ができたら、声をかけてください。アオバをそちらへ向かわせます」

 イツキたちに重ねて礼を言い、ヤマトたちは輸送車へと戻る。

「タイチ、ユウキ、どういう事なんだ?」

 道中、様子がおかしかった二人に声をかける。二人は、特にタイチはさっきの笑顔が嘘のような固い顔でヤマトを見返した。

「ヤマト、すぐにここを離れよう」

「すぐに出発するつもりだ。だが、その理由を教えてくれ。ユウキも。何かタイチから聞いてたんだろう?」

 二人は顔を見合わせ、周りを警戒するようにさっと視線を巡らせた。

「こいつに頼まれたんだ。少しでも異変を感じたら皆を連れて逃げろって」

 ユウキが親指をタイチに向けながら言った。



「何でお前も行くんだよ」

 アオバたちの家に訪れる前、ユウキがタイチに小声で話しかけられた。

「何かが引っかかるから、警戒してるってきいたけど?」

「警戒しているから、ついてきたんだ。ここに到着して、警戒度は更に上がった。本当は止めたかったんだけど、下手な動きをすると逆に危ないかと思って」

「何か、わかったのか?」

 タイチが頷く。

「確信を得るために僕がいくつか彼らに質問する。ユウキ、さんは、もし何か起こったら、すぐに二人を連れて脱出してほしいんだ」

「わかった。言う通りにしてやる。何もないことを祈ってるけどな」

「信じて、くれるのかい」

 二つ返事でOKを出してくれたことに、ありがたくも少し戸惑った。

「真剣な奴の頼み事くらい聞くさ」

 だが、とユウキは続けた。

「何で私に頼む? 最初からあいつに言えばいいだろ」

 親指で先に歩くヤマトを指さす。

「ヤマトは、これから彼らと話すことになる。いくら彼でも、疑惑を腹に抱えたまま普段通り話すのは難しいんじゃないかな。何かの拍子に相手に勘づかれる可能性がある。なら、初めから知らない方が良い。その点僕は陰キャだから挙動不審でも違和感はないし、ユウキ、さんは仏頂面でも警戒されないだろ?」

「お前、本当に時々失礼だよな」



「そういうことか」

 納得はした。しかし、さっきのやり取りのどこに、危険を感じる要素があったのだろうか。

「ジビエを生で食べるなんて、あり得ないんだ」

「どういうことだ?」

 悲鳴がタイチの答えをかき消した。すぐさま臨戦態勢に入ったヤマトたちは、悲鳴の上がった方向へと視線を向ける。

「馬鹿な。何で!」

 彼らの視線の先には、軍隊蟻の群れが村人たちに襲い掛かっているところだった。

 まさか、追跡されたのか? 会敵した蟻たちの仲間が、自分たちが残した痕跡を追ってこの村まで?

 あり得ない。かなりの距離を離したし、この場所はあの蟻の縄張りからかなり離れている。蟻は役割分担がしっかりできていて、それ以外の行動はしないというのが通説だったはずなのに。そもそもこの村には、敵が入ってこれないような仕掛けが施されているのではなかったか。

「いや、今は考えるのはあとだ」

 目の前で襲われている人を見殺しにはできない。

「フウカ、聞こえるか。すぐに敵の数と位置を補足してくれ」

 しかし、フウカからの返答がない。

「フウカ? おい、フウカ! 返事をしろ!」

 一体何が起こっている? パニックになりそうな自分を何とか押さえつけて、彼女や輸送車の近くにいるはずの仲間に連絡を取る。

「ゴロウ、聞こえるか。フウカの様子がおかしい。様子を確認してくれ。聞こえるかゴロウ!」

『聞こえてるよ!』

 返事があったことにほっと胸をなでおろすも、その声がはらむ切迫感と荒い呼吸に、事態が悪化の一途を辿っていることは想像に難くなかった。

『何で急に蟻共が現れるんだよ! フウカは一体何してやがった!』

「ゴロウ、お前は無事なのか!?」

『こちらシュウジ。ゴロウが負傷した』

 ゴロウの代わりにシュウジが答えた。

 負傷した? なぜ輸送車で休んでいるはずのゴロウが負傷したんだ。

『依頼人が用を足したいと輸送車から出た。俺は護衛のため、ゴロウはついでに外の空気を吸うために一緒に出た。そのタイミングで蟻と遭遇、交戦になった。依頼人をかばってゴロウは負傷。蟻を振り切って輸送車に向かってる。今、メンテナンスをしていたリコと合流した。依頼人や怪我人を輸送車に避難させる。俺はこのまま輸送車の護衛を続ける』

「わかった。無理はしないでくれ」

 次に、輸送車に避難したであろうリコに指示を出す。

「リコ、聞こえるか。さっきからフウカに連絡がつかないんだ。すぐに確認してくれ。俺たちもすぐに戻る。その後」

 通信機越しに、悲鳴が聞こえた。

「何があった!」

『ふ、フウカ、フウカが』

 死んでる。

 リコの震えた声が、ヤマトたちを揺さぶった。

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