第十六話
「これから、どうする?」
旧伊勢原、旧平塚地域に跨って伸びる細い川辺で、輸送車は停車していた。輸送チームは十重二十重にセンサーと迷彩を施し、ようやく一息つくことを許された。仲間を二人失い、二人が重症、うち一人がこん睡状態でいつ容態が急変するかもわからない。残ったメンバーは今後の計画について話し合いをしていた。試験中の想定外のトラブル解決も試験のうちではあるが、ここまで想定外となったのは、おそらく史上初だろう。
「引き返すしかねえだろ。これ以上は死にに行くようなもんだ」
アマギの質問に、ユウキが答えた。誰も反対意見を述べなかった。質問をしたアマギも、彼女の答えに行きつくことがわかり切っていた。だからこれは、ただの確認事項と、全員の意思を統一する為だけのもの、になるはずだった。
「何を馬鹿なことを言っている」
メンバーからの反対はあり得ない。ゆえに、ここで反対するのはメンバー以外の人間である、アダチだった。
「貴様らは私を無事運ぶことが仕事のはずだ。途中放棄などあってはならない」
「正気か、あんた」
愕然とした顔でユウキはアダチに詰め寄った。
「仲間が二人も死んで、重症者も早く手当しないとまずいんだ。こんな状況で進めるわけねえだろ」
「貴様こそよく考えろ。確か、現在地は旧伊勢原地域だったな」
アダチがアマギに視線を向ける。渋い顔をしながらも、彼は頷く。
「ええ。旧伊勢原市と旧平塚市の境目あたりです」
「多摩川島までの距離と、箱根島までの距離を、それぞれ教えてくれ」
アダチの言いたいことが分かった。少しお待ちください、とアマギは言い、計測する。
「直線距離ですが、多摩川島まで約四十五キロ、箱根島まで三十七キロです」
「ほら見ろ。箱根に行く方が断然近いではないか。貴様らの仲間も救えて、依頼も達成できる。お互い良いことづくめではないか」
「お待ちください。現在は通常使用する輸送ルートを大きく外れています。純粋な距離だけで安全性を測れるものではありません。まだ多摩川島に近づいていく方が既知のルートである分」
「黙れ! 貴様らの言う通りにして、このありさまなんだぞ! 私の忠告も聞かず、身の程もわきまえず勝手に人助けして、罠も見抜けず騙され、間抜けにも殺された。笑い話にもならん。どうして貴様らの失態のせいで、私が迷惑を被らなければならないんだ? 生意気な口を叩いたのなら、最後まで貫くぐらいの気概を見せろ、この役立たず共が!」
「言うじゃねえかこの野郎」
「ユウキ、駄目だ」
彼女がキレて飛び掛かるんじゃないかと身構えたタイチだが、意外にもユウキは、表面上は落ち着いていた。
「ぶち殺してやろうかと思うほど腹の立つ言い方を無視すりゃ、あんたの言う事も尤もだ。確かに私たちは勝手な行動をとった。それこそ、自分たちから予想外予定外を招き入れた。それを棚に上げて依頼人のあんたを糾弾する資格はねえ。私たちの認識の甘さが、この事態を引き起こした」
「ふん、分かればいい」
「また、あんたの言う通り箱根島の方が近いのなら、一刻を争う今は、最初の予定通り箱根島を目指すべきだろうな」
「ユウキ、それ、本気で言ってるの?」
リコが信じられない、といった風に彼女を見ていた。リコだけじゃない、アマギも、タイチも同じ気持ちで、彼女の意図を探ろうと窺っている。対してアダチは自分の意見が通ったことに満足したのか、胸を張り、メンバーたちを見下ろしていた。ようやく依頼者である自分を重視する気になったかと満足げだ。
「今後の行程を安全に進めるために、一つ、教えてくれないか」
「何だ。言ってみろ」
「あんたが持ってるキャリーケース。中身は何だ」
一瞬、アダチに動揺が走った。だが、すぐに気を取り直す。
「応える義務はない。そもそも、輸送する物の中身を知ってどうする」
「あのムカデ野郎が言っていたんだ」
―ワイルドに仇なす兵器は、ここで滅ぼす―
