結界
──部屋から、出て来れない? あの、ユノが?
「な、なんの冗談ですかウララさん……」
「……」
「だ、だって、あのユノですよ? 大魔導士になるって、夢に向かって一生懸命な、あの、ユノが……」
目を閉じずとも、鮮明に思い起こせる。元気一杯で、努力家で、周りを巻き込んで光り輝く、太陽のような少女を。冗談にしか思えなかった。
「今、2階の自分の部屋にいるわ」
それでも、ウララさんは続けた。ウララさんの瞳は、冗談を言っているのではなく、本気の悲しみに満ちていた。
「もう……私も3年くらい、あの子の顔を見れてないの……」
「3年……!?」
僕は思わず立ち上がった。ウララさんが言っていることに理解が追いつかない。
「……さっき、冷蔵庫から音がしたでしょ?」
「は、はい……」
「あれはユノが食べ物をテレポートさせた音なの」
「……たべ、ものをテレポート?」
「食事だけじゃなくて、トイレも、お風呂もそう。体を綺麗にする魔法、物体をテレポートさせる魔法、それらを駆使して、あの子は部屋から出ないで生活しているの」
「……は……」
──なんだ、それは? どうして? なんで?
心の中で必死に否定しても、ウララさんの表情がそれを許さなかった。
受け入れられない。
あの天才が、世界を閉ざしている?
「……どうして」
声が自然とこぼれ落ちた。
僕は頭の中の言葉を吐き出すように、ウララさんにぶつけた。
「どうして、そんなことになってしまったんですか?」
僕がいない間に、いったい何があったんだ。
「それは……」
問い詰める僕に、ウララさんは唇を震わせ、何度も言葉を飲みこんだ。
「……ごめんなさい。詳しくは、話せないの……」
前のめりになった体から急に力が抜けたのか、僕は背もたれに寄りかかった。
なんで?
彼女の笑顔は、まだ脳裏に焼きついたままだ。君は、もっと高みへ登っているのではなかったのか。3人しかいない、伝説の大魔導士。次の伝説は、君じゃなかったのか?
あの輝きは、どこに消えてしまったっていうんだ。
あの天才が、こんなところで引きこもっているという事実。それがなんでか、許せなくて、やるせなくて。
「……この上ですね?」
「……え?」
この上に、ユノが。
「待ってサイ君!」
ウララさんの静止を聞かず、僕の体は動いていた。
階段を上がると、3つ部屋があった。どこがユノの部屋がわからない。でも、関係ない。一つ一つ……
僕が最初の部屋のドアノブに手をかけた瞬間
バヂィ!!!
「……!」
衝撃が走って、手が弾かれた。
「これは……結界……?」
この部屋にだけ、強力な結界が張られていた。僕が困惑していると、ウララさんが震えた声で言った。
「ユノは、部屋に誰も入れないように結界を張ってるの……入ることはもちろん、声も届かないわ……」
「……」
まさか、ここまで……
こんなに外の世界との関わりを拒絶するくらいのことが、君にあったっていうのか……
「サイ君」
振り向くと、ウララさんは真剣な瞳で、僕を見ていた。
「……ユノに、会いたいのね」
「はい」
思うより先に、言葉が出ていた。
「あの子は何年間も人に会ってないのよ? いきなり訪ねたら、もしかしたら動揺して攻撃してくるかも……」
「それくらい自分の身は守って見せます。だてに何年間も騎士学校で修行してないので」
「……」
僕の答えを聞いて、ウララさんは少し目を伏せた。
「ついて来て」
ウララさんは僕に背を向け、階段を降りる。僕も、その背中についていった。
一階のリビングにあった押入れ。その奥の奥に入っていた箱を取り出した。
その中に入っていたのは、緑色の光を帯びた小さな石だった。
「これは……」
「『バリアキャンセラー』よ。これを持っていれば、あの子の作った結界をすり抜けられるわ」
──バリアキャンセラー……聞いたことある。たしか持っていると、対応している結界を素通りできるっていう……
「高名な魔導士に、あの子の結界を解析してもらって、作ってもらったの」
「これを持っていれば……ユノに、会える……」
ウララさんはバリアキャンセラーを僕へと差し出す。
「でも、この石を取るなら、一つだけ約束して欲しいの」
「……はい、なんでしょうか」
「絶対に……『ユノがこうなっちゃった』理由を聞かないで」
「……」
『こう』なった理由。それは部屋から出られなくなった理由ということか。
「あの子も……思い出したくないことだと……思うから……」
「……わかりました」
2階の部屋——その扉の向こうにいる、ひとりの少女の姿が、ぼんやりと浮かぶ。
──ユノ
世界を、自室の中に閉じ込めてしまった幼馴染。
その扉を開けに、僕はバリアキャンセラーを手に取った。




