第二十二話
暗闇の中を輸送車は進んでいく。目に見えるのはライトが照らす範囲のみで、他は一切見えない。アマギはソナー、音波の反射による測定で、輸送車の周囲を常にモニタリングしていた。
ソナーの測定で、このトンネルの幅は約十メートル、高さは四メートルほどだと判明した。
「これ、崩れたりしないよね?」
運転席のリコが言った。
「おそらく大丈夫だろう」
モニターを確認しながらアマギが答える。
「トンネル内部には、細かな凹凸が無数に存在する。これは、植物の根が絡み合いながら、トンネル全体を覆っているためだ」
「根っこがトンネルを支えてるってこと? ここ、長さ三十キロあるんでしょ?」
「あり得ない事じゃない。根ではないが、Xデイ以前にも百キロ以上の長さを誇る巨大な植物は存在した。Xデイ後の異常個体に根を伸ばし固める種がいてもおかしくないし、複数の植物による共同制作かもしれない」
「つくづく、私たちの常識は当てにならないわね」
「調べる間もなく、一気に追いやられ、追い落とされたんだ。知らなくても仕方ないさ。だから、僕たちは生き延びて、この依頼で得た全ての情報を生きて持ち帰る必要がある」
下っていた車の傾きが緩やかになり、ついには並行になった。海底に到達したのだろう。ガタガタと不規則なリズムを刻みながら車は進み続ける。
『ちょ、ちょっと、良いかな』
タイチからの通信が入った。センサーには何も反応がなかったが、見落としたのか? アマギたちに緊張が走る。
「どうした。何かあったか?」
緊迫した声で問いかける。
『さ』
「さ?」
『寒い』
「何だと?」
『我慢してたんだけど、もう無理。限界。寒い。一回車内に戻りたい。せめて毛布とか欲しい』
言い終わると同時に、我慢と生理現象のせめぎ合いみたいな中途半端なくしゃみが聞こえた。
「私が代わりに出る」
ため息をついて、ユウキが梯子を登っていく。彼女が天板に出ると同時に、落ちるようにタイチが降りて来た。一緒に冷たい空気も入ってくる。震える両肩を両手でさすり、少しでも熱を得ようとする。海底表面の温度は数度しかない。更に地下に行けば地熱によって温かいが、そこまでの深さでもない。車内にいる自分たちは全く気づかなかった。
「悪い。外気温まで考慮してなかった」
鼻水を垂らすタイチに謝罪する。
「い、いや、僕も我慢できりゃ良かったんだけど、この指じゃ引き金もおぼつかなくて」
エンジン熱を利用して温めたお湯をゆっくり飲み、ほうとタイチは一息ついた。
「助かったよ。温まったら代わるから」
交代したユウキに礼を言う。
『温まるのはいつ頃だよ』
「二時間後かな?」
『到着するだろが』
「冗談だよ」
二十分毎に彼らは監視を交代し、輸送車の安全を守り続けた。その甲斐あってか、特に問題なく輸送車は地上へ向かって登り始める。
旧大島地表に出る瞬間が、尤も緊張を要した。天板にタイチとユウキを配置し、車はゆっくりと斜面を上がりきる。
ごう、と強く湿り気のある潮風が吹いた。
『センサーに敵影なし』
アマギからの連絡が入る。タイチたちも周囲を警戒し、視線を巡らせる。
複数の細長いビルが立ち並んでいた。細長いと言っても一つ一つが島にある中央施設と同等以上の敷地面積はある。ただ立ち並ぶビルの真ん中に、巨大な立方体の建物があり、それと比較してしまうためだ。
『資料によると、通信施設は正面に見える立方体型の建物内部に目標がある。妨害電波があるのか、内部の状況まではわからない。ユウキ、タイチ、先行して周辺の状況確認を頼む』
「了解。タイチ、行くぞ」
「わかった」
建物に近づく。窓もドアもシャッターもない、不思議な建築物だった。側面の一部に人が楽に通れるほどの大きな穴があった。おそらくはワイルドの攻撃によって開けられたものだろう。
