第二十五話
「しっかりして」
背負ったユウキに声をかける。
無駄とは思いながら、少しでも効果があるならと仕掛けておいた罠が役に立った。本当なら爆発物もセットにしておきたかったが、時間もなかったし、この閉鎖空間ではどんな影響が起こるかわからないから取り付けられなかった。
だが十分だ。ユウキを救出し、距離を稼ぐのに役立った。加えて、アオイの持つ特徴に関していくつか仮説を立てられた。
彼女は最初、こちらの姿を目視することなく銃を撃った。また、先ほどの罠が発動している時、こちらが移動しているのを見落とした。
もしかしてだが、彼女は視覚だけでなく、音の反響によって物を見ているのではないか。
だからこちらの位置を常に把握できたし、室内中に銃声が反響していたからユウキの救助に動いていたのを見逃した。
戦い方は分かった。付け入る隙もわずかながらある。
問題は二点。まず一つは、アオイを斃し得る攻撃手段がない事だ。こちらの最大戦力はユウキだ。その彼女の復調なくしてアオイには勝てない。
もう一点は、アオイの動きを止める方法だ。銃弾程度では翼すら傷つかず、鱗はユウキの一撃を防ぎ切った。狙うとすればわずかに露出した頭部や胸部、腹部になるが、その一点が狙えない。翼で飛び回るし、こちらの狙撃を彼女のもう一対の腕が防いでしまう。
結論として狙うとすれば、先ほどユウキが試していたように腕を掻い潜り懐に飛び込み、ゼロ距離による攻撃を行うか、防御を無視する一撃が必要になる。
「輸送車にある、対物ライフルなら」
可能性はあるだろうか。それを取りに戻る時間があれば、の話になるが。
「タイチ」
息切れと一緒に名前を呼ばれ、ぐるぐると巡っていた思考を止める。
「ユウキ、気づいたのか! 大丈夫か?!」
「見ての通り満身創痍で生きてることに感動してる。それより」
「何? 今忙しいから後にしてくれない?」
「私を置いていけ」
「怒るよ。そんなこと、出来るわけないでしょ」
「聞け。このままだとすぐに追いつかれる。私を背負ったままのお前なんか瞬殺されちまう」
「そっちこそ冷静になってくれ。傷だらけの君を置いていっても、時間稼ぎにもなりゃしない。順番に各個撃破されて終わりだ。それに、アオイに勝つには、君の力が絶対必要だ」
「マジか。この状況で、勝つつもりかよ」
「勝たなきゃ死ぬ。僕は死にたくない。だから勝つ」
「三段論法で敵に勝てりゃ世話ないんだよ」
「じゃあ君は? 本当に諦めるのか?」
「馬鹿ぬかせ。こっから大逆転するんだよ」
「奇遇だね。同じ意見だ」
「仲良ぉなったなぁ。妬けるわ」
反射的に声の方へと銃口を向け、発砲する前にアオイの手が銃身を弾いた。弾かれたスナイパーライフルがコンテナの上を滑り、隙間に落下した。返す刀でアオイは反対の手を振るう。躱しきれないことを覚悟したタイチは、背中のユウキをかばいながら衝撃を殺すために後ろへ飛び、左手をアオイの腕に向かって突き出した。
腕がタイチの手に接触する。
肩が外れる衝撃。しかし、それでも彼は腕をまっすぐ伸ばして保った。骨が砕ける。悶絶するほどの痛みを食いしばって耐える。
命は守り切った。それでも跳ね飛ばされ、二人はコンテナの階段を一段飛ばしで落下する。
「ごめんなぁ。ちょっとやりすぎてもた」
アオイが下りてくる。
「タイチ君も災難やな。適性があるから言うて選ばれて、こんなところで死んでまうなんて」
恨むんなら司令部恨みや、と彼女は言った。
「僕の、Aチーム入りは、司令部が決めたのか」
気を失うことこそが最悪の一手、時間を稼ぐのが上策と考え、タイチは痛みで飛びそうになる意識を必死で掴まえ、言葉を発した。
「そらそうよ。前も教えたったけど、司令部には予知能力者がおって、作戦成功率を高めるために人員も配備する。私の怪我、まあ見ての通り仮病やってんけど、その代わりにチームに入って作戦成功率が高かったんがタイチ君やった」
変だ、とタイチの脳裏の冷静な部分が言った。成功率というなら、予知能力というなら、この状況を予期していなかったのか? そこまで角度の高い予測は不可能なのか? 本当か?
