第十七話
「あなたの名前は?」
少女から問われ、戸惑いながらもタイチは答えた。
「え、あ、僕の名前は、タイチ」
小さな駆動音が彼女から流れた。
「タイチ、ですね。認証しました」
「君は?」
「私はRi0226N77TE」
「馬鹿者、勝手なことをするな!」
タイチと少女の間に、アダチが割って入る。
「ど、どういうつもりだ! 貴様ら! 事と次第によっては」
「この状況で、よくそんなことが言えますね」
アマギが眼鏡を中指で位置を整えて言う。度入りガラスの奥の目は鋭く相手を見据えていた。
「アダチ所長。これは一体どういうことです。年端もいかない少女をキャリーケースに詰め込むなんて虐待ですよ。もしや、あなたは人身売買を? だから中身を答えられなかった?」
「違う! 私は断じてそんなことはしない!」
「ならこの少女は何ですか!」
「私の研究成果だ!」
開き直ったか、アダチがやけ気味に叫ぶ。
「研究、成果ですって? この少女が?」
「そうだ。各島が分断され、一つの島では物資が困窮する今、貴様らのような運送屋は物資を運搬するうえで重要な役割を担っている。物資そのものだけではない。どこで、何が必要か、という情報も、貴様らが一緒に輸送している。だがそれは、リアルタイムのものではない。数日、場合によっては数か月前の情報の事もある。それでは間に合わない事も多くあるだろう。衣料品や、食料など、生命に直結する物は特にな。各島との情報の共有と連携は、人類が生き延びる上で無くてはならない要素だ。これまで多くの技術者が、遠距離との通信を可能にするべく研究を重ねて来た。だがどれも、失敗に終わった。原因はシンプルだ。二つの勢力がいるせいだ。貴様らの通信機のように短距離であれば電波が届くが、長距離になるほど莫大な電力と電波を発する巨大な設備やアンテナが必要になり、そんなものがあれば当たり前だが化け物どもに察知される。島を繋ぐ配線を引こうにも、当然妨害され、破壊される。このように、二つの勢力が障壁として立ち塞がるからだ」
ならば、とアダチは言った。
「私は発想を変えた。新しく作るのが不可能なのであれば、既に存在する物を流用すればいい、と。目を付けたのはマテリアルの設備だ。奴らは過去の人類が使用していたネットワークを自分たち用に作り変えて使用していた。マテリアルの中枢はそれを使って各地の配下たちに指示を出していたわけだ。その中枢は既に存在せず、各地に残ったマテリアルの残党共は最初に組み込まれたプログラムを忠実に実行しているに過ぎない。ネットワークは誰にも使用されていないのだ」
「まさか、そのネットワークを?」
「その通りだ。今度は我々が有効活用してやろうというわけだ。これなら、ワイルドの妨害の心配はない。電線を引く労力も危険もない。既に島はマテリアルの技術を応用して、島内部限定ではあるが通信技術のノウハウがある。不可能ではないと確信があった。だが、仮説を実証するうえで一つ問題があった。マテリアルのネットワークは、中枢から配下への上意下達という使われ方が主だった。言い換えれば、中枢や上位個体にしかネットワークの使用権限がない。使用するためにはネットワークを使用していい権限持ちの個体だと誤認させる必要がる。一分ごとに変更される暗号を解析するようなものだ。普通ならスーパーコンピューターを使用しなければ出来ないような難題で、しかもただの機械では乗っ取られる危険性がある。そこで、人間の脳をコンピューターに見立てて直接接続し、演算処理出来るような機能を発明した。乗っ取られるリスクも、人間の意思をセキュリティシステムとしてプログラムに組み込んだことで解決できた。人間の意思や思考の複雑さは、どんなファイヤーウォールよりも強固になるという事が実証されたのだ。震えたぞ。初めて、人間はマテリアルを上回ったのだ」
興奮するアダチをよそに、彼の熱の籠った演説を聞いているメンバーは吐き気をもよおしていた。どんなおためごかしを言おうと、彼がやっていることは生きた人間を実験道具にした狂気の研究だ。
「あんた、それでも人間かよ。こんな子どもを実験に使うなんてどうかしている!」
アマギは敬語も敬意も忘れて怒鳴った。払う敬意がもったいないほどだ。だが、アダチは反論した。
「貴様らにそんなことを言う資格はないぞ! 今貴様らが当たり前のように振り回せている剣や銃は、過去に大勢の人間の死体が積み重なって生み出された技術だ。私の研究も、後の世では当たり前のように使用されるだろう。便利だからだ! 人間にとって重要なのは道具が便利かどうかなのであって、生まれた過程にも犠牲にも人は興味を持たない。いや、知っていてなお使用する。それが人間だ!」
「人間云々を議論する気は無いけど、でも、納得が言ったわ」
リコが言った。
「ワイルドの連中がしつこく追い掛け回してきた理由が、この子でしょ。マテリアルの中枢にアクセスできるのなら、それはマテリアルの軍勢を再び動かせる可能性があるってこと。組織だって動くことになれば、ワイルド側からすれば脅威でしかない。その子が持つ何らかの痕跡が、外に出た時キャリーケースから漏れた、いや、違うわね。さっき何もしてないのに勝手にケースは開いた。しかもさっき、そんな時間か、って言ったわよね。定期的に開けなきゃいけない何らかの理由があって、それをワイルドが感知した。だから執拗に追ってこれたのよ」
「そんな重要なこと、黙ってたのか! 襲われたのはあんたのせいじゃないか!」
「責任転嫁とはいい身分だな! 寄り道せずまっすぐ向かっていればそのリスクも防げたはずだろうが。貴様らの責任に変わりはない!」
この依頼の重要さは分かったはずだ。勝ち誇ったようにアダチは言い、ポケットから音声レコーダーを取り出した。
「まだ文句があるなら、こいつを聞け」
再生ボタンを押すと、録音されていた音声が流れ始めた。
『Aチームの諸君。試験の調子はいかがでしょうか』
流れて来たのは機械的な音声、司令部からの指示だった。
『この録音を依頼者であるアダチ所長から聞かされているという事は、おそらく彼の本当の目的を知らされたという事でしょう。皆さんの憤りはわかります。しかし、どうかこの依頼を最後まで完遂していただきたいのです。この依頼は、島の存亡にかかわる、重大な計画なのです。たとえ多くの犠牲を払うことになっても、未来のため、皆さんの子や孫が安心して暮らすために、皆さんの奮闘を期待します』
音声を聞いたタイチの頭によぎるのは、困惑気味の疑問だった。
司令部もグルだった。だが、重大だとか未来のためだとか強調するのなら、なぜベテランに頼まなかったのか。倫理的な問題があったとしても、司令部の権力は強い。指示に従う運送業者はいたはずだ。他にもここまでの話から、何だろうか、この拭いきれない、気持ち悪さすら覚える違和感は。
「司令部の指示に従う義務が、貴様らにはあるはずだ。それすら従わないというなら、貴様らにはもう存在意味がなくなる。戻る場所がなくなるのだ。さあ、分かったらさっさと出発しろ」




