第7話
翌日。
私は、王都にいた。
「素晴らしい……!」
馬車を降りた瞬間、思わず声が漏れた。
石畳の大通りには色とりどりの露店が並び、焼きたてのパンの香りが風に乗って漂ってくる。
果物屋には艶やかな林檎や葡萄が山と積まれ、菓子店のショーウィンドウには、砂糖をまとった焼き菓子や色鮮やかなタルトが並んでいた。
行き交う人々の笑い声。
店先から聞こえる威勢のいい呼び込み。
どこからか漂ってくる、香ばしい肉の焼ける匂い。
そして何より。
魔物の気配がない。
「……平和って、素晴らしいですね」
「アリア?」
隣に立つレオンハルトが、不思議そうに私を見下ろした。
「どうした?」
「いえ。こんなにのんびり街を歩けることが嬉しくて」
十年間、私の生活はクランを中心に回っていた。
彼の訓練に合わせて起床し、食事を用意し、体調を管理する。
討伐に出れば、周囲を警戒しながら彼に強化魔法をかけ続ける。
休息時間でさえ、彼が次の戦いで最高の力を発揮できるよう、魔力の配分を計算していた。
街を歩くときも、頭の片隅には常に彼のことがあった。
彼が疲れていないか。
彼の装備に不備はないか。
次の戦いに必要な準備は整っているか。
けれど、今は違う。
私はただ、目の前に広がる街並みを楽しめばいい。
気になった店に立ち寄り、美味しそうなものを見つけたら食べる。
誰かの許可も、誰かの都合も必要ない。
「アリア、そんなに嬉しそうに笑うんだな」
「え?」
「いや……」
レオンハルトは、少し眩しそうに目を細めた。
「君が楽しそうで、私も嬉しい」
……この人は、本当に。
時々、こちらが困るくらい真っ直ぐなことを言う。
「ありがとうございます、レオンハルト様」
「礼を言われるようなことではない」
彼は当然のように答えた。
そして、私の頭上に差していた日傘の角度を、ほんの少しだけ調整する。
「日差しが強い。疲れたらすぐに言ってくれ」
「大丈夫ですよ。十年間、野営生活をしていたんですから」
「だからこそだ」
「……はい?」
「これからは、石ころ一つにつまずくことすら、できれば避けてほしい」
「石ころにつまずくのまで管理するんですか!?」
「君が怪我をする可能性があるなら、当然だろう」
「当然ではありません!」
思わず突っ込むと、レオンハルトは真剣な顔で首を傾げた。
どうやら、本気らしい。
冷酷無慈悲の大公閣下。
その実態は、過保護が服を着て歩いているような男性だった。
「……とにかく、今日は私が行きたいお店に行きますからね」
「もちろんだ。どこへでも付き合おう」
「途中で休憩もします」
「休憩場所も確保しておこう」
「食べたいものも食べます」
「店ごと買い取ることもできる」
「買い取らなくていいです!」
この人に財布を持たせたら、王都の経済が心配になる。
私は深いため息をつきながら、以前から気になっていたカフェを指差した。
「まずは、あのお店です!」
「承知した」
レオンハルトは、嬉しそうに私の歩調に合わせた。




