第8話
目当ての店は、王都でも評判のオープンカフェだった。
白いテーブルクロスがかけられたテラス席には、花の鉢植えが並び、柔らかな風が心地よく吹き抜けている。
通りを行き交う人々を眺めながら食事を楽しめる、絶好の場所だ。
私は席に着くなり、メニューを開いた。
「ええと……特製エビカツサンドに、季節のフルーツパフェ。それから、紅茶をお願いします」
「私はコーヒーを」
レオンハルトが注文を済ませると、給仕が恭しく頭を下げた。
「かしこまりました」
料理が運ばれてくるまでの間、私は期待に胸を膨らませていた。
この店のエビカツサンドは、王都でも評判らしい。
新鮮な海老を惜しみなく使い、注文を受けてから揚げるのだとか。
想像するだけで、お腹が鳴りそうだ。
そして、待つこと数分。
「お待たせいたしました。特製エビカツサンドでございます」
テーブルに置かれた皿を見て、私は目を輝かせた。
「わあ……!」
きつね色に焼かれたパン。
その間には、こんがりと揚がった分厚いエビカツが挟まれている。
衣の隙間から覗く海老は、ほんのりと美しい桃色。
たっぷり添えられた特製タルタルソースには、刻んだ卵と香草が混じり、爽やかな香りを漂わせていた。
脇には、細切りのキャベツと薄く切られたレモン。
見ているだけで、口の中に唾液が湧いてくる。
「……いただきます!」
私は両手でサンドイッチを持ち上げ、大きく口を開けた。
がぶり。
サクッ!
まず、トーストされたパンと揚げたての衣が、軽やかな音を立てた。
その直後、ぷりぷりの海老が歯を押し返すような弾力を伝えてくる。
噛むたびに海老の甘みが広がり、濃厚なタルタルソースの酸味が、その旨味をいっそう引き立てた。
衣に染み込んだ油は香ばしく、それでいてしつこくない。
シャキシャキのキャベツが口の中をさっぱりとさせ、次の一口を誘ってくる。
「…………っ!」
私は思わず目を閉じた。
美味しい。
美味しすぎる。
海老が、海老が主役として堂々と君臨している。
パンも衣もソースも、すべてが海老のために存在しているかのようだ。
「んん〜〜っ!」
感動のあまり、声にならない声が漏れた。
「アリア、そんなに美味しいのか?」
向かいのレオンハルトが、微笑ましそうに尋ねてくる。
「はい! すっごく美味しいです!」
「それはよかった」
「この海老の大きさ、見てください! しかも、タルタルソースが絶妙なんです。酸味が強すぎないのに、揚げ物の美味しさを引き立てていて……!」
「……なるほど」
「それに、衣がサクサクなのに、パンと一緒に食べると口の中で一体になるんです。キャベツの食感も最高で……!」
私は夢中で語った。
十年間、戦場で食べていた携帯食料を思い出す。
栄養補給には十分だった。
けれど、食事を楽しむ余裕などなかった。
美味しいかどうかより、必要な栄養が摂れるかどうか。
温かいかどうかより、次の戦いまでに食べ終えられるかどうか。
そんな生活を続けてきた。
だからこそ、今、目の前の一皿を心から美味しいと思えることが、たまらなく嬉しい。
「……アリア」
レオンハルトが、優しく私の名を呼んだ。
「はい?」
「君が幸せそうに食べている姿を見ていると、私まで幸せな気持ちになる」
「……っ」
不意打ちだった。
私は思わず、サンドイッチを持ったまま固まった。
「な、何をおっしゃるんですか!」
「本心だが?」
「そ、そういうことを、さらっと言わないでください!」
「……なぜだ?」
本気でわかっていない顔をしている。
駄目だ。
この人、顔は恐ろしく整っているのに、恋愛方面の距離感が絶妙におかしい。
私は気を取り直し、サンドイッチをもう一口かじった。
……うん。
美味しい。
美味しいものは、すべての問題を一時的に解決してくれる。
少なくとも、今はそう思うことにした。
「レオンハルト様も、食べてみますか?」
私はサンドイッチを少し差し出した。
「いいのか?」
「はい。美味しいものは、分け合ったほうが楽しいですから」
「……そうか」
彼は一瞬だけ目を見開き、それから静かに身を乗り出した。
ぱくり。
「……!」
今度は、レオンハルトが目を瞬かせた。
「これは……」
「美味しいでしょう?」
「ああ。確かに美味しい」
「でしょう!」
私が胸を張ると、彼は小さく笑った。
「君が勧めてくれたものだから、余計に美味しく感じるのかもしれないな」
「……またそういうことを!」
私は頬が熱くなるのを感じ、慌てて紅茶に手を伸ばした。
その様子を、レオンハルトは実に満足そうに眺めていた。
そして、その直後。
「この店を、ヴァルグレイヴ家の御用達にしよう」
「しなくていいです!」
即座に却下した。
美味しいエビカツサンドを食べるために、王都の飲食業界を巻き込まないでほしい。




