第五章:すれ違い続ける二人
あの日から、目が離せなくなった。
見ないようにしても、視線が勝手に追ってしまう。
昼休み。
蒼は、また一人でいた。
誰かと話しているわけでもなく、
かといって完全に孤立しているわけでもない。
ただ、そこにいる。
その距離が、
前よりも、少しだけ遠く見えた。
「……」
関係ない。
そう思う。
そう思わないと、いけない気がする。
でも、
――顔、やばかった
頭から離れない。
「……気のせいじゃないよね」
答えは、もう出ている。
それでも、
“関係ないことにする理由”を探してしまう。
視線を逸らす。
そのまま、何もなかったみたいに時間が過ぎる。
でも、
胸の奥だけが、ずっと引っかかっていた。
放課後。
鞄を持ったまま、立ち尽くす。
帰ればいいだけなのに、
足が動かない。
「……」
――頼ってよ
自分の声が、頭に残る。
少しだけ、震えていた。
――無理だろ
返ってきた言葉も、はっきり覚えている。
胸の奥が、きゅっと締まる。
「……だからって」
小さく息を吐く。
「それで終わりにする理由にはならないでしょ」
自分に言い聞かせる。
“関係ない”って言われた。
“無理だ”って言われた。
それでも、
「……それでも、だよ」
はっきりと、呟く。
それが、答えだった。
鞄を握り直す。
歩き出す。
向かったのは、校舎の外じゃない。
保健室だった。
「珍しいね」
保健の先生が、顔を上げる。
「どうしたの?」
「……ちょっと聞きたいことがあって」
曖昧な言い方。
自分でも、何を聞けばいいのか分からなかった。
それでも、来てしまった
言葉を探す。
「急に体調悪くなることって、ある?」
「あるよ。ストレスとかでもなるしね」
「……じゃなくて」
少しだけ踏み込む。
「走ってる途中で、急に息できなくなるとか」
先生の表情が、わずかに変わる。
「……それは、場合によるね」
言葉を選ぶように続ける。
「軽いものもあるけど、ちゃんと診た方がいいこともある」
胸の奥が、少しだけ冷たくなる。
「……重い、感じ?」
思っていたよりも、声が出ていた。
先生が、少しだけ間を置く。
「可能性としてはね」
はっきりとは言わない。
でも、それで十分だった。
「……そっか」
“何もないわけじゃない”
それが分かっただけで、十分だった。
「心配なら、本人に言ってあげた方がいいよ」
「……言った」
すぐに返す。
「でも、無理って」
沈黙。
「……それでも?」
ぽつりと、先生が聞く。
確認するように。
試すようではなく。
「……それでも」
迷いはあった。
でも、
止まらなかった。
「放っておけない」
それが全部だった。
先生が、少しだけ笑う。
「じゃあ、それでいいんじゃない?」
簡単な言葉。
でも、
それで十分だった。
外に出る。
夕方の空気が、少しだけ冷たい。
そのまま歩き出す。
帰るためじゃない。
ただ、
立ち止まらないために。
同じ帰り道。
見慣れた景色。
でも、
今日は、少しだけ違って見えた。
足を止める。
見慣れた自販機の前。
「……」
あの日のことを思い出す。
言えなかった言葉。
届かなかった気持ち。
「……どうしろっていうの」
あのときの自分。
今なら、少しだけ分かる。
「……どうするか、でしょ」
小さく言い直す。
答えは、もう出ている。
「……逃がさないから」
顔を上げる。
そのまま、
いつもの帰り道を外れる。
ほんの少しだけ、曲がる。
それだけのはずなのに、
やけに遠く感じた。
でも、
足は止まらない。
向かう先は、決まっている。
――蒼の家。
迷いは、消えていない。
それでも、
引き返す理由にはならなかった。
夕焼けの中、
陽菜は、まっすぐ歩き出していた。




