第十二話
タイチの目の前で、ヤマトが輸送車から飛び出した。彼は一直線に、助けを求める方向へと走っていく。その迷いのなさは、正直優柔不断なタイチにとってはまぶしく、うらやましい素質だった。きっと、彼はどんな困難な状況であっても助けを求める声を聞き逃さず、応えようと全力を尽くすだろう。生粋のヒーローなのだ。
だが、だからこそ。
「ヤマト、駄目だ行くな!」
叫ぶ。言葉の一音一音が彼に届くまでに、彼は数歩先を進み、その人物へと近づいている。
銃を構える。照準を合わせる。その動作が恐ろしく鈍い。自分の体がこれほど遅いとは。もどかしく思いながら、自分には出来ないことを、出来そうな人間に頼む。
「ユウキ、ヤマトを止めてくれ!」
タイチのただならぬ雰囲気に、ユウキはいつものような悪態をつかずにヤマトの後を追った。
彼らの先にいるのはアオバだった。助けてくださいと、毒蛇の東茶に襲われた時と全く同じシチュエーションで。
タイチの脳内で違和感がほどけていく。
『助けてください』は、別の誰かが近くにいることを前提として発せられる言い方だ。
あの時アオバは、助けてください、と叫んだ。助けて、ではなく。
単純な話、文字数の少ない『助けて』の方が言いやすいし、全力で逃げている時に肺活量を無駄遣いしなくて済む。誰も周囲に見渡らない状況なら、助けてくださいという一文より、助けてを二回、時間を空けて繰り返した方が効率的だ。
輸送車の周囲には、ワイルドにも、もちろんマテリアルにも気づかれないように迷彩が施されてあった。事実、蛇は銃撃を受けるまで気づいていなかった。
ただの人間に気づけるわけがないのだ。ピンポイントで、そこに輸送車があるとわかっていなければ。
新たに浮かぶ疑問。なぜそこに輸送車があるとわかったのか。
組み立てられる。組み立てられていく。今までに浮かんだ疑問が、答えを形作っていく。
ジビエを生で食することなんてあり得ない。なぜなら、毒性の高い細菌やウイルスがいるから、必ず熱処理をしなければならない。なのに、囲炉裏のような火を起こす設備がなかった。
加えてアオバの家は、きちんとした壁がなかった。いくら植物が爆発的に増殖したからといって、急に亜熱帯地域のような定温を保てるわけがない。ここは北半球で、特に旧山梨地域だ。冬になれば雪が降る環境はまだ変わっていないはず。殉教者だからと見過ごしていい違和感ではなかったのだ。だが、殉教者という島の人間からは考えられない生活をしている事実が、自分たちの常識や認識を歪めていた。
一つ一つならば、もしかしたらそうなのかも、偶然の産物と切り捨てられる要素ばかりだ。
たまたま助けてくださいと言葉を使ったのかもしれない。ジビエを生で食べてもたまたま食中毒が発生しなかったのかもしれない。壁がなくても巨大な葉で覆うだけで保温性が保ていたのかもしれない。火がなくても生きてこれたのかもしれない。
たまたま、ワイルドの陣営に見つからずに生きてこれたのかもしれない。
だが、偶然がいくつも重なる偶然があっていいわけがない。
極めつけは、先ほどのフウカが殺されていたという知らせだ。彼女は輸送車、全面を装甲で覆われ、カモフラージュまでされている、島を除けば最も安全な場所にいた。その彼女を殺すには大きく分けて二つハードルがある。誰にも気づかれないように輸送車に入ることと、彼女に抵抗させないことだ。
輸送車にはガードのシュウジをはじめ、四人が残っていた。しかもフウカは警戒、索敵専門の適正であるパトロールで、休憩中でも周囲の警戒を怠っていなかった。証拠に、彼女はモニターの前で死んでいた。死ぬ直前まで、勤めを果たしていたのだ。
