第二十八話
リコの言葉を証明するように、足音が近づいてくる。
統一された足音を響かせて、武装した集団がタイチたちの前に現れた。島の治安維持部隊だろうか。武器を向けられてはいないが、下手な動きを見せればすぐさま制圧され、殺害されるだろうことは想像に難くなかった。
武装集団の列の隙間から、すっと、一人の女性が姿を表した。彼らと同じ強化スーツを着ているが、着慣れていないのか、少し動きづらそうにしていた。
やはり、先んじて旧大島に部隊を用意していたのか。
タイチたちが全滅するはずだったのなら、アオイを斃すための戦力を用意しているはずだからだ。
「司令部のホマレです」
どこか見たことのあるような面影を持つ女性は、そう名乗った。
「実際にお会いするのは初めてですね、タイチ君」
「もしかして、あなたは司令部の?」
「ええ。輸送に関する予報を出す予報士です。会議室などでは、私の方からはあなた方の姿は見えていましたから、あまり初めましてという感じはしませんが」
「今回の黒幕が姿を表したという事は、いよいよ僕たちは、絶体絶命ってことですかね」
「あなた方の命は私が握っているのは間違いないと思います。ですが、アマギ君が言ったように、こちらに敵対する意思はなく、命を取ろうとは考えていません。あなた方は成功率の低いこの依頼を見事達成し、加えて、狂信者と呼称されるワイルドの上位個体を討伐した。優秀な人材は、ぜひ味方に引き入れたい。それに、身内を殺すのは、やはり気が引けますから」
「身内?」
「ユウキは、私の妹です」
思わず彼女の方を見た。タイチの視線に気づいたユウキは、ため息を吐きながら頷いた。
「前に話したろ。司令部の中に知り合いがいるから、中を見学したことがあるって」
姉の事だったのか。知り合いとぼかしていたのは、予報士はその特性上、誘拐される危険性があるからだろう。
「この件を口外しないと約束していただけるなら、命は取りません。どころか、あなた方は多摩川島の危機を未然に防いだ英雄として、島での地位をお約束しましょう。いかがですか?」
「あの、ひとつ教えていただけますか」
「何でしょう」
「彼女、リンネちゃんの処遇です」
彼女の力は、既に知られているだろう。一部ながらマテリアルの施設を稼働させた。その力を司令部が放っておくわけがない。
「もちろん、手厚く保護します。彼女はいまや、この世に一人しかいない実験体ですから」
「言い方が気に入らないな。相手はまだ子どもだぞ」
ユウキが反発するのも無理はない。ホマレの言い方は、道具として丁寧に扱う、というニュアンスが含まれているようで、事実その通りの扱いをする気だろう。
「あなたこそ、彼女の重要さをわかっているのですか? 彼女の力を使えば、島同士の争いを有利に進められるのです」
「島同士の争いだと?」
「ええ、そうです。そもそも箱根島が滅んだのは、向こうがこちらを滅ぼそうとしていたからです」
姉の言っていることが、にわかには信じられなかった。マテリアルとワイルドに追いつめられ、この惑星の片隅で細々と生きるしかない人類にとって、他の島との協力関係はなくてはならないものだ。島一つで出来る事は限られており、しかも安定して食料などを生産、供給出来るわけではない。だから不足分を互いに助け合い、補う必要があるのに。
「ええ、あなたの考えは、至極当たり前のものであり、現在を生きる人類の共通認識です。ですが、それをよしとしない者も、中には存在するという事です」
より豊かに生きたい。誰しもが当たり前のように願う事。だが。
「Xデイ終結後から年月が経ち、以前より人類は安全に暮らせるようになりました。協力していれば、今の生活は続けられる。それを『停滞』と感じる者が、どの時代でも一定数存在します。より豊かに。当たり前のようなこの願いが、歪む時があるのです。他者よりも、という言葉が頭がつくことで」
箱根島は、他の島よりも豊かでありたいと願うものがトップに立った。その思想が首脳陣に感染した。ホマレはそう言った。
「アダチ所長の研究が、元々は箱根島と多摩川島との共同研究であったことはご存じですか?」
「箱根島の司令部にあった研究施設を見たしな。想像はつく」
「互いに足りない物資をやりくりし、シェアしながら研究を続けて来たはずでした。ですが、箱根島は我々を裏切り、先んじてこの施設に接続する実験体を生み出した。どこの島も、マテリアルが残した技術を流用している箇所が必ずあります。そしてそれの多くは、水、電気などのインフラに関わる箇所です。彼らは我々の生命線を掌握し、多摩川島の隷属化を謀っていた」
「待てよ。その話が本当なら、時系列的にはこの施設は箱根島の手に落ちていたってことだろ。なんで多摩川島が生き残れてるんだ?」
「我々の仲間が先んじて手を打ったからです。共同研究始動時に、技術者を互いの島に派遣しました」
「その時の技術者の一人が、監察の息がかかってたってことか?」
「そうです。実験体に組み込むプログラムに細工を施し、この施設で実験を行った際に仕掛けが発動するようにしました。もちろん、裏切りがなかった場合、当然我々も同席するのですから仕掛けは解除できます」
「その仕掛けってのが、マテリアルに箱根島の位置情報を漏らす、みたいなものだったわけか」
アオイが言っていた。ワイルド側につく者がいるように、マテリアル側につく者もいる。あれはこういう意味だったのか。マトリクス側の仕業だと後に来るユウキたちにばれないように、遺体は処理され、ワイルドによって襲撃されたように偽装されていた。
