第十八話
箱根島までの道のりは、驚くほど順調だった。これまでの苦労がまるで幻だったのかと思うほど、何も問題が起こらなかった。もちろん良い事だ。良い事ではあるが、何故かタイチの頭からは不安が消えることはなかった。それは、分不相応にも自分がリーダー代理を努めているせいかもしれない。
少し時間を遡る。
「冗談だろ」
自分の耳が緊張の為におかしくなったのかと、タイチは再度アマギに聞き返した。しかし、返ってきた答えは「君がリーダー代理だ」という決定事項だった。
「君の資料には事前に全員が目を通している。最も高い適性がスナイパーだが、空間把握能力や作戦立案能力など、リーダーの適正も基準値を超えている」
「でもそれなら、他にも適性の高い人がいるだろう。それこそアマギとかどうなんだ?」
「一応、僕も適性はある。だが、正直パトロールの作業で手一杯なんだ。良ければ代わるが?」
アマギがモニター画面を親指で示す。マップ情報が画面を埋め尽くしていた。無理だと判断し、丁重にお断りする。
「なら」
タイチは視線をさ迷わせ、リコと視線が合う。
「私は無理だし、適正もないわよ」
更にさ迷わせ、ユウキと目が合い、すぐに逸らした。
「おい。何で私に訊かない?」
「え、適正、あるの?」
「あると思うか?」
「だよね」
空のキャリーケースが飛んできて、みぞおちに直撃する。悶絶するタイチを、キャリーケースの中身だった少女が「大丈夫ですか?」とのぞき込んでいる。
「だ、大丈夫だよ、リンネちゃん」
Ri0226N77Eと名乗った彼女は、現在便宜上リンネと呼称されていた。名づけたのはタイチだった。いざという時、とっさに呼ぶことができないと危険だからだ。リンネも特に拒否もなく「わかりました。本日より、リンネと号します」と受け入れていた。勝手なことをするな、とアダチは怒っていたが、彼女曰く既に登録済みとのことで、今だけの緊急措置と不承不承納得してもらう。箱根島についたら初期化する、とアダチは息まいていた。そんなに勝手に名付けられるのが嫌なら、自分できちんと決めておけばいいのに、と他の面々は内心思ったが、わざわざ音に起こすことはしなかった。
痛みに蹲り、リンネに心配されているタイチの頭上から、アマギは言った。
「スナイパーで周囲の状況を把握し、ユウキと連携を取れる君が、チーム状況を考えたうえで現状、リーダー代理の最適解なんだ」
有無を言わせぬ決定に、唯々諾々と従うしかなかった。平凡なBチームの予備兵が、まさかAチームのリーダー代理にされたなんて、どんな笑い話だ。この絶望的な状況を超えて笑い話にしたいところではあるが。
そんなひと悶着があったわけだが、タイチの心配をよそに輸送車は順調に進み、箱根島まで残り一キロというところまで到達した。
『箱根島にこちらの信号を送るわ』
リコが告げた。こちらの接近を知らせ、隠された入り口を内部から開けてもらう必要があるからだ。だが。
『おかしい』
アマギが訝しむ。信号を発信してから一分以上が経過しても、向こう側からの返信がない。
『リコ、再度送ってくれ』
『良いの? 短い距離しか飛ばない秘匿回線とはいえ、連発すると察知される可能性があるけど』
『とはいえ、開けてもらわないとどうにもならない。接近しつつ、もう一度頼む。タイチ、目視で何か確認できないか?』
「今のところは、何も、ん?」
スコープから覗いた景色に、違和感を覚えた。
「信号を送るの、ちょっと待って」
『どうしたんだ?』
「僕が他の島の情報を知らないだけだったら悪い。何でか、入り口が、見えるんだけど」
報告に、気になったユウキが自分の目で確かめようと天板に昇ってきた。彼女にスナイパーライフルを渡し、方向を指さす。彼の指が示す方向にスコープを向けて、彼女は言った。
「リコ、車を止めて。入り口が露出してる。おかしい」
人間は、マテリアルやワイルドの勢力から隠れて生活している。その居住地は輸送車以上に多くの迷彩が施され、物理的にも隠されているのが当然だ。例えば彼らが住む多摩川島も、入り口は普段地中に隠されていた。
明らかな異変。全員に緊張が走る。停車した車の周囲に二人は素早く迷彩を施していく。
「私とタイチで内部を確認してくる。リコとアマギはここで待機。何か異変があったら、その時は私たちに構わず逃げろ」
『そっちこそ、危険と判断したらすぐに戻れ』
「アマギ、一つお願いしたいことが」
『どうした、タイチ』
「僕たちが戻るまでに、アダチ所長に確認してほしいことがあるんだ」




