第十三話
輸送車に運び込まれたヤマトを横たわらせる。
「車を出してくれ!」
ヤマトの傷口を塞ぎながらタイチが叫ぶ。ガードの二名は外で輸送車の警護、アマギはフウカの代わりにセンサーの操作、リコは負傷したゴロウの代わりに運転し、その彼女をゴロウがフォローしている。
『ど、どっちに行けばいいの?!』
運転席から、リコの泣きそうな声が届く。
『川へ向かえ! そこから富士山ルートに合流する』
「駄目だ!」
アマギの指示を、タイチは止めた。
『何故止める!』
「あいつらは敵だった! アオバにヤマトが襲われたのを見てただろ! 親のイツキから得た情報は罠に決まってる!」
自分たち以外で生き残っている人間の反応は三つ。アオバと、その両親だけだ。これだけ蟻に侵入されて、襲われていないはずがない。なのにまだ生き残っているという事実が、嫌が応にもタイチの言う通りであると証明していた。
『俺もタイチの意見に賛成だ』
シュウジが言った。
『非科学的な根拠を言って申し訳ないが、嫌な予感がする。こういう時の嫌な予感は大体当たるか、もっとひどい状況になる』
『しかし、最も蟻の反応が少ないルートなんだぞ』
それでも食い下がるアマギに、タイチは首を横に振って答えた。
「敵が逃げやすいよう道を開けてくれてるわけがない。追い込み漁と同じだ。本来通るはずだったルートに戻るべき。マトリクスの縄張りまでは奴らも追ってこれない」
『まさか、旧海老名近くまで戻れってのか?! この囲まれている状況で?! しかもその方角は、敵影が多いんだぞ!』
「通られるとまずいから壁が厚いんだ! 頼むから抜けられるルートを探してくれ!」
『クソ、本業じゃないってのに!』
ぼやきつつ、アマギはすぐにルートを再検討する。
「アダチさん!」
隅で震えているアダチに声をかける。
「な、何だ急に」
「手伝ってくれ!」
「馬鹿を言うな! 依頼主の手を煩わせるなど」
「そんなこと言ってる場合じゃないの、見てわかるでしょう! ヤマトが死んだら、この輸送車は立往生するぞ! そしたら依頼どころかあなたの命の保証だって出来ない!」
「くそ、貴様ら、終わったら覚えておけよ!」
「人生終わらなけりゃ何だって良いよ! そこにある救急キットを取ってくれ!」
「チッ、これか」
アダチが救急キットを持って近づき、ヤマトを挟んでタイチの反対側にしゃがみこむ。
「出血を押さえててくれ。ここだ」
「なぜ、私がこんなことを」
ぶつぶつ言いつつ、アダチはヤマトの首の傷口を押さえる。その間にキットを開き、傷口の縫合準備を行う。研修を行い、基礎的な知識があるとはいえ、タイチに本格的な医療技術があるわけではない。キットの中には縫合糸や針、ピンセットなどの処置セットに加えて、3Dスキャナーとゴーグル、第一関節より上がないグローブがある。グローブ内部には電極が仕込まれており、配線はキット本体に繋がっている。スキャナーで傷口をスキャンすると、装着したグローブが半自動で動き、装着者に医療知識がなくても縫合などの処置が可能となる。
ヤマトの傷口をスキャンし、ゴーグルとグローブを嵌める。消毒液を傷口と自分の手にかける。スキャンした傷口がゴーグルに映り、タイチの手を傷口へと誘導する。
「アダチさん、ここをこれで押さえて」
何も言わなくなったアダチに鉗子を渡す。開くように押さえられた傷口に鉤型の針を入れ、血管を縫合していく。余計な糸を切り、血流を再開させる。出血は、止まったようだ。そのまま傷口を塞いでいく。
傷口は塞がった。しかし、ヤマトの顔色は真っ青なままだ。血が足りない。残念ながら、輸血用の血液パックだけでは、失った分には足りなかったのだ。
「ヤマト、しっかりしろ」
『ルート検索完了! 経路を表示したマップをそっちに送る!』
アマギが運転席に向かって指示を出す。
『これがワイルドの領域から脱出する最短経路だ。リコ、頼んだぞ』
『や、やってやるわよコンチクショウ! シュウジ、ユウキ、絶対守ってよね!』
『任せろ。必ず道を開いてやる』
シュウジが答えると、輸送車は運転手の気分を反映したかのように安定した運転で方向転換する。
『こちらユウキ、タイチ。ヤマトの容体はどう?』
「血を止めて、傷は塞いだ。けど、出血が多すぎる。輸血パックも使い切った」
くそ、と彼女が吐き捨てる。
『後はもう、ヤマト自身の気力に任せるしかない』
シュウジが努めて冷静に言った。
『タイチ、お前もフォローに来てくれ』
「わかった。すぐに行くよ」
