契約
詰所を出て、数時間後。
陽が傾いて夕方。
僕は再びロックウェル家へと足を踏み入れた。
ウララさんは嬉しそうに出迎えてくれて、バリアキャンセラーを受け取り、ユノの部屋の前へ通される。
「ユノ? いる?」
シーン……
──そうか、結界を張っているんだからノックの音が聞こえないのか。
いくらバリアキャンセラーを持っていても、声は通るワケじゃないから……ノックなしで入ることになるが……
「……いいよね?」
僕はなんとなく嫌な予感がしつつも、ユノの部屋の扉を開けた。
「ユノ。失礼し……」
「……ぁ」
「……」
広がった光景は、お約束というか。
ユノは、着替え中だった。
上半身を服を脱いでいる最中で、まぁ、言ってしまえば、上半身が真っ裸だった。
「ご、ごめん!」
体温が急速に上がるのを感じ、僕は音速で扉を閉めた。
ノックしても意味がないんだから、そりゃこういう展開も予想できなかったわけじゃないけど。
「まさか2日目からこうなるなんて……」
自分の運の悪さに頭を抱えながら、顔を合わせた時にどんな言葉をかけたら良いか必死に頭を巡らせたのだった。
「ごめん……着替え途中に……」
「ご、ごめんね、こっちこそ……変なもの見せて……」
ユノの着替えが終わった頃に、僕は部屋へと再び入った。
お互い謝りながらテーブルに座ってお互い顔を伏せている。
「……」
「……」
──き、気まずい……
く……昔のユノなら「何見てるのよ!」って猛烈に怒って来たと思うけど……今のユノならこういう反応か……
いっそ怒ってくれたほうがまだやりやすい。
──それにしても……
僕の目線は、自然とユノへと向かう。
──ユノ、成長したんだな……
昨日見た時も、今も、ブカブカな服を着ているから、どのような体型をしているのかイマイチよくわからない。
でも、先ほど見た、というか見てしまった身体、プロポーションは凄まじかった。
くびれるところはしっかりくびれていて、そしてなにより、胸のところについている2つの……先ほど見てしまったユノの身体は、6年前とは比べ物にならないほど成長していた。
──いや! よくない本当に! 失敗したばかりだというのにこんなことばかり考えるなんて!
でも考えないようにしようとすればするほど、先ほどの光景が目に浮かんできてしまう。
──だめだ、なんか緊張してきた……
沈黙が場を支配し、どう話を切り出そうか模索していたとき。
ユノが口を開いた。
「か、からだ……」
「へ!?」
──!? か、考えてること気づかれ……!
「お、おおきくなった……ね……」
「……え?」
「さ、サイの体、大きくなったね……」
「あ、あぁ……」
ユノから続けられた言葉に、僕は心底安堵する。
ビックリした。
考えを当てられたのかと思った。
『体が大きくなったのはお互い様ですけどね』というツッコミは腹の底の底に押し込む。
「う、うん……まぁ、騎士学校で鍛えられたからね」
「さ、サイって、き、騎士になったんだ……すごいなぁ……やっぱり訓練とかキツいんだ……?」
ユノは僕の体をまじまじと見つめる。
「うん。でもなんとか卒業できて、今はこの街の警備を任されるようになったよ。昨日は、偶然ウララさんと街中で会って……」
「そ、そ、そっか……だ、だから、この家に来れたんだね……」
──おぉ、思った以上に会話ができている……気がする。
こっち主体で話さなければならないと思っていたのに、まさかユノの方から話しかけてくるとは思わなかった。
「ユノは普段は何をやってるの?」
「わ、私は魔法の研究をずっとしてるよ」
ユノのセリフに、僕は部屋に目を移す。
本棚や床に積み上げられたに大量に積み上げられた魔術の書。
机の上に置かれた薬品。
広げられたノートにはよくわからない記号がたくさん書かれていた。
この部屋から出られなくても、ずっと魔法には触れ合っていたんだな。
「だ、大魔導士には……もう多分なれないけど……外に出られないし……でも、魔法は変わらず好き、だから……」
「……」
大魔導士になれない。
聞きたくなかった言葉がユノの口から出てきた。
「ねぇ、ユノ」
「……?」
ユノの言葉を遮るように、僕は名前を呼んだ。
「今日は頼みがあってきたんだ」
「頼み……?」
「魔法について教えてくれないかな?」
僕の頼みに、ユノは目を点にした。
「魔法を……? どうして……?」
「実戦で使ってみたいんだ」
「き、騎士なのに……?」
ユノは訝しんだ瞳で僕を見る。
確かに騎士は魔法を使わずに戦う人が多い。
魔法を使えない人が多いし、筋力や素早さをあげる支援魔法は、騎士とパーティーを組む魔導士に任せるのが基本だ。
「まぁ、今まで通りパーティーの魔導士に任せてもいいかなって思うんだけど、少しでも自分で使えるようになった方が楽かなって」
もちろん、こんな理由は建前だ。
僕はこの部屋に通う理由を作りたかった。
ユノを、外へ出すために。
「もちろんタダでとは言わないよ。報酬もちゃんと持ってきた」
「……? 報酬?」
僕は用意した箱を取り出して、蓋を開けて差し出す。
「……! こ、これって……」
「そう、お菓子だよ。懐かしいでしょ」
僕が持って来たのはクッキーだった。
チョコチップやジャムサンド、ラングドジャ、ヴィエノワなど、多くの種類のクッキー。
「さ、サイが……作ったの?」
「うん、おひとつどうぞ」
ユノは恐る恐る一つ、クッキーを手に取って、一口齧った。
「……! 美味しい……」
ユノは目を見開いて、優しく微笑んだ。
「あはは、そう喜んでもらえるなら、作った甲斐があったよ」
良かった。
昼間にシュウ先輩がアドバイスしてくれた、『ユノの好きなこと』。
ユノが昔僕のお菓子を美味しそうに食べていたことを思い出した。
必要な材料を買い、家のオーブンで作ってみたのだ。
──久しぶりに作ったけれど、腕は鈍っていなくてよかった。
「どう? 僕に魔法を教えてくれるなら、クッキーだけじゃなくていろんなお菓子を持ってくるし、それ以上の謝礼もするけど……?」
「しゃ、謝礼なんて……! い、いいよ全然、お菓子だけでも……!」
ユノはブンブンと手を振って、顔を赤くして俯いた。
「わ、私は……さ、サイがここに来てくれるだけで、う、う、嬉しい……から……」
「……そっか」
顔を赤くして言われ、僕も少し俯いた。
そんなふうに思ってくれているのは、こちらとしても嬉しい。
「わ、私が、ち、力になれるかどうか、わからないけど……よ、よろしく、お願いします……」
「……! うん! ありがとう! これからよろしくね!」
これでユノと一緒にいる口実ができた。
魔法を教わりたいのは本当だが、1番の目的は、ユノをこの部屋から出すこと。
無理矢理じゃない。
ユノが自分の意思で、この部屋を出ることだ。
そのために、僕はこれからここに通い続けて、まずはユノと新しく関係を築くことから初めていきたい。
こうして僕は、ユノと一つの契約を交わすのだった。




