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渡り鳥は何を運ぶか  作者: 叶 遼太郎


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第二十七話

「負けてもたわ」

 アオイが言った。彼女の体は崩れ、もはや胸から上部分が残るのみだった。しかし、その表情は妙に晴れやかだった。

「馬鹿野郎が」

 足を引きずり、右肩を押さえながら、ユウキは彼女の前に立った。勝ったほうが、険しい表情で相手を見下ろしていた。

「お前、初めからこうなることを望んでたんだろ」

「馬鹿言いな。負けるつもりで戦いに挑むアホおるわけないやろ」

「だったら、何でわざわざ自作自演の暴発事故起こして、チームから離れるようなことしたんだよ。最初から一緒についてきて、あの森でアオバと一緒に戦えばよかったじゃねえか」

「それやと、一人生き残った私にあらぬ、まああんねんけど、疑いが掛かって、後々動きにくなるやん」

「それだけじゃないだろ」

 ヤマトが、タイチに肩を借りながら近づいてきた。その後ろには、リンネを背負ったアマギがいる。

「生きとったんかヤマト」

 本気で殴り飛ばした。骨が砕け、内臓を損傷していてもおかしくないはずなのに。

「死ぬかよ。あの程度で。残念ながら、君は結局チームの誰も殺せなかった」

 笑うヤマトの影で、タイチは無表情を貫いていた。気を抜けば、顔に出てしまうかもしれないからだ。一本だけ、輸送車での治療中にたまたまポケットに突っ込んで忘れていた鎮痛剤が、今のヤマトを支えていた。

 彼がそんな意地を張る理由にも見当がついていた。ヤマトは、アオイが仲間を殺したと思わせたくないのだ。これから死ぬ彼女に、余計なものを持って逝かせたくはなかった。

「君は、自分のことを何度も怪物だと呼称した。それは、全力で戦えと、遠慮は無しだと、俺たちに余計な気遣いをさせないための配慮だったんじゃないのか? そして、命令に逆らえない自分を卑下する言葉でもあった。違うか?」

「ちゃうわ。ホンマのことを言うただけで、あんたらの事なんか何も考えてへんし」

「そうか。まあ、人間は、自分の見たいものを見たいように見て、聞きたいように聞く生き物だ。俺たちの好きなように解釈させてもらう」

「好きにしぃ。勝ったんはそっちや。勝手に歴史つくり」

「なら、勝者の特権だ。アオイ」

 ユウキが尋ねる。

「お前、あの時何か言いかけたよな」

 戦う前、狂信者の話をした時だ。自分たちはワイルド側に縋りついた、ただ、と続けかけて、止めた。彼女は一体何を言おうとしていたのか。

「教えてくれよ。一体何を言おうとしたんだ」

 しゃあないな。アオイはふうと息を吐いた。アンチが肺まで達している。この会話が最後だろうと彼女は覚悟し、敗者の義務を果たす。

「まず最初に、あんたらが勘違いしとぅことを正しとこ。箱根島を崩壊させたんは〝ワイルド側〟やない」

「なんだと?!」

 全員が驚いた。

「ワイルドがリンネたちの研究を知って、滅ぼしたんじゃないのか?」

「さあ、知らん。少なくとも私は何も聞いてへん。色々推測できるけどな。んで、今聞かれたことに対しての返答やけど、当たり前の話なんよ。ワイルド側につく人間がおるんやったら、マトリクス側につく人間もおるって話」

 アオイは少し目を狭め、笑った。彼女の視界に、死神が映り込んだからだ。

「待てよ。じゃあ、マトリクス側についた人間の仕業ってことか?」

「だから知らんて。推理はそっちで勝手に進めといて。私から言えるんは、結局のところ、どんだけ追いつめられても、人間は変わらへんっちゅうこっ」

 銃声が響いた。アオイの額に弾痕が穿たれ、ぱん、と弾けた。周囲に彼女だったものの破片が舞い上がり、散っていく。彼女だったものは、アンチを流されたワイルドやマテリアルと同じように、塵芥となって消えた。

