第二十四話
「どういう事だよ、アオイ」
物陰からユウキは顔を出した。
「どういう事て、今言うた通り、ワイルドに仇なす兵器を、つまりは、先に逃げたあの女の子やな。を、殺しに来たんよ」
「だから、どうしてそんなことをお前がすることになってんだって話だよ」
「そりゃ、失敗した連中の尻ぬぐいに私が駆り出されたからよ」
「失敗、まさか、お前」
襲撃についての残っていた謎。なぜ輸送車の位置をアオバが特定できたのか、その謎が氷解した。彼女が輸送計画を外部に漏らしていたのだ。
「そ、ご推察通り。あんたらはあの森で、アオバたちに殺されるはずやった。けど、上手い事切り抜けてもうた。いやあ、ちょっと焦ったで。ヤマトの性格も、あんたらの実力もきちんと考えて作戦練って、絶対イケる、思てたのに。やっぱ、イレギュラーのせいかな、なぁ。タイチ君」
おもむろにアオイが背後に向けて発砲した。悲鳴を必死に飲み込み物陰に隠れたタイチだが、焦って足音を立ててしまった。
「やるやんユウキ。自分囮にして、慣れへん会話で意識向けさせて、味方を死角に移動させるなんて。動揺してたんも演技かな?」
「見破られちゃ意味ねえし、格好悪いがまだ動揺はしてるよ」
「でも、依頼のため、全員の安全のため、私を殺すことを考えて先を見て行動してた、ってことやね。感情と行動を切り離せるようになったんや。たった数日見ぃひんうちに、随分成長してもて。お姉ちゃん嬉しいわぁ」
「褒められた気がしねえな。随分と前から、私たちを嵌めるつもりで行動してたんだろ。騙されてたのに全く気づかなかったんだから間抜けな話だ」
「ほんまは、こんなことしたないし、する予定もなかったんよ。一緒に苦楽を共にした仲間やねんから。でもな。悲しいことにそれを上回る強制力を、生まれた時から植え付けられててな」
「お前も狂信者なのか」
アオイは一瞬ぽかんとした顔をして、やがて納得したように頷いた。
「ああ、なるほど。殉教者ならぬ、狂信者ね。上手い事言うやん。確かに、うちの家系は狂とるわ。殉教者として生きていくことを決めたくせに、島で安全に暮らしとる連中のことを勝手に恨んで妬んで、いつしか殺してやろうなんて考えて。それでワイルド側に縋りついて、力を得ようってんやから。ただなぁ、ユウキ」
「何だよ」
「いや、何でもない。話過ぎた。こうしとる間にも、アマギはマテリアルの兵器連れて逃げおおせとる。そろそろ追わんと、ちょいと面倒や」
「追いかけさせると、思ってんのか」
ユウキが構える。動揺はまだ消せない。しかし、そんな甘さを持つことが許されないほど、叩きつけられている殺意と圧力が強大だった。
「そらなあ。ただの人やったら、流石に私もそんな大口叩かれへんけど」
めりめりと、アオイの強化スーツの背中が盛り上がり、耐えきれなくなった生地が破れた。現れたのは黒い蝙蝠の翼。千切れたスーツがはだけて、その下の鱗に覆われた素肌が見える。
肩からもう一対の腕が伸びていた。アオイ本体よりも長く、胴体と同じく鱗で守られている。長い腕の先には人の頭を軽々と鷲掴み出来る手に、鋭く長い爪が生えていた。
翼が風を捉え、ふわりとアオイの体を浮かせる。
「あんたらの前におんのは、もはや人を捨てた怪物なんよ。怪物がたかが人に遅れ、とるぅ思う?」
赤く染まった瞳が脆弱な人を見下ろし、言葉を吐き出す。
活発でまぶしくて、優しかった彼女の面影は、もはやない。目の前にいるのは、彼女自身が告げた通り、人間を簡単に殺せる強大な怪物だった。
「安心しぃ。皆仲良う、すり潰したる」
そして、暴風が吹き荒れる。
爆発音と建物の揺れに気付いたアマギは、思わず足を止めた。戦闘が始まったのだ。
戻りかけた足を、理性で押しとどめる。自分が戻っても役には立たない。それよりも先に車に戻り、二人のサポートをする方が役に立てて、皆が生き残れる選択だと言い聞かせた。何より、肩に担いだリンネをまず安全圏に連れて行かなかればならない。
通信はアマギにも届いていた。まさかアオイが裏切者、島内部に入り込んでいた狂信者だったとは。二年もの間共に訓練を受けていて、全く気付かなかった。間抜けな自分をぶん殴ってやりたいところだが、今は目の前の問題の対処が先だ。
「だが、どうすればいい」
相手は前に戦った三つ首のムカデと同等以上の敵で、しかもこちらの戦い方を熟知している。対して、こちらは死者二名、重傷者二名で半数の人員しかおらず、万全にはほど遠い。
もぞもぞと肩のリンネが動いた。顔を覗きこむと、うっすらと目を開けている。
「リンネ。大丈夫か」
「問題ありません」
ふにゃふにゃな声で言った。
「悪いがちょっと荒い運び方が続くぞ。車に戻るまでもう少し我慢してくれ」
「いえ、それよりも、協力していただきたいことがあります」
「協力?」
リンネが頷き、人差し指を向けた。
「皆さんの通信は聞いていました。現状の戦力では、敵に勝てません。このままでは間違いなく全滅します。主を守るため、与えられた権能を振るいます」
私をあそこに連れて行ってください。
リンネの指が示す方向には、アマギたちが登ってきたコンテナがあった。そのコンテナの側面の一部、二十センチ四方が光っていた。アマギはリンネに言われるがまま、彼女を連れてコンテナに近づく。
