第二十一話
―旧伊豆半島東の沖合に大島と呼ばれていた島が浮かんでいる。島には、ワイルドの影響力が強い旧伊豆地域以西を見張るために、マテリアルが観測施設を作っていた。大戦時にはそういった目立つ施設はほとんど破壊されつくしたのだが、司令部の調査によって施設の機能が生きていることが確認された―
ユウキたちが持ち帰ったデータは破損が見られたが、文書ファイルの一部が復元できた。そこには、箱根島司令部が有効利用できる施設のめどを立てていたという趣旨の資料だった。
資料を読み返し、アダチは喝采を上げた。
「ようやく、ようやくだ。私の苦労が報われる。才能と努力が認められる時が来たのだ」
「しかし、危険ではないのですか? 基地や施設など、機能が生きている場所には必然的にマテリアル陣営の敵がうろついているのでは?」
「その敵が少ないから最適とみなされたのだ。あくまで観測施設であって、基地などにある兵士の製造工場は併設されていない。時間の経過とともに敵がいなくなったと考えられえる。マテリアル中枢が滅びたことで、報告する相手もいない。拠点としての重要度が下がっていったのだろう。ほらみろ、ここ。破棄も同然の状態だったとあるじゃないか」
よく読め、とアダチはアマギに資料を突きつける。確かに、資料にはアダチの言う内容が掛かれているが、彼から不安が消えることはなく、むしろ増していた。
敵もこの資料を閲覧したのではないか。ならば、既に破壊しに動いているのではないか、という疑念が沸く。その疑念に対しても、アダチは否定した。
「奴らが閲覧したのであれば、こんな中途半端な壊し方などせず、もっと徹底的にやるだろう。そうすれば、わざわざ海を越えなくとも、ここで全ての手がかりが途絶えるのだからな。残っているという事は、そこまで確認していなかったという事だ」
「しかし」
「目の前に偉大な功績があるのだ。それを無視する事は許されない。それに、拒否権が貴様らにあると思うか? 私の指示は、司令部の指示だ。従わない場合、島にいられなくなるぞ」
「わかり、ました。ただし、少しでも危険を感じたら、即撤退します。納得していただけますか?」
「もちろん、その時は貴様らの指示に従おう」
浮かれ気分のアダチはアマギから離れ、リンネをシリアル番号で呼ぶ。最終調整をするとのことだ。入れ替わりにユウキたちが、ため息をつくアマギに声をかけた。
「ヤマトとゴロウの傷の処置が終わったぞ」
彼女たちはデータの他に、治療に必要な薬品や輸血パックなどの不足していた備品、食料や水等を集めていた。敵の気配がないことを確認出来たため、効率を考えて輸送車を島に誘導。必要な物資を運び込んでいた。
またリコからは、輸送車の部品などを可能な限りかき集めるように頼まれていた。ここまでの走行でタイヤやエンジンにかなり無茶をさせたので点検し、摩耗している部品の交換をしたいという。かき集めた部品を使い、彼女は今も整備に追われている。
「彼らの様子は?」
「小康状態ってやつだ。そっちは?」
「君たちが回収したデータに、アダチ所長の本来の目的地が記されていた。そこまで行けとのことだ」
「私たちが請け負ったのは箱根島までの移動だったはず、という理屈が、通用するわけはないよな」
「ああ。何しろ、あっちは司令部の印籠を持っている。指示に従わない場合、島から追放するとさ」
「狂気の沙汰だな。まあ、目の前に手柄があると分かったら、進まない選択肢はねえか」
これまで冷遇されてそうだし、と横目でアダチを見ながら言う。
「逆に、考えよう」
自分に言い聞かせるようにアマギは言った。
「所長の計画通りに行けば、人類は数百年ぶりに遠距離通信が可能となる。そうなれば今よりも安全、かつ効率的に輸送計画が立てられる。無駄がなくなれば余裕が生まれ、余裕は安心を生む。なにより、遠く離れた誰かとつながっている、一人ではない事実と実感が、希望と勇気を生むと思う」
「ロマンチストだな。Xデイ以前じゃ、その便利な機能が簡単に人を追いつめて殺してたってのに」
「使い方次第だ。どんな道具も。そして人類は、同じ轍を踏まない、学習する生物だと信じたい。この依頼は人類に残された希望、と思い込んでやる」
「私には、人類の未来なんて大層なもん背負えやしないし、背負われる人類も迷惑だろう。あんたに任せる。こちとら目の前の事で手一杯よ」
「君たちはそれでいい。余計な雑念は仕事の邪魔だろう。君たちの仕事が最良になるよう持っていくのが、僕たちの仕事だ」
「でも、一つ質問しても?」
話を聞いていたタイチが挙手した。
「確か旧大島って海の向こうにあるんだろ? どうやって行くんだ?」
人間が使用していた船は、二つの勢力によって破壊しつくされている。Xデイ後は島にひきこもる生活を強いられているから、建造する必要性も回せる物資もない。
「そのことなんだが、これを見てくれ」
アマギがモニターの画面を切り替えた。画面には、旧伊豆地域の地図が映っている。
「ここが旧大島。陸地から最短距離で約三十キロ離れている。次いで、ここに注目してくれ」