仮に輸送車に侵入できたとして、どうやって彼女を悲鳴すら上げさせずに殺せるのか。彼女も複数の適性を持ち、最低限の戦闘訓練を受けている。襲われれば、必ず抵抗しただろう。悲鳴の一つは上げたはずだ。しかも、常に身に着けている強化スーツは、様々な攻撃に対して高い耐性を持つ。簡単に貫けはしない。
だが事実、彼女は無抵抗のまま殺害されていた。
ここで、シンプルな仮説が生まれる。
輸送車の前にはガードがおり、中ではモニターを確認していたフウカがいる。ゆえに、ワイルドやマテリアルが犯人である可能性はかなり低い。察知していれば、必ず他のメンバーに連絡が入ったはずだからだ。
ではここに存在するのは自分たち輸送チームとアダチと村の人間たちだ。
当然ながら、同じチームの人間が犯人である可能性も低い。フウカはチームの要である索敵要員で、彼女の死は依頼の失敗どころか、自分たちの生死すら危うくする。こんなリスクを追う必要がない。
同じ理由で、アダチも犯人である可能性は低い。依頼が失敗して一番困るのは依頼者である彼だからだ。
あり得ないものを取り除いて残ったのは、犯人は村人という結果だ。しかも、見知らぬ村人であればフウカたちは警戒した。だが、彼女は警戒せず、犯人が輸送車に入ることに疑問を抱かなかった。
何故か。それは、犯人は一度輸送車に入ったことがあるからだ。だから、彼女の警戒網に触れなかった。見えているが、見えていない。敵とすら認識されていない。そういう人物が一人だけいる。
タイチが銃を構える。照準の先に、アオバに手を伸ばすヤマトがいた。彼の手がアオバの細い腕を掴み、蟻の追撃から救い出す。
ありがとうございます、とアオバの口が動いた。感謝の言葉と同時に、彼の手が動く。
ユウキも気づく。アオバの手から伸びる、薄い、湾曲した緑色の刃に。
銃弾が、アオバの髪を引き裂いた。軌道上に銃口があった。
事ここに至りながら、タイチは一瞬逡巡したのだ。もし自分の推理が間違っていたら? と二の足を踏んでしまった。
人間は特殊な例外を除き、同族を殺すことにためらいを感じる。
見間違い、勘違い、気のせい、考えすぎ、そういった言い訳や、何かあった時責任が取れないからという保身が、ためらいのブレーキを強く踏んだ。自分の間違いを認めたくない、推理は正しいことを証明したい、そういうエゴとせめぎ合った結果が、中途半端な狙撃を導いた。
つう、と頬から血を流しつつ、アオバは笑った。タイチに対して向けられた嘲笑だった。ヤマトが異変に気付き、アオバから手を放す、その前に。緑色の刃が滑り、ヤマトの首に突き刺さった。
二度目の銃声が響き、アオバの右腕が吹き飛んだ。衝撃でアオバは後ろへ吹き飛び、くるりと宙がえりして着地した。
「てめえ!」
追いついたユウキが、アオバに向かって拳を振るう。彼は避けない。代わりに、彼女たちの間に蟻が割り込んだ。
蟻の外殻に拳がめり込む、が、致命傷には至らず。反対に、蟻の牙が彼女に襲い掛かる。スウェーで躱しバク転で距離を取る。
「邪魔すんなクソ!」
「ユウキ、駄目だ!」
更に追撃し、蹴散らそうとしたユウキを、タイチが止める。止まった彼女に追いすがろうとした蟻に銃弾を浴びせ、けん制する。
「今は、ヤマトの救助を!」
ガリ、と彼女の歯ぎしりが聞こえた。更に飛び退って蟻から距離を取り、血を流し続けるヤマトに駆け寄った。担ぎ上げ、輸送車の方へ撤退する。彼女たちに集まる蟻の群れに向かって銃弾をばら撒きながら、タイチも輸送車へ向かう。
悪態を聞きたいと思ったのは初めてだ。何もなくこちらの指示に従ってくれることが、タイチには恐ろしかった。それは、今の状況がどれほどまずいものであるかを如実に表しているからだ。それでも、今出来る事を、現在から未来にかけて存在する、生き残るための選択肢を選び続けなければならない。
「早く車に運んで! ここから逃げるぞ!」




