僕が
僕はダイ先生に事情を説明した。
ユノの現状と、症状、経緯。
インフィニティという組織名は伏せて、不審者に誘拐されて拷問されたということも伝えた。
「なるほど……私も様々な恐怖症を見聞きしてきたが、それほどまでに酷いものは珍しいね」
彼はタバコを一本吸い終え、灰皿に押し当てた。
「その子は人間そのものを怖がる……『人間恐怖症』にかかってしまったのだね。それも重度の」
「……人間、恐怖症……」
「人間恐怖症自体は珍しいものじゃないよ。人付き合いが苦手だったり、人混みが苦手な人間など珍しくもないだろう」
「……でも、それは軽度の場合ってことですね?」
「その通り。部屋から出られない、それも自分の肉親すら怖がる事例は聞いたことがないね。しかし興味深いな。なぜ君だけがその娘に会うことができるのか……」
人間が幽霊や刃物を怖がるように、人間を怖がるようになってしまったら、その人の人生はきっととんでもなく辛いものになってしまうだろう。
「……恐怖症を、治す方法はないんですか?」
「治る、と言いたいが、そこまで酷い人間恐怖症の患者には出会ったことがないのでね。絶対ではないと言っておこう。そして、あともう一つ」
ダイ先生は僕へと手の先を向けた。
「君が、彼女に精神的ストレスを与えずに会うことができる、唯一の人間なのだろう?」
「は、はい……おそらくは」
「ならば、君が治すしかないだろうね」
もう一本、彼はタバコを取り出して、火をつけた。
「私はこの場から離れられないし、その子をここに連れてくるなんてもってのほかだろう? 特に患者が魔法に精通しているのであれば、もし精神的不安に陥った場合は攻撃されるリスクもある。下手なことをしたら、君の身が危険に晒されることになるのだよ」
ダイ先生の目が、僕を見据えた。
覚悟を問うかのような、静かな瞳だった。
「どう思う? それでも君は、彼女の『人間恐怖症』を治したいと思うかね?」
「はい」
僕は間髪入れずに答えた。
ダイ先生の僕を見る目が、眩しいものを見るかのように細まった。
「愛ゆえか……」
「……はい?」
「いやいや、眩しいね。君のように大切な者のために命をかけてくれる人間に、私も出会いたいものだ」
いきなりの言葉の落差にキョトンとするが、ダイ先生はコーヒーカップを持って放った一言に、僕は耳を疑った。
「君に恐怖症の知識と、治療法を教えよう」
「……え?」
「いつまでかかるかわからない。完治するかもわからない。それでもやるというのであれば、頑張りたまえ。協力するよ」
「ま、待ってください。ど、どうして……」
「ん?」
「どうして、そんなことまでしてくださるんですか?」
「『どうして?』おかしな事を言うね」
彼はコーヒーカップを置いて、組んでいる膝に手を置いた。
「恐怖症で苦しんでいる人がいるなら、迷わず助けるに決まっているだろう。僕は、その為に恐怖症を研究してきたのだから」
そう言ってダイ先生は、僕に笑いかけた。
「あ、でも報酬として治療過程のデータは送りたまえ」
「ダイ先生……」
僕は彼に頭を下げた。
「ありがとうございます」
「いいのだよ。さて、それじゃあ、恐怖症の治療法について、教えていこう」
こうして奇妙な研究者の協力を得て、ユノの治療は、始まった。