「おかしいと思わないか。言っちゃなんだが、人類はワイルドもマテリアルも歯牙にかけないほど弱い存在だ。だから生き延びられている、ってことなんだが、そのワイルドに属する、自由意志を持つ上位の存在がそう言って襲ってきたんだぞ?」
「どこがおかしいのだ? 自分たちの縄張りに入ってきたから襲ってきたのだけの話だろう。この輸送車や貴様らが使用している兵器は、マテリアルの部品も使用されている。そのことを言っただけではないのか?」
「その可能性は結構低いが、まあいい。なら、始まりの疑問だ。どうしてあの日の夜、私たちの居場所がアオバにばれたんだ?」
ユウキがタイチの方を見て言った。彼がユウキに伝えたこれまでの違和感の正体を、ここで暴くつもりだ。
「これまで迷彩が破られた報告は一度もないんだ。今回に限って偶然ばれたなんてことあり得るか? それにだ。あの蟻の連中が追ってきたのも気になる。完全に、私たちは奴らの包囲網を抜けていた。蟻は余程の理由がない限り、自分たちの持ち場を離れることはない」
「余程のことが、あった、ってことか?」
アマギがぽつりとこぼした言葉に、彼女は頷く。
「私たちはワイルドの対等な敵足りえない。ならば、別の襲われる理由があるはず。原因を取り除かないと、同じ失敗を繰り返すことになる。そこで、だ。あの村で襲撃を受けた時の話を持ち出す。あんた、何で外に出た」
核心に至る指摘を放つ。
「それは、あれだ。ずっと車中だと息が詰まるから」
「不用心にもほどがあんだろ。護衛中だぞ。しかも、その重そうなキャリーケースも一緒に持って出たらしいな。何でだ」
「貴様らみたいな失礼な連中が中を見るかもしれないから」
「車から離れる必要あったか? リコ、確かこいつ、かなり離れたところまで出てたんだよな」
「うん、そう、そうよ! シュウジが担いで走ってきたくらいだから。しかもそのせいでゴロウが怪我したのよ!」
気まずそうに顔を反らすアダチに、ユウキは告げた。
「アオバに場所がばれた原因も、蟻が追ってきた原因も、そのキャリーの中身のせいじゃないかって話なんだよ。以上を踏まえたうえで、キャリーの中身を教えてくれないか。あんたが望む通り、箱根島まで安全に移動するために」
「いや、だからそれは」
「もしかして、それが理由か?」
アダチの言い訳にかぶせるようにしてタイチが言った。
「誰にも触らせないくらい貴重な物なのに、経験豊富なベテランではなく、僕らのような新米を選んだのは。こうなることがわかってたから?」
「ば、馬鹿な。そんなことあるわけが」
必死に否定するが、動揺と、すぐに反論できない事が言葉以上に雄弁に語っていた。
「アダチ所長」
アマギが詰める。
「無事、届けるためです。お願いです。どうか教えてください」
それでも、アダチは渋っていた。元々気の長い人間ではないユウキは、アダチの態度を見て強硬手段に出る。こそこそとキャリーケースに近づく。
「おい、こら、触るな!」
アダチがユウキからキャリーを守ろうと体を大の字にする。が、彼女の方が一歩早かった。
「タイチ!」
掴んだキャリーケースをタイチの方に投げる。突然飛んできたキャリーケースを腹部に受け、悶絶しつつも何とかキャッチし、床に置いた。その瞬間、ぷしゅう、とキャリーケースから空気が吹き出る。
「しまった、もうそんな時間か!」
アダチが焦る前で、キャリーケースは勝手に開いた。
「え?」
タイチは痛みも忘れて絶句した。他のメンバーも驚きを隠せない。
キャリーの中には、子どもが入っていた。長い銀髪が特徴の、十歳くらいの女の子だ。体を折り畳み、綺麗にキャリーケースの幅に収まっていた。病院服のような白い貫頭衣を着ている。
少女の目が開く。ううん、と小さく声を上げ、体を起こす。彼女が起き上がると、背中から配線が伸びていく。どうやら、体に繋がっているようだ。しかし、どう見ても医療用のチューブには見えない。機器の配線のような武骨さがあった。
少女とタイチの目が合う。
「あなたの名前は?」