「どうして、敵にいつまでも喋らせてるの?」

 何が起きたかわからないユウキたちの後ろから、声がした。全員が、声のした方を振り返る。

「リコ、何で、あんた」

 そこには、まだ細く白く煙が立ち上る銃を持った、メカニックのリコがいた。だが、今の彼女を見て、全員が本当にリコ本人かどうか疑ってしまった。

 職人気質で頑固だが、情に篤い雰囲気が一変し、彼女が纏う空気は冷徹で、表情は感情をどこかに置き忘れたかのような無が支配し、視線は更に冷たい。

「何で? 変なことを聞くのね。私は敵を殺しただけよ。多摩川島に潜んでいた裏切者を処分した。それだけのことなのに」

「それだけって、お前!」

「駄目だ、ユウキ!」

 リコに掴みかかろうとする彼女を、タイチが声で止めようとする。声で彼女は止まらず、しかし、額に突きつけられた、まだ熱の残った銃口が彼女を止めた。必要とあらばリコは引き金をひく。そのことがわかってしまった。

「せっかく生き延びたのに、つまんないことで死にたくないでしょ?」

「お前、誰なんだよ。本当に私たちと訓練していたリコか?」

「ええ。ただ、あなた達のチームに所属する前に、別の部署に所属してたけどね」

 彼女の言葉で、タイチが正体に気づいた。銃を突きつけながら問いかける。

「君は、監察だったのか」

「ご名答」

 監察は、島内部の治安維持部門の一部署だ。だが、発生した犯罪などの問題に対して対処する警察とは違い、問題が発生しそうな組織や場所に潜入し、内部から調査して罪を暴く部署だ。

「なんで、監察が三年もかけてチームに入り込んでんだよ」

「そこは、皆勘違いしている点ね」

 ユウキの問いに、リコは答えた。

「監察にも種類がある。一つはあなた達が想像している通り、潜入捜査の度に潜り込む人材。もう一つが、最初の訓練と使命を受けた後は、他の部署や組織にそのまま定着する人材。後者は、何もなければ定着した場所で通常通りの仕事を続けて、有事の際に仕事をこなすタイプね」

「はっ、つまりは使いぱしりの下っ端ってことか」

「二の矢とか、二足の草鞋と言って欲しいわね。何事も無きゃ、メカニックで一生を終えるはずだったんだけど。残念ながら〝予報通り〟有事が発生してしまった」

「まさか、まさか今回の依頼の成功って、このことなのか?」

 ユウキたちは声のした方を振り返る。そこには、愕然とした顔のタイチがいた。

「タイチ?」

 彼女の問いかけに、タイチは答えられない。彼の頭の中には、一つの絵が出来上がっていた。

 リコの言葉が、最後のピースだった。

 タイチの頭の中に散乱していた、どこがどうつながるのか皆目見当のつかない疑問のひとつひとつが整列し、所定の場所にはまっていく。出来上がった絵の内容が信じられなくて、信じたくなくて、彼は途方に暮れていた。

「驚いた。もしかして、真相に辿り着いたの? 私の一言で? 何がキーになったか知らないけど、あなたの適性はパン屋向きじゃないわね。本来は全滅していたはずのチームが生き延びたのは、やはりあなたのおかげだったのかな」

 リコの意識がタイチに向く。その瞬間をユウキは見逃さなかった。額に突きつけられた銃を奪い、反対に彼女に突きつける。

「形勢逆転だ」

「あらま」

「よせ、撃つな!」

「こいつ次第だ。タイチが気づいた真相ってやつと、答え合わせしようじゃないか。この依頼の本当の目的ってやつを教えてくれよ」

「教えると思う? 簡単に口を割るようじゃ、監察にはなれないわ」

「なら、お前の眉間に穴が開くだけだ。アオイと同じようにな」

「いいや、そうはならない」

 別の声が会話に割って入った。怪訝な顔で視線だけを向け、舌打ちした。そこには、タイチの後頭部に銃を突きつけたアマギがいた。リンネは床に横になっている。

「銃を下ろせ。ユウキ」

「お前も監察だったのかよ」

「正確には、監察のスパイ、内部協力者だ。ナビゲーターなのは間違いない」

 もう一度言う、とアマギはユウキに告げた。

「銃を下ろせ。こちらに敵対する意思はない。大人しく従えば、これ以上の血は流れない」

「言う事、聞いとけば? たとえここを切り抜けられたとしても、良い事ないわよ? わかってるでしょ?」

 くそ、とユウキは銃のグリップをリコに向けて渡す。

「いつから裏切ってた?」

「信じて貰えないと思うが、僕が真相を知らされたのもついさっきだ。裏切るつもりなど全くなかった」

「その真相ってのは何なんだよ」

「安心して。答えはすぐにわかるから」

「どういう意味だよ」

「本当の依頼人がもうすぐここに来る。その時に、全部わかるわ」

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