文句を言うアダチにヤマトを任せ、梯子を上る。天板から外に出る前に、一度ヤマトの方を振り返る。彼は青白い顔で目を瞑ったまま、ピクリとも動かなかった。
天板に上がったタイチは、すぐに周囲を見渡した。付近に敵影は確認できないが、警戒は怠らない。
『輸送車のルートを共有する』
アマギから全員に向けて指示が入る。
『輸送車はこのまま南東方向へ最短ルートで向かう。リコはルートの通り進んでくれ。輸送車の多少の損傷は構わない。生きて、この領域から脱出することを最優先とする。ゴロウはサポートを頼む』
『わかった』『任せとけ』
『進路上に蟻が数体陣取っている。シュウジとユウキ、タイチにはその蟻の排除を頼みたい。あくまで排除であって、完全に沈黙させる必要はない。僕たちが切り抜けられる時間を稼いでくれればいい』
『『了解』』「り、了解」
『敵の位置や現在地は常に共有できるようにする。以上だ。では、各員の健闘を期待する。絶対、皆で生きて帰ろう』
輸送車のエンジンが、返事代わりに唸った。
輸送車が体勢を崩していた蟻に激突する。腹部を凹ませた蟻だが、伸ばした前足が車の縁に引っかかる。足で無理矢理体を車に引き寄せる。木の根によってぼこぼこした地面を弾みながら走る輸送車は、ちょっとした加重で簡単にぐらつく。
『タイチ! 振り落して! 横転しちゃう!』
「わかってる!」
リコからの指示が聞こえる前に、タイチは天板から身を乗り出し、予備のハンドガンを引っかかっている足に向けて連射する。一発、二発と銃弾を浴び、蟻の足は抉れ、削れ、ついには体重を支えきれなくなって千切れた。落ちた蟻はゴロゴロと後方へと転がっていく。
『二時の方向より三体が接近中!』
車の右側から並走する蟻が近づいてくる。タイヤが時々空転しスピードに乗り切れない輸送車に対し、蟻は速度を緩めることなく接近してくる。スナイパーライフルに持ち替え、銃弾を撃ち込んでけん制する。狙いは胴体に比べて細い足だ。一本でも欠損させられれば、速度は落ちる。
何発か撃ち込み、最も手前にいた蟻が前のめりに転倒した。しかし後続の蟻は仲間を踏み越え、更に加速し、飛んだ。威力が高い代わりに連射ができないというボルトアクションの弱点を突かれた形だ。空中にいる蟻に向けて発砲するが、蟻の質量が銃弾の衝撃を上回った。輸送車に飛び移られる。
シュウジとユウキが反応していた。後方にいた彼らは、すぐさま走る車に追いつき、飛び乗る。飛んできた蟻の足を、シュウジが盾で受け、弾く。力を受け流された蟻は、一瞬空中で停止する。
「汚え足で触んな!」
蟻の頭部に、ユウキの拳が叩きこまれた。バン、と車と蟻が反発したように弾かれ、距離が出来る。弾かれた蟻は、後続のもう一体と激突し、きりもみ回転しながら背景から消えていく。
『ちょっと、揺らさないで!』
ふらつく車体をハンドル操作で何とか押さえこんだリコが悲鳴を上げた。
「緊急だったんだよ!」
『だが、その甲斐はあった!』
アマギの声は、少し弾んでいた。
『ルート上にいる蟻は、さっきので全部だ! 追いかけては来ているが、これだけ離せば蟻の速度じゃ追いつけない。このまま逃げ切れるぞ!』
チーム内に喜びと安堵が広がる。
『ワイルドの領域脱出まで、後一キロ、え?』
喜びを届けたはずのアマギの声が、一転、今度は不安を煽った。
「どうした、アマギ」
シュウジが尋ねた。
『まずい、まずいまずい!』
「何だよ、何があった!」
ユウキが怒鳴る。
「なあ、何か」
タイチが耳をそばだてた。
「聞こえてこないか。後ろから」
三人の視線が輸送車が通ってきた道へと注がれる。
『急速に接近する敵影あり! なんだこれ、蟻の反応じゃない! こいつは』
アマギの声は、届いてはいるが三人の頭には入っていない。それよりも強烈な刺激が、三人の意識を奪っていた。
【そっちは教えた方向じゃありませんよ】
先ほど聞いた声だ。だが、先ほど聞いたときは、人の口から発せられた声だった。だが、今、目の前にいるものは、果たして人と呼んで良いのか。
木々の隙間から、それはにゅうっと現れた。無数の足と節がある体をくねらせて、巨大なムカデが輸送車を見下ろしている。ただのムカデじゃない。胴体の途中で三つに分かれ、一本一本に人の上半身があった。さっきまで会っていた、アオバたちだ。
「なん、だ、ありゃあ」
あのユウキですら絶句する禍々しさを放ちながら、ムカデは木々の間を飛ぶように追ってくる。
【逃がさない。逃がさないよ。ワイルドに仇なす兵器は、ここで破壊する】