ユウキは壁に背中を付けて、穴から中を覗く。敵の姿は見られない。タイチに視線を送る。頷きが返ってきた。中腰で足音を殺しながら中へ入る。その間、彼女の背をタイチが守る。スナイパーライフルを構え、周囲に視線を向けた。互いに背中合わせになり、内部へと侵入していく。
内部は思ったよりも明かりがあった。攻撃によってところどころ開けられた穴や、よくわからない配線が時々光っている。配線の中を、光るネズミが走り回っているようだ。
『こちらアマギ、二人とも、聞こえるか?』
ノイズ交じりのアマギの声が聞こえて来た。
「聞こえてる。通信は、何とか届いてるな。センサーはどう?」
『やはり外からでは何もわからない。今、君たちが持っている通信機を応用して、反響音を使ってマップを作成しているところだ。だが、ノイズを消す必要もあるし、拾える音に限度があるから、君たちが移動している半径数メートル範囲しかマッピングできないと思ってくれ』
フウカならもっといい方法も思いつくかもしれないが。アマギが弱音をこぼす。
「充分過ぎる。確か、資料では中腹辺りに目標の設備があるって書いてあったよな」
『ああ。周囲の配線が全て集約されている、コアと見られる部分がある、と記載にあった』
「そこまで必ず到達するから、マッピング頼んだ」
『任せてくれ。そっちも気をつけろよ』
建物内には、階段や梯子など人間が昇降するための道はなかった。マテリアル側は効率的にこの立方体内部に必要な機能をはめ込んで作られているため、動線が修理や部品交換などに必要な分しかない。時々かなり狭い場所があるが、通れないほどの場所はなかった。先に来たワイルドの連中も同じことを思ったらしく、破壊しながら進んでいたからだ。破壊の跡を追いかければ、必然的に中枢にたどり着くはず。連中の目的も、ここの監視や通信機能を止めることだったからだ。
床も壁もなく広がる配線を踏みしめ、所狭しと積み込まれたコンテナをよじ登っていく。三十分ほど移動しただろうか、少し広い空間に二人は出た。
これまで圧迫感を覚えるほど存在した機械やコンテナ、配線の類が減少し、代わりに中央部に台座があった。少しくびれのある台座は、どことなく盃のような形に見える。盃の真上にはシャンデリアみたいな物が吊り下げられていて、先端に、それこそろうそくを逆さにした形のプラグが盃の方向を向いている。
「アマギ、聞こえるか。こちらユウキ。設備と思われる物を発見した」
報告すると、先ほどより強いノイズが混じりつつも返答があった。
『こちらアマギ、聞こえている。そこまでのマッピングも完成した。周囲の状況はどうだ』
「警戒しているが、敵影は見当たらない。これからアダチ所長を迎えに」
『そんなものはいらん』
アマギの通信にアダチが割り込んできた。
『資料にある通り、敵はいなかったのだろう? 安全確認も済んだ。なら迎えに来る時間も惜しい。こちらから行けばいいだろうが』
『待ってください。念には念を入れて』
『悠長なことを言っている場合か。むしろ、我々の行動に気付いて後から敵が追ってくるかもしれないだろう。ん? どうなんだ』
『その可能性も捨てきれはしませんが』
『なら、さっさと用を済ませて、逃げた方が得策ではないか。貴様も、戦闘の訓練を受けているのだろう? 貴様が案内すればいい。私は、時間の短縮案を提案しているのだ。滞在時間が短くなればなるほど、安全に逃げられるし、島外での活動時間が短くなる。そうだろう?』
アマギのため息が通信機に混じった。
『これより、護衛対象を連れてそちらに向かう。二人はその場に待機して安全の確保』
「危なくなったら、お前だけでも逃げろよ」
『最悪の事態になったらそうする。が、そうなる前に二人で助けに来てくれ』




