第二十三話
「おお、ここが」
広間に現れたアダチが、聖地巡礼でもしているかのように感動していた。両手を広げ、壁の隙間から降り注ぐ埃混じりの光を浴びている。その後ろで、アマギの手を借りながらリンネが登ってきた。
「ああ、間違いない。資料にあった通りだ」
中央の台座に近づき、触れる。台座の周辺が薄く輝き、透明な操作盤らしきものが投影された。
「はは、わかる。わかるぞ。どうすればいいのかわかる。研究は無駄ではなかった。私のこれまでは、無駄ではなかったのだ!」
アダチが操作盤をいじる。ゴウン、ゴウンと重々しい音が階下から響いた。シャンデリアがゆっくり降りてきて、傘をさらに広げる。
「こっちへ来い、Ri0226N77E」
アダチが彼女の腕を強く引く。よろけつつも、痛みや不平を口にすることなくリンネは彼に従う。引きずられ、台座の上に座らされた彼女は、服をめくり、背中部分を露にする。
「おい、何してんだ。風邪ひいちまうぞ」
「触るな!」
服を着せに行こうとしたユウキを、アダチが腕をつかんで静止した。
「起動実験の邪魔をするんじゃない」
シャンデリアのプラグから赤いレーザーが伸び、リンネの体に赤い点が映る。銃などのアタッチメントにあるレーザーポインターに似ていた。ポインターは、リンネの背中に空いた穴に狙いを定めた。
アダチが操作盤のスイッチを押す。プラグがレーザーに誘導されるようにしてリンネの体に差し込まれる。小さな苦悶の声が彼女の口から洩れた。
「リンネちゃん?!」
「邪魔するなと言ってるだろうが!」
反射的に駆け寄ろうとしたタイチたちにアダチは声を荒げた。
「実験を止めてください! 苦しんでるんですよ!」
「安心しろ、死にはしない。それに、それがこいつの役目だ。このために、今まで生きてきたんだ」
「役目って、あんたなあ!」
「今無理に止めたら、重大な機能不全を起こすぞ。黙って成功を見守っていろ」
その間も、台座やシャンデリアに繋がる配線には光が流れ込む。台座に座る彼女の周囲に、いくつもの記号や数字が映し出された。映し出されては、彼女に吸い込まれていく。
突如、光が消えた。彼女の周囲に浮かんでいた記号類も、配線やシャンデリア、台座に流れ込んでいた光も消えた。
プラグがぐぐっ、と上に引っ張られる。リンネの体も一緒に持ち上げられ、途中でプラグが抜けた。体勢が崩れ、台座から落ちそうになる彼女を近くにいたタイチが受け止める。
「リンネちゃん、しっかり、リンネちゃん!」
呼びかけに応じてか、うっすらとリンネは目を開き、言った。
「あなたは?」
「僕だよ。タイチだ」
「タイチ」
リンネがタイチの顔をのぞき込む。彼女の目が、彼の目と合う。小さな口が開き、何かを言おうとして。
「勝手に触るんじゃない!」
アダチが二人を引き離した。そのせいで声はタイチには届かなかった。
「大量のデータを取り込んだところなんだ。余計な刺激を与えるな!」
「無茶苦茶言いやがる。タイチはリンネを助けただけだろうが」
ユウキがアダチの肩を掴む。触るな、と彼女の手を振り払い、アダチは言った。
「これは私の所有物だ。私の許可なく触れることは許されない!」
「この子は物じゃねえ!」
「いいや、物だ。今、人類の未来に欠かせない膨大なデータとマテリアルの通信機能に入り込む特権を持った、私の財産となった! 貴様らみたいな下っ端が気軽に触れてはならない、最重要機密だ!」
「てめえ」
怒りに拳をわななかせるユウキに気づいていないのか、手を出せないとタカを括っているのか、アダチは妄想を脳内で拡大させていた。
「この功績があれば、一生安泰だ。誰も私をしたにおかない。金も権力も名声も全て私のものだ。Xデイ後、絶望の淵に立たされた人類に希望をもたらした英雄、偉大な科学者として、後世に名を残す」