アマギがコンソールを操作すると、陸地から旧大島にかけて光るラインが伸びた。
「復元したデータには、旧大島に繋がる地下道の存在が示されていた」
「確か旧大島周辺って、水深が深い場所ばっかりって何かの資料で見たことあるんだけど」
「大戦末期、ワイルド側がマテリアルのセンサーを掻い潜って旧大島にある施設を破壊するために作った物らしい。激戦が繰り広げられ、激戦過ぎてもはや何も残ってなかった、と資料にあった。そこを通る予定だ」
「海底トンネルの一本道なんて、正気? いや、聞くだけ無駄だったね。所長は何を言っても行く気なんでしょう」
「タイチの懸念は尤もだ。少しでも異変を感じたら、すぐに脱出する。この点において文句は言わせない」
「頼りになる」
「本当はお前の仕事だぞ、リーダー代理」
「無茶言うなよ。僕の卒業後の就職先知ってる? パン屋だよ? パン屋にネゴシエーション能力いると思う?」
「そうなのか? じゃあ、この依頼が終わったら、皆で買いに行くか」
なあ、と話を振られ、変なフラグ立てんなよ、とユウキが苦笑した。
海岸線を南下する。過去に屈指の温泉地と呼ばれた旧伊豆半島は、激戦によって巨大なクレーターがいくつも出来しまい、地下水は干上がってしまっていた。今では月面に似た地平を生み出している。唯一、今回にとって利点に働いたのは、度重なる爆撃のせいで海面が隆起して地形が変わり、地図にある海底トンネルまでほぼ直線で移動ができたことだ。昔の地図と照らし合わせると、数キロは短縮できている。
大昔の人は、海風を感じながら車で走ることに楽しんでいたらしい。その気持ちは、わからないではない。顔に当たる、少し湿り気のある風は、人工的に生み出される送風の風と若干違う気がする。ただの気流、含まれる匂いや小さな物質に違いがあるだけと人は言うかもしれないが、実際に外の風に当たれば、きっと皆、自分と同じような感覚を覚えるに違いない。間違いなく危険しかないが、それでも外に出て、陽の光を浴びて、風に当たるのは、心身に好影響を与えると思う。
「あれか」
天板で周囲を警戒していたタイチは、海に浮かぶ島を視界に収める。
「旧大島を目視で確認」
アマギに報告する。
『こちらでもセンサーで確認した。目的地のトンネル入り口まであと三キロほどだ。引き続き周囲の警戒をしてくれ』
「了解」
輸送車がゆっくりと海岸線から離れていく。目的地のトンネルは、海の近くではなく、天城山と呼ばれた山の西側からくり貫かれている。おそらくはマテリアルのセンサーを避ける為だろう。海風は途絶え、代わりに湿度の高い山林を駆ける。整備した輸送車はスタックすることなく凸凹した斜面を登っていく。
敵影は、やはり見当たらない。資料にあった通りだった。
皮肉なもんだ。頭の中でタイチは資料の内容を思い返す。
激戦地で多くのマテリアルとワイルドの兵士たちが争い、果てて来た場所だからこそ、現在旧伊豆半島周辺はどちらの勢力も存在しない空白地域になっている。
ならば人類が移住し島を形成してもおかしくなさそうだが、そんな島の存在は聞いたことがない。
『それは多分、輸送ルートがないからじゃないかな』
リコが彼の疑問に答えた。
『私たちが使っている基本の輸送ルートは、Xデイ以前に存在した国道、主に一号線から十二号線を使用している。この島国は、内地のほとんどが山林で、国道は海岸線に沿って作られていたの。つまり、国道がマテリアルとワイルドの境界線でありメイン戦場だった。ここまでは良い?』
「何とか、過去の記憶と照合してる」
『結構基礎の部分よ? 座学サボってたの?』
まあ良いけど、と気を取り直してリコは続けた。
『旧東京から旧大阪までの各島は、国道一号線付近かつ、水資源が近い場所に作られる。当然のことだけど、輸送ルートもその国道沿いからずれることはほぼ無い』
「ああ、なるほど。旧伊豆半島がルートから外れているってそういう事か。激戦地で水資源は枯渇しているから島を作り難い。仮に作ったとしても、ルートから外れているから輸送依頼を出し難い。結果、資源が乏しくなりやすい」
『どこの島もカツカツだからね。それこそ、今回の依頼で余裕が生まれたら、ここは新たな候補地として選ばれるかもだけど』
『勉強はそこまでだ。間もなく、目的地周辺だぞ』
アマギの声で、意識を外へと向ける。目の前に天城山が鎮座していた。昔の登山道を反時計回りに移動していく。背の高い雑草が生い茂る中に轍があった。一か月以上前に先行調査した箱根島の調査隊が通った跡だろうか。
轍が途切れた先に急な斜面があった。輸送車のライトで照らしても、先が遠すぎて見えない。
『これより、トンネルに入る』
アマギが各員に通達した。
『旧大島まで直線距離で約三十五キロ。敵の反応は無いが、油断しないでくれ』
了解、と全員が返答する。
『出発するわ。振動に気を付けて。特に天板にいるタイチ。振り落されないでね』
「気を付けるよ。出来れば、安全運転でお願い」
『島の外を走っている時点で、安全なんかないわよ』
リコの皮肉に、違いない、とタイチはスナイパーライフルを握りしめる。