「司令部が裏切ったからって、そこに住む箱根島の人間が裏切ったわけじゃねえよな。その人たちはどうした?」
「さあ?」
あまりにあっさりと、あっけらかんと、ホマレは答えた。
「見捨てたのか。何の罪もない人々を。あんたそれでも人間かよ!」
「人間ですよ。神ならぬ、人間なのです」
ホマレはユウキを鋭くにらみつけた。
「だから、私の見えないところで、手の届かないところで起こったことに関して、責任も持てないし、ましてや救うことなど不可能です。知っていたとしても、多摩川島で二つ分の島の人間を収容、生活させることなど出来ません。私は、私の手の届くところまでしか対応できません。この両手は既に埋まっているのです」
それとも、とホマレはユウキに尋ねた。
「あなたなら、助けられましたか? 箱根島に住んでいた、数百人の人間を。マテリアル兵から守り、救出するだけではありません。破壊された島を修復する資材、食料、失われた人材の補充。出来るのなら、あなたは私を批難する資格を有します。しかし出来ないのなら、あなたの言葉は私に届きません。何の力も覚悟もなく喚くだけの者に、私を止められはしません」
軽く柔らかな言葉遣いだった。それがより言葉の重さと鋭さを際立たせていた。
「失礼。話が逸れました。戻します。箱根島のように別の島を隷属化させようと考える島が、他にないとは限らない。私たちは、座して滅びを待つわけにはいきませんから、備えが必要になります。その筆頭が、彼女の力です。攻撃される前に察知し、攻撃に備え、更には攻撃させないよう先んじて手を打つ。戦わずして勝てれば、あなた方が懸念されるような、無辜の人々を傷つけることがありません。我々の平和のため、ひいては各島の平和のために彼女の力が必要なのです」
「耳心地の良い事を言ってくれてるが、多摩川島が箱根島みたいにならない保証はねえよな」
「未来の保証など誰にも出来ませんよ。人間ですから。ですが、選択肢もありません。自己の生命を守るのは、生物にとって最も優先すべき本能です。最善手を放棄するわけにはいきません」
ホマレが視線を周りにいる部下たちに向ける。数人が動き、リンネの方へ向かう。
「待ってください」
どうやってこの状況を打開するか思案しているユウキの代わりに、口を開いたのはタイチだった。
「この施設を動かしたせいで、リンネちゃんは憔悴しきっています。これ以上無理をさせたら、体を壊してしまいます!」
「ご安心を。彼女のコンディションを整える準備は出来ていますから」
「そもそも、無茶したせいで何かしらの不具合が出て、あなた方が期待するようなことは出来ないかもしれない。無駄骨になるかもしれない。だよな?」
リンネに向かって言う。彼女は出会った時と同じように、タイチの顔をじっと見ていた。
「それも、こちらで調べます。あなた方は、大人しく我々の指示に従っていればいいのです。それとも、ここで死にますか?」
完全に手詰まりなのは二人ともわかりきっていた。どうあがいても、この流れは変わらない。
だからといって、心情的に納得できるものじゃない。
「子どもに背負わせるには、あまりに重すぎませんか」
「ではどうしろと?」
「全ての島が別の島を害そうとしているわけではないでしょう。そういう島同士で同盟を結ぶとか」
「昔存在した国家のように、ですか? 共同戦線を張れれば理想ですが、それを成すためにどれほどの下準備が必要かわかりますか? 素直に協力に応じることなどあり得ない。人は、他人を理解することはできません。理解できないだけならまだマシで、自分に置き換えて考えてしまう。自分が想像できることは、他人も想像できるものですから。裏切るのではないか、 利用しているだけのではないか、騙しているのではないか。少しでも疑念が生まれれば、それらは簡単に膨らんでいく。そしていつか、やられる前にやるべきだ、という認識へと変貌する」
どれだけ追いつめられようと、人間は変わらない。
アオイの最後の言葉がよみがえる。
過去に幾千幾万の教訓があろうと。
誰にでもわかるような、明らかに正しい選択の方が全員が幸せになれることを理解していようと。
人間は、己の欲望のために誤った選択肢を選び続けていく。
人と人を繋ぎ、離れた島と島とで連携を可能とする、みんなが幸せになる能力を、わざわざ人を倒すために使おうとしているのだから。
うんざりしてきた。子ども一人守れない、情けない自分にも。この世の理不尽にも。
何のために、自分たちはここまで来たのか。大切な仲間を失い、ボロボロになってまで輸送したものは、希望などではなく、ただの争いの種だった。
「帰ろう、タイチ、ユウキ」
自棄になりかけたタイチの耳に、声が届く。これまで黙っていたヤマトの、絞り出したような、小さな声だった。二人の視線が、ヤマトに向けられる。
「せっかく生き延びたんだ。生きて帰るんだ。ここまで来て死んだら、フウカやシュウジに、命を賭けて守ってくれたメンバーに対して申し訳が立たないよ。それに、リンネを守らないと。あの子の事情を理解して、守れるのは君たちだけだ。難しいことは、後で考えて、答えを出そうや。疲れた時にあれこれ考えても、良い答えは出ないもんだし」
な? 頼むよ。
ヤマトの願いに、ユウキは涙をごまかすような渋面を作って逸らし、タイチは天を仰いだ。そして、結論は出た。
「わかった。命令に従うよ。リーダー」
「助かる。後は任せた」