リンネは腕を伸ばし、光る壁に掌を当てる。途端、二十センチ枠内のコンテナ側面が剥がれた。剥がれた側面は細かな粒子に変わり、触れている手の手首までを包んで覆い、固体化した。彼女の腕がコンテナに取り込まれたような形だ。
「おい、これ大丈夫なのか?!」
「大丈夫です。少し、このままでお願いします」
彼女の腕から、十センチから二十センチくらいの光の線が、断続的にコンテナへと流れ込んでいく。目を凝らしてよく見れば、それは数字とアルファベットを組み合わせた文字列だった。文字列は次第に増加し、腕を中心にして放射線状に広がっていく。文字列は当該コンテナだけにとどまらず、隣のコンテナ、更に隣と拡大していった。
「掌握しました。起動します」
「掌握? 起動って、何を?」
「当施設のシステムの一部です。これにより、勝率をゼロから三十パーセントまで引き揚げます」
彼女の宣言と同時に、マテリアルの施設に再びコマンドが入力される。
「ほら、どしたん?」
巨大な腕がしなり、ユウキに向けて振り下ろされる。防ぐことなど、考えてはいけない。圧倒的な膂力の差の前に押しつぶされる。仮に持ち堪えられたとしても、待っているのは無慈悲な二撃目だ。その時には一撃目を受け止めた時の痺れや反動のせいでまともに体は動かない。
ユウキが取れる選択肢は回避のみだった。自分の頭より巨大な拳を体を傾けることで躱す。大きく躱せない。大きく躱すという事は、体勢を崩すこととほぼ同義となり、次の一手が回避不可となって詰む。
一撃目がユウキの背後にあるコンテナを叩く。ちょっとやそっとの銃撃程度など傷も入らないほど強固なコンテナが凹み、ぎっしりとチップや配線の詰め込まれた内部が露になった。弾けた破片が彼女の頬を切り裂くが、反射的に押さえそうになる手も痛みも無視して、ユウキは備える。
放たれる二撃目は、地を這い薙ぎ払う、低空からのアッパーだった。視線、意識を上に向けさせてからの、死角からの一撃が襲い掛かる。
ユウキは前に出た。危険なのは拳だけではない。鞭のようにしなる長い腕すら、掠るだけで怪我に繋がる。それでもあえてアオイの懐に飛び込んだのは賭けだ。一か八かの賭けに勝たなければ、倒すどころかこちらの攻撃すら与えられない。先ほどから逃げ続け、いつの間にか追いつめられていた。反撃の糸口を模索し、ここで手を打つ。
二撃目が空を切り、起こる風が背中を押す。賭けに勝ったユウキがアオイに肉薄する。
鋭く、早く、呼気を吐き、止める。体を押し出したつま先を、親指を中心にして絞り、更に前へ。足首の回転エネルギーを太ももを通り、腰に到達する。エネルギーを減衰させず、加速装置として腰を回す。エネルギーは背中、肩へと巡り、腕、その先の拳へと集約される。
現時点で彼女に放てる、渾身の一打。
金属的な音が響く。
ユウキは顔をしかめた。
「惜しいなあ」
アオイは笑う。
ユウキの拳は、アオイ本来の腕によって塞がれていた。強靭な鱗に覆われているだけではない。中身も、その重さに耐えられるほどの筋肉量と骨量に変質した腕は、ユウキの一撃を真正面から受け止めていた。
「普通なら死んどる。ただのワイルドの兵隊なら討ち取れるやろな。けど」
ユウキの腕を弾き、がら空きになった胴体に、アオイは無造作に拳を叩き込んだ。それだけで、ユウキの体が吹き飛び、コンテナに叩きつけられる。体の中の空気と一緒に、口から血を吐き出した。強化スーツの耐衝撃機能の限界を簡単に飛び越える力だった。
「脆いなあ。ユウキ。そんな脆い体で、よう頑張ってきたな」
せき込む彼女に、アオイは憐憫の目を向けて言った。
「無駄な足搔きは止めとき。あんたらの攻撃は私には届かへんし、私の手はあんたらに簡単に届く。せやろ? タイチ君」
彼女が剛腕を振ると、手の先から何かが投げられた。ガン、ガンとコンテナに音を立てて落ちたのは、弾丸だった。
「私の意識が完全にユウキに向いとうから、イケる思た? 残念。そんな見え見えの手に引っかかったらんよ。それに、そんな腕じゃあ私を仕留められへん。そんな教科書みたいな射撃じゃ、狙いがバレバレやわ。手を添えるだけで止めれてまう」
返事代わりに銃声が返ってきた。狙いも何もない、ただ銃弾をばら撒くような、やけくそ気味の撃ち方だった。証拠に、放たれた弾丸の大半はアオイをかすりもせず通り過ぎて、コンテナに命中していた。
「だから、無駄やって」
アオイは翼で体を覆う。銃弾は翼で防がれ、彼女の足元に落ちた。構わず、銃弾と銃声が断続的に響く。移動しながら撃っているのか、発射音の位置がころころと変わる。
「しつこいなあ」
ダメージはない。しかし、わずらわしさが勝ち、アオイは距離を詰めた。弾丸が放たれ続けているのにも構わず、隙間から覗くバレルを掴んで強引に引っ張る。ぶち、と何かが千切れる音がした。
「あれま、こいつは」
引っ張り出せたのは、輸送車に積まれている予備の銃だ。銃のトリガー部分には紐が結わえ付けられている。千切れたのはこの紐だった。別の場所で、また銃声が響く。
アオイが振り返る。そこに、傷だらけのユウキの姿はなく、血痕だけが残っていた。
「やるやん、タイチ君」




