↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「A級聖女と付き合うから、お前は裏方に回れ」と言われたので喜んでパーティーを抜けました。  作者: 茗子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/11

第10話


「……ああ、幸せです」


私は、目の前のパフェを見つめていた。

透明なグラスの中には、瑞々しいメロンの果肉がたっぷりと詰まっている。

その上に、ふんわりと絞られた生クリーム。

薄く焼き上げられたクッキー。

そして、頂上には、宝石のように艶やかな赤い苺が飾られていた。

私は長いスプーンで、メロンとクリームを一緒にすくい取った。

ぱくり。


「……んんっ!」


冷たいメロンから、濃厚な甘みが広がった。

生クリームは軽やかで、果汁の爽やかさを邪魔しない。

そこにクッキーのほろりとした食感が加わり、口の中で絶妙なハーモニーを奏でている。


「美味しい……!」


「それはよかった」


向かいのレオンハルトが、穏やかに微笑んだ。


「アリアが喜んでくれるなら、王都中の果樹園を買い取ってもいい」


「買い取らなくていいです!」


「……そうか」


「そうです!」


私はスプーンを握り直した。

まったく、この人は油断も隙もない。

美味しいものを食べていると、すぐに国土規模の話を持ち出してくる。


「そもそも、私が食べたいのは、このお店のパフェです。果樹園を買い取っても、同じものが食べられるとは限りません」


「なるほど。確かに、料理人の技術も重要だな」


「そういうことです」


「では、店主に感謝を伝えよう」


「普通に美味しかったと伝えるだけで十分ですからね?」


「……善処しよう」


絶対に何かをしようとしている。

私は、じっと彼を見つめた。

レオンハルトは、何食わぬ顔でコーヒーを飲んだ。

……まあ、いい。

今はパフェに集中しよう。

そう思った、そのときだった。


「アリアぁぁぁっ!」


聞き覚えのある声が、通りに響き渡った。

私はスプーンを止めた。

まさか。

いや、まさかね。

こんな平和な午後に、そんな都合よく現れるはずがない。


「アリア! 探したぞ!」


……来た。

私はゆっくりと顔を上げた。

テラス席の柵にしがみつくようにして、ひとりの男が立っていた。

泥で汚れた服。

乱れた髪。

青ざめた顔。

肩には、雑に巻かれた包帯。

そして、こちらを必死に見つめる、血走った目。

クランだった。


「……あの」


私は、できる限り穏やかな声で尋ねた。


「どちら様でしょうか?」


「なっ……!?」


クランの顔が引きつった。


「何を言っているんだ、アリア! 俺だ! クランだ!」


「ああ」


私は、ようやく思い出したように頷いた。 


「元職場の、クラン様ですね」


「も、元職場……?」


「はい。お久しぶりです」


私はにっこりと微笑んだ。

「その節は、十年間にわたる無給の業務委託、誠にありがとうございました」


「ぎ、業務委託!?」


「はい。おかげさまで、先日ようやく契約解除となりました。今は自由の身ですので、どうぞお気遣いなく」


「何を言っているんだ! 俺たちは恋人だっただろう!?」


周囲の客たちが、ざわざわと騒ぎ始めた。

クランは、そんな視線を気にする余裕もないらしい。


「アリア、聞いてくれ! 俺が悪かった!」


彼は、テーブルに手を伸ばそうとした。

その瞬間。


「触れるな」


低く、冷たい声が響いた。

レオンハルトだった。

先ほどまでの穏やかな表情は、跡形もなく消えていた。

紫色の瞳が、クランを射抜く。


「私の連れに、無断で触れようとするな」


「なっ……」


クランは、反射的に手を引っ込めた。

その顔に、恐怖が浮かぶ。

隣国の大公。

戦場で数多の敵を退け、冷酷無慈悲と恐れられる男。

そんな人物が、今、自分を見下ろしている。

クランは唾を飲み込んだ。

だが、すぐにアリアへと視線を戻した。


「アリア! 頼む、話を聞いてくれ!」


「お話でしたら、今お聞きしていますが」


「そうじゃない! 俺は、お前に戻ってきてほしいんだ!」


「……戻る?」


私は、首を傾げた。


「どこへですか?」


「俺のところに決まっているだろう!」


クランは、必死に言葉を続けた。


「アリスとは別れた! 俺が間違っていた! お前がいなきゃ、俺は駄目なんだ!」



「…………」

「頼む! もう一度、俺を支えてくれ!」


私は、ゆっくりとスプーンを置いた。

なるほど。

ようやく理解した。

この人は、自分が何をしたのか、まだわかっていないのだ。


「クラン様」


「……アリア?」


「私が、あなたに何をしていたのか。覚えていらっしゃいますか?」


「もちろんだ! お前は俺の恋人で、俺を支えてくれていた!」


「では、私が何を失っていたのかは?」


「……え?」


「魔力です。体力です。時間です。あなたを支えるために、私は自分の力を使い続けていました」


私は、静かに言葉を重ねた。


「あなたが疲れずに戦えたのも、敵の攻撃に反応できたのも、傷を負いながら戦い続けられたのも、すべて私の魔法があったからです」


「……っ」


「もちろん、あなた自身の努力がなかったとは申しません。剣を振るったのはあなたですし、戦場で危険を冒したのもあなたです」


クランが、わずかに顔を上げた。

だが、私は続けた。


「けれど、その力を自分ひとりの実力だと思い込み、私を足手まといと呼んだ。それが、あなたの間違いです」


「違う! 俺は……!」


「違いません」


私は、はっきりと言った。


「私は、あなたの役に立つことが嫌だったわけではありません。あなたを支えることそのものを、憎んでいたわけでもありません」


十年間。

私は、確かに彼を支えてきた。

彼が剣の腕を磨く姿を、すぐそばで見ていた。

初めて討伐を成功させた日。

仲間に称賛された日。

剣聖と呼ばれるようになった日。

そのすべてを、私は覚えている。

だからこそ、わかる。

クランには、クラン自身の努力があった。

けれど、彼はいつしか、その努力だけですべてを成し遂げたと思い込むようになった。

自分を支える者の存在を、当たり前だと考えるようになった。


「……私は、あなたのために自分の人生を使い続けることを、やめたかったんです」


私は、彼を見つめた。


「だから、あなたが私を必要ないとおっしゃったとき、本当に嬉しかった」


「……え?」


「ようやく、自由になれたのですから」


クランの顔から、血の気が引いていった。


「そんな……」


「あなたがアリス様を選んだことも、私を追い出したことも、もう何とも思っていません。むしろ、感謝しています」


「感謝……?」


「はい。おかげさまで、私は今、自分の人生を楽しんでいます」


私は、テーブルの上のパフェに視線を落とした。

メロンはまだ瑞々しく、生クリームも美しい形を保っている。

よかった。

まだ溶けていない。


「ですから、クラン様」


私は、再び彼を見た。


「もう二度と、私を頼らないでください」


「……っ!」


「あなたが私を必要ないとおっしゃったのです。私はその言葉を、ありがたく受け取らせていただきました」


クランは、口を開いた。

だが、何も言えなかった。


「それとも、あの言葉は嘘だったのでしょうか?」


「違う! あれは……!」


「では、何だったのですか?」


私は、穏やかに尋ねた。


「私を傷つけるための言葉ですか? それとも、本当に私が必要ないと思っていたのですか?」


「…………」


「どちらにしても、もう遅いのです」


クランの肩が、震え始めた。


「俺は……ただ……」


「私は、もうあなたの便利な道具ではありません」


それだけ告げて、私は紅茶のカップを手に取った。

これ以上、話すことはなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。