どこか、変だ。だが今は会話を続ける。
「なら、僕の存在は依頼成功率を少しは上げていたのかな」
「そうやね。誇ってええと思う。さっきも話したけど、ここに辿り着く前、あの森で、チームはアオバたちによって殺されるはずやった。けど生き延びた。そこには、君の貢献も関係してるはずやし」
その時、タイチたちの通信機に連絡が入った。言葉が途切れた違和感をアオイに悟られる前に、ユウキが会話を繋げる。
「冥途の土産に一つ教えてくれ、あのアオバって奴は、あんたの弟かなんかか?」
「ん、まあ、一応そうやね。私はすぐに島に送られたから、ほとんど会うたことないけど」
「そうか。なら、悪い事したな」
「何が」
「私が、あんたの弟を殺した」
一瞬の空白。
「そう。ま、ほとんど赤の他人みたいなもんやから」
「でけえムカデに変身してな。
アオイの言葉を遮って、ユウキは続けた。初めて見せた彼女の心の揺れつつく。
「ほれ、あのムカデだよ。足がたくさんあってこう、わしゃわしゃして気色悪い、生理的嫌悪感満載のあれ。調子に乗って追っかけてきたくせに、間抜けにもアリジゴクに巻き込まれて体はズタズタにされた」
「あ、そう。で? どうでも」
「化け物になっても、死にたかねえもんなのな。喚きながら頭だけになって、這いずって、ぐちゃぐちゃに千切れた切断面から汚ぇ粘液そこら中にばら撒いて、見るに堪えない有様だった」
「やめえ」
アオイの顔から表情が消えた。構わずユウキはつづける。口元に血をにじませつつ、薄笑いを浮かべて。
「だから、とどめを刺した。頭をかち割って、醜い声が出ねえようにしてやった。その後も、念入りに足でこう、すり潰しておいたよ。害虫は、きっちり息の根止めておかねえと」
「やめえ言うたやろが!」
アオイが突っ込んでくる。
「今!」
タイチの合図と同時に、ユウキとアオイの間に壁が落ちて来た。アオイが急ブレーキをかける。
「なっ?!」
驚いている間にも、彼女の周りに壁が落ちてくる。四方を完全に塞がれた形だ。
「これは、まさかあの子の仕業なんか?!」
「作戦の第一段階完了。第二段階へと移行します」
リンネの無機質な声が、アマギの通信機から前線の二人に伝わる。
彼女が掌握したのは、この建築物内のマテリアルの物質そのものだった。マテリアルが生成する建築物は、全て極小のナノマシンでできている。ただし、兵隊と違い、建築物として生成、形成されたマテリアルは、自立型ではなく、外部からの命令によって形状を変える機能を有している。
彼女たちがいる建物も、全てナノマシンで形成されていた。彼女が掌握したのは、そこに命令を加える権限だ。以降、この建物は彼女の意のままに姿かたちを変えることが可能となった。
ほぼ同時刻。外で停車している輸送車の中で、もぞもぞと動く影があった。影は重い足取りで、ふらふらと外へ出る。そして、吸い込まれるように、死闘が繰り広げられる建物の中へと入っていった。その影を見咎める者はいない。何故なら。
「この程度で止められる思うなや」
アオイは面前の壁に触れる。素材はコンテナと同じ。急ごしらえで分厚さもさほどないと推測する。試しに殴れば凹み、爪を立てれば硬いが突き破れた。これならすぐに出られる。
明かりが上から差し込み、上を見上げる。蓋がいつの間にかなくなって、空が見えていた。
「空、え、何で?」
異変に気付く。ここは窓も扉も作られていなかった建物内部だ。空が見えるはずがない。しかもその空は少し歪んで見える。
「くそ!」
連中の狙いが分かった。焦ったように壁に何度も何度も拳を打ち付ける。
早く脱出しなければ、焼き殺される。
空が歪んで見えたのは、蓋が屈折したレンズに変わったから。この施設はもともと旧伊豆方面のワイルドを監視するために作られた見張り台だ。望遠レンズがもともと備わっている。レンズは遠くを見ること以外にも、屈折率を利用して光を一転に集中させることが可能だ。連中は、太陽光を歪め、この中を灼熱に変えようとしている。大雑把な計算になるが、直径一メートルのレンズであれば、条件次第で焦点温度は一千度を超える。
光が集まる。壁に囲まれた内側の温度が急上昇する。怪物の悲鳴が上がった。