妄想に、穴が開いた。
「はえ?」
アダチの口から空気が漏れた。それがたまたま声帯を震わせただけで、その声の発露に彼の意思はもはや介在していない。何故なら、彼の頭の半分が吹き飛んでいたからだ。声も、後から遅れて来た轟音によってかき消される。
「全員、しゃがんで物陰に隠れろ!」
血と肉片を浴びても、ユウキはパニックになることなく一瞬でスイッチを切り替えた。足元にいるリンネを抱え、壁際に身を隠した。
「な、何が一体?!」
「銃撃だ!」
まだ混乱しているアマギにタイチが答えた。
「おそらく、あそこ。壁に空いた穴の先から狙ってる!」
タイチが示した先には、彼の言う通り外とつながる穴があり、更にその先には細長いビルが建っていた。襲撃犯はそこから狙ってきたのだ。
「アマギ、この子連れて先に行け!」
ユウキがリンネを担いで彼に駆け寄る。両手でリンネをアマギの肩にかける。
「君はどうするつもりだ」
反射的にリンネを受け取ったアマギが問う。
「あの一発で終わるとは思えない。必ず敵は追ってくる。だが、ここは出入口が少ない。脱出したところを待ち伏せされたら終わりだ。ここで敵をひきつける」
彼女の言葉を証明するように、彼女らの頭上に盛大な火花が散った。敵の第二、第三の銃撃が彼女たちを追い立てる。
「囮になるつもりか。敵の正体も規模もわからないのに」
「だからあんたが先に帰るんだ。すぐにセンサーを起動して、敵の位置や数を把握してくれ」
「しかし」
さらに言い募ろうとするアマギの肩に、タイチが手を置いた。
「大丈夫。僕もいるから。三人の背中は、僕が守るよ」
「はっ、言うようになったじゃねえの」
ユウキとタイチの顔を交互に見て、アマギは決意した。
「すぐに車に戻って支度する。君たちの帰りを待っているから」
まだ意識が虚ろなリンネを両手でしっかり抱え、アマギは階下へと降りていく。同時に、タイチが穴に向かって打ち返す。敵に当てるためではない。敵を誘うための発砲だ。ここにいるぞと主張する。
敵からの射撃が止んで、一分足らず。穴の淵に、何者かの手がかかった。外壁をよじ登ってきたようだ。銃撃がすぐ止んだことからも、敵は少数だと当たりをつける。大勢で大挙していたら、狙撃手がけん制している間に他の者が侵入して、あっという間に制圧されているからだ。
穴を影が潜った。予想よりもはるかに少ない。たった一体の侵入者だ。
配線の影に隠れていた二人は、息を殺し、自分たちを追いつめる敵の正体を見定めようとしていた。汗が伝い、目に入る。それでも、瞑った一瞬の暗闇が、永遠になるかもしれない恐怖と緊張感が彼らの集中力を高めている。だからこそ、彼らは別角度からの刺激に対して、ひどく狼狽した。
「わざわざ来たったのに、出迎えも無し? ひどない?」
そんな馬鹿な。
ユウキの脳裏に疑問と動揺が広がる。この声を、聞き間違えるはずがない。二年間寝食を共にして、共に訓練を潜り抜け、毎日聞いていた声を。
しかし、この場所で聞くはずのない声。何故なら、彼女は怪我を負い、多摩川島で自分たちの帰りを待っているはずだから。
「あんたらが囮てことは、わかっとるよ。わかっててわざわざ来たんやから、顔出しいな」
声の主は彼女の苦悩も心情も知らず、のんきな、独特のイントネーションで二人に呼びかけた。
「何で、あなたがここにいるんだ」
震える声で、タイチは尋ねた。
「何で、て。決まっとうやん」
襲撃犯は、あっけらかんと言った。以前彼に、優しくAチームや依頼のことをレクチャーしてくれた時と同じように。
「ワイルドに仇なす兵器を、滅ぼしに来た」
なんてな、とAチームのスナイパー、アオイは笑った。




