夜の星
「お、おみぐるしいところを……おみせしました……」
「ううん、こっちこそごめんね、急に押しかけて……」
ユノが魔法で照明を灯すと、部屋の中に柔らかな光が広がった。とはいえ、灯りは控えめで、部屋の隅までは届かない。けれど、僕にとっては十分だった。
さっきまでは黒い影にしか見えなかった少女の姿が、ようやくはっきりと目に映る。
身にまとっているのは、肌に優しそうな柔らかな布地で仕立てられた、ゆったりとした黒の長袖の服だ。袖口は手の甲まで覆うほど長く、小さな手がそのまま服に埋もれている。全体的にだぼっとしたシルエットが、彼女の華奢な体を包み込んでいた。
下はふわりとした、同じく黒のショートパンツに、繊細なレースのついた膝下ソックス。そして足元には、白くてふかふかとした室内用のスリッパ。
6年前は着ていなかった服装だけど、それでも変わらず、黄金の髪とスカーレットの瞳が美しかった。
「ひ、久しぶりだね……サイ……くん」
「……ぷっ、なんで君付けなの?」
「え、え、な、なにか、変……?」
「いや、むかしはずっと呼び捨てで呼んでたでしょ? 『サイ』って」
「え、あ、え、えへへ、そ、そうだったね……よ、呼び捨てで、よ、呼んでいいの……?」
「まぁ、ユノが呼びたいように呼んでくれればいいよ」
「じ、じゃあ……さ、さ、さ……サ、イ……」
「うん」
6年ぶりに見た彼女は、まるで別人のようだった。以前のような明るさはかけらもない。視線も合わない。
それでも、嬉しかった。3年間誰とも会っていなかった彼女が、僕と話をしてくれて。
僕がテーブルにつくと、ユノは布団から這い出て、同じようにテーブルにつく。まだどこかおずおずとしていたが、少なくとも話ができる状態になっている。
「もう、落ち着いた?」
「う、うん……ごめんね、攻撃しようとしちゃって……ひ、ひ、人と会話をしたり、接触できたのが3年ぶりだから……え、えへ、ちょ、ちょっと、嬉しくて、泣いちゃった……」
「……」
彼女の言葉に、返答に詰まった。
3年ぶりに人と接触できて、感極まって泣く……?
どういうことだ? 人と関わりたかったのか……? じゃあ何故引きこもっている?
「……? サイ? ど、どうしたの……?」
「ううん、なんでもない。じゃあ、来てばかりで悪いけど、僕はもう行くよ」
「え……も、もう行っちゃうの……?」
彼女が寂しそうにこちらを見る。
「うん。いったん顔が見れたから、それで十分だよ。」
「そ、そっか……」
シュン……とユノは顔を俯かせる。……この姿も、6年前は見られなかった姿だ。でも、なんだか少し可愛らしく思えた。
「また明日も来ていいかな?」
「……! う、うん! あ、め、迷惑じゃなければ……ぜひ……」
僕の言葉に顔を輝かせたあと、ユノはこちらの顔色を覗き込むように伺った。
「それはこっちのセリフだよ。また押しかけて大丈夫?」
「も、もちろん! い、い、いつでも、来て……」
「ありがとう。じゃあ、また明日」
顔を真っ赤にして言葉を紡ぐユノに手を振りながら、僕は部屋を後にした。
「……」
ユノの部屋の前で、僕は顎に手を当てながら考えた。
──人に、会いたくないわけじゃないのか??
人に会いたくないのであれば、僕に触って号泣するような真似はしないはずだ。とにかく、人に会いたくないから部屋から出てこないという線はとりあえず消えた。
──いや、あの状況を見るに、『部屋から出てこない』のではなく、『部屋から出られない』と考えるほうが妥当か? しかし、何があって……
考えてもわからないことがぐるぐると頭の中を回る。
ため息をひとつついてから、僕は階段を下りてリビングへ向かった。
扉を開けて顔を出すと、ウララさんがテーブルの前に座っていた。
彼女は僕の姿を見るなり、ぱっと立ち上がる。
「サイ君!」
ウララさんは慌てた様子で駆け寄ってきた。必死な顔で体をペタペタと、悪いところはないか確認するように触る。
「怪我はない!? ユノに攻撃とかされなかった!?」
「だ、大丈夫です。怪我はありませんよ」
──心配してくれていたのか。
少しだけ心が温まる。
時計を見ると、まだ15分ほどしか経っていない。けれど、あの部屋での時間は、それ以上に濃く感じられた。
「攻撃されそうになりましたけど、でも、ユノは止めてくれたんです。話もできましたよ」
ウララさんは目を見開き、まるで何か信じられないものを見たような表情で僕を見つめた。
僕たちは椅子に腰かけ、ユノの様子をゆっくりと語った。
部屋の様子。
そして——
僕に触れたときの、あの涙の嵐。
そのことを聞いて、ウララさんも同じように、涙を流していた。
「それじゃあ、僕帰りますね」
僕はすっかり冷めたコロッケが入った買い物袋と、お土産のハーブを持って玄関へ立つ。
ウララさんが見送ってくれた。
「ありがとう……今日、あなたに出会って、本当に良かった」
「……僕の、方こそです」
僕はしっかりとウララさんの瞳を見つめた。
「僕……ずっと、お2人に会いたかったんです。ユノと、ウララさんに。騎士学校から帰省した時、引っ越したって聞いて、もう会えないんだって思っちゃって……いや、黙っていなくなった僕が何を言ってるんだって思うかもしれませんが……」
「サイ君……」
ウララさんは僕の言葉を聞いて、微笑んだ。
「私たちも、サイ君に会いたかった。ユノは、特にそうだと思う」
「……ありがとう、ございます。そうだと嬉しいです」
6年前も、こうして玄関でよく話をしていた。あの時は見上げるくらいの身長差だったけど、今はウララさんを見下ろす立場に。
「また明日も、来ていいですか? ユノと、約束してしまって……」
「……! もちろん!」
ウララさんは素敵な笑顔で笑ってくれた。
──……きっと、僕が。
僕が、ユノをあの部屋から出してみせる。
光ることをやめてしまった、夜の星へと手を伸ばした。




