恐怖症
休日、僕はユノの家に午前中お邪魔した後、図書館に来ていた。
もちろん、ユノを外へと連れ出すだの方法を探しにだ。
このまま闇雲に外に連れ出そうとしても仕方がない。
何か専門的な知見が欲しい。
「……この辺の本はウララさんも調べたと言っていたな」
古い本はもう探してもあまり意味がないかもしれない。
ということは、可能性があるのはウララさんも目を通していない、最新の情報。
司書さんに案内してもらい、それらしい最新の本を読み漁った。
『呪い』
『悪魔祓い』
『禁呪の魔法』
ユノは別に悪魔が取り憑いたわけでも、呪いの類でもないと言っていたが、近い症状が、あればヒントになるかもしれない。
呪いじゃない、別のジャンルにも手を出さなければいけないだろう。
何十という本を読み漁り、日が傾いていた。
もうすぐ閉館時間。
僕以外の客も少なくなり、司書さんの視線も痛くなってきた。
僕はため息をつき、持ってきた本を元の場所に戻す。
「結局、収穫はほぼ無しか……ん?」
新書の棚の、端も端にあった一冊の本。
それは新書だというのに、誰にも読まれた跡がない、人気がなさそうな本だった。
その表紙には、一言だけ、聞いたことのない言葉が書かれていた。
その単語に惹かれ、ページを試しにめくった。
……
……
……
「すいません」
声の方を見ると、怒った顔をした司書さんが立っていた。
「もう閉館の時間ですが、また後日のご利用をお願い致します」
いつの間にか、時間が過ぎていた。
手元の本を閉じ、表紙に目を落とす。
「すいません、この本借りられませんか?」
見つけたかもしれない。
ユノを治す、手掛かりを。
その本の表紙にはこう書かれていた。
『恐怖症』
図書室を利用して、1ヶ月後の休日。1人で少し遠出をすることにした。
ユノはすごく寂しそうにしていたけれど、こればかりは仕方がない。
帰ったら思いっきり甘やかそう。
図書室で借りた本。
その著者の研究所にダメ元で手紙を送ったら、『ぜひ来てください』と返事をもらった。
馬車に揺られること6時間以上。
王都の隣の街の、外れも外れ。
街の片隅に、小さな家が立っていた。
家には蔦が絡まり、手入れなどは行き届いていない様子だった。
住所を確認し、僕は呼びベルを鳴らす。
すると中からドタバタと、何かが動いたり倒れたりする音が聞こえてきた。
「いやぁこんにちはー!」
白衣を着た、若い男だった。
口にはタバコを咥え、無造作に伸ばされた髪の毛。
「はじめまして、連絡をしたサイ・クロスフィールドです。よろしくお願いします」
「はじめまして! いやぁ入って入って。あ、僕の名前はダイ。よろしくねぇ」
研究所内に入ると、中は予想通りというか、足の踏み場もないくらい散らかっていた。
足元にあるのは大量の紙。
資料やレポート、本などが散乱している。机の上にもだ。
本に、灰皿に、そして人間の脳の模型。
席に促され、ダイさんは台所へ。
「まさか僕の研究所を訪ねてくる人がいるなんて! あ、コーヒーでいいかな? 砂糖は何個?」
「お構いなく……砂糖は大丈夫です。いないんですか? 訪ねてくる人」
「僕はどちらかというと学会では異端児扱いされているからね。君も見たのだろう? 僕の本」
「そうですね……」
『恐怖症』
聞いたことのない病気だった。
でも、その本を読んでいると、内容があまりにもユノの現状と酷似していた。
「それで、本日はその恐怖症について詳しく聞きたいと」
「はい。よろしくお願いします」
僕たちはコーヒーを一口飲んだ。差し出されたコーヒーは、苦かった。
「君は何か恐怖しているものはあるかな?」
ダイさんに質問を投げかけられ、僕は戸惑う。
「恐怖……いきなり言われると、パッと思いつきませんが……」
「じゃあ幽霊はどうかな?」
「まぁ……好きではないですね。絶対に嫌だというわけではありませんが」
「そう、そのように、人間は大なり小なり恐怖を抱えながら生きているものだ。幽霊に恐怖を抱かない人間は少ないだろう。ただ、世の中には通常の人間がまるで怖がらない物を、恐怖の対象として見る人間がいるのさ」
「……怖がらない……物を?」
「例えば……これさ」
そう言って、ダイさんはテーブルに置いてあった瓶を持ち上げた。
中には透明な液体が入っていた。
「……水、ですか?」
「そう、誰もが毎日飲み、生きていく上では欠かせない水! しかし、世の中にはこの水を幽霊のように怖がる人もいるのだよ」
「水を、幽霊のように?」
理解できない感情だった。
本当にそのようなことになったら生きてはいけないと思うが……
「水だけではない。笑顔、ピーナッツバター、風、髭……一般の人間にはなんでもない、日常に普通にある物を極度に怖がる、そんな人間もいるのだ」
ダイさんはテーブルに瓶を置き、タバコを咥えた。
「私はその症状を、『恐怖症』と名付けた」
「……でも、それって『呪い』や『悪魔』の仕業って言われているのが一般ですよね?」
「そう、太古の昔、人間はその恐怖症にかかった人間を『悪魔が取り憑いた』『呪いにかかった』と大騒ぎしたのさ。しかし違う! これは断じて魔法や悪魔の仕業などではない!」
大袈裟に彼は腕を振るい、力説する。
「いったいどうして、その、恐怖症になってしまう人がいるんですか?」
「そうなるトリガーは様々だが、例えば過去に恐ろしい体験をしたとかだね」
「……!!」
「人間の脳というのは現段階の我々では解析不可能なほどまで複雑で、デリケートな物だ。本来そこまで危険ではない物を危険だと強く学習してしまえば、体が勝手にそのものに対して恐怖するようになってしまう。頭の中ではわかっていてもね」
そこまで聞いて、僕の中での仮説が現実的なものになってきた。
ユノは、恐怖症だ。
もちろん、全部を鵜呑みにはできない。
1人の研究者がこう言ってるだけだ。
でも、魔法に精通したユノが『魔法や呪いの類ではない』と言っているなら、可能性はあるだろう。
「……ダイさん」
「なんだね?」
僕は、この人にかけてみることにした。
「聞いて欲しい、話があるんです」




