必要なもの
この町に、私とユノが引っ越して、数ヶ月経った。
ユノは、部屋から出られなくなった。
扉を開けることも、しなくなった。
私はずっとユノの心を治すために一生懸命できることを探した。
病気、魔法、呪い。
専門家の人とも会ったり、本で調べたり。
できる限りのことを。
それでも、何の成果も得られなかった。
『ユノ……失礼するわね』
ノックをして、部屋に入っても、返事はない。
手に持った夕食を、机の上に置いた。
『今日のご飯、ここに置いておくわ……』
私が部屋に入ると、ユノは決まって、布団にくるまる。
私の顔を見ないように、声も聞こえないように。
『ユノ……』
『……!』
私が声をかけると、布団が跳ね上がった。
その隙間から覗かれた目が、私を捉えた。
その瞳は、確かに私に怯えていた。
ユノがいなくなった2年間、無事を祈らない日はなかった。
ユノが無事で帰ってくるなら、私なんかどうなっても良いと思った。
毎日毎日、血眼になって探して、いろんなところに顔を出して、頭を下げて。
ようやく見つけ出して、救い出されたはずなのに。
──どうして、私の娘が、いったい何をしたというの?
こんなに苦しまなきゃいけないことを、ユノがしたというの?
涙が出そうになった。
──私は、苦しんでいるこの子のために、何ができるの?
どうしても、ユノを助けたくて
娘の苦しみを、少しでも無くしてあげたくて
その体を、私の娘を、もう一度抱きしめたくてあげたくて
私は、無意識に、手を伸ばしてしまった。
『……!! いやぁ!!!』
その瞬間、ユノは暴れ出した。
しまったと思った時には、もう遅かった。
私の手を弾いて、手当たり次第の周りの物を私に投げた。
本、枕、布団、ペン。
周りのものがなくなったら、魔法を使って遠くの物を投げつけてきた。
『大丈夫よ! ユノ! お母さんは味方だから! ずっと、ずっと!』
『い゛や゛ぁ!!!』
ボッ!!!
ジュウウウウ!!!
『あぁッ!!!』
私の顔は焼かれた。
ユノの魔法によって。
その様子に我に帰ったかのように、ユノはハッとした。
『あ……ま、ママ……』
『だ、大丈夫よ……このくらい……!』
苦しんではいけない。
この子の苦しみは、こんな痛みよりも何千倍も酷いんだから。
私はユノに向かって、精一杯笑顔を作って見せた。
『お母さんはずっと……貴方の、味方だから……それを、忘れないで……』
「私の過ちは、あの子に、私を、攻撃させてしまったこと」
その声にあるのは、後悔と失意だった。
「私の顔に、あの子が残した傷がついてしまった」
ウララさんは火傷の跡を、そっと撫でた。
「どれだけの高等な治癒魔法でも、治せないと言われたの」
「……! そんな……」
「これからもしあの子が、部屋の外へ出られるようになったとしても、この傷は一生残る。もしあの子がこの傷を見たら、なんて思うと思う? 私と顔を合わせるたびに、どんな気持ちになると思う?」
ウララさんの声が、涙混じりのものに変わった。
「あの子に……合わせる顔がないの……私が、傷を受けてしまったばかりに……」
「……」
そこで、僕は思い出した。
初めて、ユノの部屋を訪れた時、不審者同然の僕に、ユノは攻撃をする寸前で止めた。
僕はよく止めることができたなと思っていたけど、きっと、お母さんを傷つけてしまった記憶があるから、攻撃を止めることができたんだ。
「私には……何もできない……あの子が苦しんでいるのに……声をかけることもできない……触れることも……視界に入ることすら……」
「ウララさん」
涙を流すウララさんの言葉を遮るように、僕は名前を呼んだ。
「約束します。僕が必ず、ユノを部屋の外へ連れ出して見せます」
僕の宣言に、ウララさんは顔を上げた。
「そして、外に出ることができた暁には、堂々と、ユノに会ってください」
「……でも、私の顔は……」
「大丈夫」
顔なんて関係ない。
綺麗な心だった。
顔に火傷を負っても、娘を思い続ける、傷一つない心だった。
「部屋を出た後、ユノが真っ先に望むのは、貴方と邂逅です」
ユノが部屋を出た時、その綺麗な心のままで迎えてほしい。
「その時は、逃げずに、まっすぐユノを見つめて、両腕を広げて、抱きしめてあげてください」
「……!」
「『辛かったね』って、『よく頑張ったね』って……『会いたかったよ』って……『大好きだよ』って、言ってあげてください」
そう、だって……
「ユノに1番必要なのは、あなたのその言葉なんですから」
僕の言葉に、ウララさんは涙を流しながら頷いた。
この3年間、彼女は母の愛を受けることができなかった。
この3年間、この人は娘に愛を与えることができなかった。
娘は母を攻撃してしまい、謝罪にも行けず、自分を責めた。
母は娘に攻撃させてしまい、娘の気持ちを思い、自分を責めた。
それぞれが罪悪感に押し潰されながら、それでも愛に飢えていた。
──この2人を、絶対にもう一度、会わせなきゃいけない。
ウララさんはテーブルの向こう側で泣き続けた。
僕はその姿を、ただただ見守っていた。




