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「A級聖女と付き合うから、お前は裏方に回れ」と言われたので喜んでパーティーを抜けました。  作者: 茗子


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第5話

「……もう一度だ!」


クランの怒声が、森の中に響き渡った。

目の前には、数匹のゴブリン。

魔王討伐の最前線に現れる魔物としては、決して強い相手ではない。

これまでのクランなら、剣を一振りするだけで片づけていた。

だが。


「ぐっ……!」


振り下ろした剣は、ゴブリンの棍棒に弾かれた。

腕が痺れる。

踏み込んだ足元がふらつく。

呼吸が乱れ、額から汗が流れ落ちた。


「くそっ、どうなっている……!」


クランは歯を食いしばった。

自分の体がおかしい。

いや、正確には、今までと同じように動かない。

いつもなら、どれほど長く戦っても疲労を感じなかった。

敵の動きは遅く見え、攻撃が来る前に体が勝手に反応した。

傷を負っても、致命傷でなければ戦闘を続けられた。

それが、剣聖たる自分の実力だと思っていた。

だが今はどうだ。

たった数回剣を振っただけで、腕が重い。

ゴブリンの動きは思った以上に速く、反応が間に合わない。

そして、体の奥から、今まで感じたことのない疲労が押し寄せてくる。


「……アリア?」


ふと、彼は呟いた。

いつもなら、戦闘の最中であっても、アリアが魔法をかけてくれた。

筋力を強化し、反射神経を高め、疲労を抑え、傷の痛みを和らげる。

彼女の魔法があれば、どんな敵も恐れる必要はなかった。

しかし。


「アリア! どこにいる!」


叫んでも、返事はない。

当然だ。

彼女はもう、ここにはいない。

自分が追い出したのだから。


「クラン! 危ない!」


仲間の声に振り向いた瞬間、ゴブリンの棍棒が肩を直撃した。


「ぐあっ!」


クランは地面に転がった。


「な、何をしているのよ!」


駆け寄ってきたアリスが、慌てて回復魔法を放つ。

柔らかな光が傷口を包み、腫れた肩の痛みが和らいだ。

だが、それだけだった。

失われた体力は戻らない。

鈍った反射神経も、重くなった腕も、元には戻らなかった。


「……どうしてだ?」


クランは自分の手を見つめた。 


「アリス、もっと回復しろ! いつもみたいに、俺を強化してくれ!」


「やっているわよ!」


アリスは苛立った声を上げた。


「でも、あなたの体がおかしいの! 傷は治せても、失った筋力や体力まで一瞬で戻せるわけじゃないわ!」


「そ、そんなはずがあるか! 俺は剣聖だぞ!」


「だったら、どうしてゴブリン一匹に苦戦しているのよ!」


その言葉に、クランは息を呑んだ。

今まで、誰もそんなことを言わなかった。

周囲は自分を英雄と呼び、剣聖と称え、どんな敵も倒せる存在だと信じていた。

自分自身も、そう思っていた。

だが、本当にそうだったのか。


「……アリア」


彼は再び、彼女の名を口にした。

十年間、当たり前のようにそばにいた女。

自分の体調を把握し、装備を整え、戦闘のたびに必要な魔法をかけていた女。

彼女がいなくなった途端、なぜこんなことになったのだ。


「アリアを呼べ!」


クランは立ち上がり、周囲に怒鳴った。


「今すぐアリアを連れてこい! 俺には、あいつが必要なんだ!」 


その言葉に、仲間たちは顔を見合わせた。

今さら、何を言っているのだろう。

つい先ほどまで、彼女を足手まといと呼び、裏方として残るよう命じていたのは、ほかでもないクラン自身ではなかったか。


「……クラン」


アリスが、冷ややかな目を向けた。


「あなた、本気で言っているの?」


「何だと?」


「アリアがいなくなったからって、今さら呼び戻すつもり? あなた、自分で彼女を追い出したんでしょう?」


「うるさい! 俺はただ、あいつに仕事をさせようとしただけだ!」


「仕事?」


アリスは呆れたように笑った。


「あなた、彼女が何をしていたのか、本当にわかっていなかったのね」


「……どういう意味だ?」


「……もういいわ」


アリスは大きく息を吐いた。


「私はあなたが剣聖だから付き合ったの。強くて、将来有望で、英雄として名を残す男だと思ったから」


彼女の言葉に、クランは顔を上げた。


「だが、俺は剣聖だ! 今までだって、何度も魔物を倒してきた!」


「ええ。だから、あなたには実力があると思っていたわ」


アリスは淡々と告げた。


「でも、今のあなたはどう? 自分の力でゴブリン一匹も倒せない。私の回復魔法を受けても、まともに立ち上がれない」


「……っ!」


「私はあなたの介護をするために、恋人になったわけじゃないの」


その言葉は、クランの胸に深く突き刺さった。

彼は初めて、アリアが自分に何をしてくれていたのかを考えた。

戦闘中、どれほど疲れても動けたこと。

どんなに重い剣でも軽々と振れたこと。

敵の攻撃を紙一重で避け、致命傷を負わずに戦えたこと。

すべてが、自分の力だったのだろうか。

それとも。


「……まさか」


クランの顔から、血の気が引いていった。


「アリアが……?」


答えは出なかった。

しかし、彼の心には、初めて明確な疑念が芽生えていた。

アリアがいなくなった。

その瞬間から、自分は別人のように弱くなった。

偶然だと片づけるには、あまりにも出来すぎている。


「……アリア」


彼は呆然と、森の奥を見つめた。

そのとき。


「もう、付き合っていられないわ」 


アリスが冷たく言い放った。


「アリス、待て!」


「あなたの実力が本物なら、いつかまた英雄に戻れるかもしれないわね。でも、私はそこまで待つつもりはないの」


「お前は俺の恋人だろう!」


「ええ。だからこそ、がっかりしたのよ」


アリスは一瞬だけ、寂しそうな顔をした。

だが、すぐに表情を引き締めた。


「私は自分の将来を考えるわ。あなたも、自分の力で何とかしなさい」


彼女は踵を返した。


「待て! アリス!」


クランの声が森に響く。

しかし、アリスは振り返らなかった。

彼女の姿が木々の向こうへ消えると、クランはその場に膝をついた。

肩の痛みが、じくじくと広がっていく。

今まで感じたことのない疲労が、全身に重くのしかかる。

そして何より。

自分を支えてくれていた女が、もうどこにもいない。


「……アリア」


十年間、そばにいるのが当たり前だった。

どんなときも、自分を支えてくれると信じていた。

だからこそ、彼女がいなくなることなど考えもしなかった。

いや。

考えようともしなかったのだ。

彼女がどれほど苦しんでいたのか。

どれほど自分を犠牲にしていたのか。

そんなことに、思いを巡らせたことさえなかった。


「……俺が、悪かったのか?」


呟きは、誰にも届かなかった。

目の前では、ゴブリンたちがじりじりと距離を詰めている。

クランは震える手で剣を握り直した。

まだ、終わったわけではない。

自分には剣がある。

経験がある。

何より、剣聖と呼ばれた誇りがある。

アリアがいなければ何もできないなど、認められるはずがない。  


「……俺は、剣聖だ」


彼は立ち上がった。


「この程度の魔物に、負けるものか!」


再び剣を構え、ゴブリンへと踏み込む。

今度こそ、自分の力で勝つために。

その剣は、確かに以前より重かった。

それでも、クランは戦うしかなかった。

自分が何者なのか。

十年間、何に支えられてきたのか。

その答えを知るためにも。



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