ミス
昨日は結局、夜遅くまで店を梯子した。
朝の仕事ということもあり、遅刻ギリギリになってしまったが久しぶりに人と飲む酒は美味しかった。
仕事を終え、昨日作ったクッキーを片手に、僕はユノの部屋へと入る。
「失礼しまーす」
「……!」
「うわ!」
部屋に入るや否や、僕はユノに抱きつかれた。
「へ? ど、どうしたの? いきなり抱きついてきて……」
「……」
ユノは何も言わない。
力が強くて、体を思いっきり密着されると、色々と当たってしまう。
「ほ、ほらユノ……年頃の娘がそんな男にしがみついちゃ……」
「……」
そこで気づいた。
ユノの体が、震えていることに。
「……ユノ、どうしたの? 何かあったの?」
安心させるように肩に手をかけて、何があったのかを問う。
しばらくユノは黙っていた。
そして
「き、昨日……どこ、行ってたの……?」
震えた声で、僕にそう問いかけた。
「え、ちょ、ちょっと友達……というか、同僚と飲みに……」
「……ほ、ほ、ほんとに?」
ギュウ……と、僕を抱きしめる腕の力が強くなった。
ユノがこんな状態になるなんて予想外だった。
僕と過ごした数ヶ月で、ユノはだんだんと明るくなっていたから。
「……寂しかったの?」
「……!」
ユノの体が、少しだけ震えた。
「ごめんユノ……」
「ち、ちがうの……さ、寂しかったのは本当だけど……で、で、でも、サイに迷惑は……か、かけたく……ない……から……」
ユノは俯いて声を絞り出す。
「ちょ、ちょっと、不安になっちゃったというか……も、もう、あ、飽きられちゃったのかなって、思っちゃって……ご、ご、ごめんね、たった1日だけなのに……毎日来るなんて、約束もしてないのに……こ、こんなんで、不安になるなんて、へ、へ、変……だよね……」
段々と流暢に喋られるようになってきたユノの喋りが、また元に戻ってしまっていた。
その姿を見て、僕は自分のしたことの過ちの大きさがわかった。
僕は、ユノの気持ちを何もわかっていなかった。
「変なんかじゃないよ」
完全に、僕のミスだ。
「毎日来ていた唯一の人間が急に来なくなったら、誰だって不安になると思う。ユノの立場で考えられてなかった」
「……っ!!」
僕にそう言われた彼女は、僕から離れた。
「ち、ちがうの……サイは悪くない……わ、私が……」
「ううん、それに僕は教えてもらう立場なのに、連絡も無しに急に来なくなるのは失礼だったよ。できるなら毎日通うよ。これからは本当にどうしても無理な日は事前に連絡する。だから……」
「やめてっっ!!!!!」
『安心して欲しい』
そう言おうとしたところを、ユノに大声で遮られた。
そこで僕は、ユノが凄く苦しげな表情をしていたことに気づいた。
「ハァ……! ハァ……! や、やめて……」
「ゆ、ユノ……?」
「わ、私……さ、サイの重荷になりたくないの……」
ユノが僕に縋りついた。
あまりの迫力に、背中がドアにぶつかる。
「さ、サイに、き、嫌われたくない……捨てないで……わた、わたし……迷惑かけないから……ちゃんと、するからぁ……」
「……」
なんで、ユノはこうも自分を責めているんだ。
僕に嫌われることを恐れる理由はわかる。
僕がここに来なくなったら、もう話せる人がいない。
ユノは、ここでずっと独りぼっちになってしまう。
だとしても、これは……少し『怯えすぎ』なように思えた。
今回の件は僕が悪い。
それなのに、ユノは自分を卑下してる。
『自分が悪いから、とにかく嫌われたくない』。
捨てられることを恐れている。
3年間、人間関係を断つと人間はそうなってしまうのか? 僕にはわからなかった。
でも……僕がするべきことは、たった1つだろう。
僕は縋り付く彼女の肩に、もう一度手を添えた。
「ユノを重荷だなって思わないよ。ユノを嫌ったことなんて、一度だってないんだから」
「……!」
彼女のことを重荷に思っているなら、僕はここに来ていない。
なんなら、ここに押しかけているのは僕だ。
僕のエゴだ。
「で、でも……」
そう伝えても、彼女の瞳は、まだ不安でいっぱいだった。
「どうしたら、信じてくれる?」
「わ、わかんない……わかんないよ……言葉で言っても、不安が取れないの……き、嫌われて、捨てられることが怖いの……」
「ユノ……」
「……! さ、サイ……」
僕は彼女を抱きしめた。
なるべく、ユノが僕の体温を感じ取れるように。
「大丈夫。僕は、ここにいるよ」
彼女の涙が、僕の首筋に落ちた。
今のユノを安心させる方法なんてわからない。でも、僕にできることは、自分の気持ちを正直にぶつけるだけだった。
長い間、彼女を抱きしめていた。
ユノの体も、少しずつ震えが収まっていくのを感じた。
それを確認して、僕は彼女を離す。
「これでちょっとは、信じてくれたかな?」
「う、うん……」
彼女は頷いてくれた。それでも
「……でも、サイ……じゃあ、なんであの時……」
「……え?」
「……う、ううん、なんでもない……」
何か、僕に言おうとしていたけど、うまく聞き取れなかった。
「ありがと……サイ……」
ユノは笑顔を見せてくれた。そして今一度、僕の胸に顔を埋めた。
「もう少しだけ……このままでいさせて」
「……うん」
僕はもう一度、ユノを抱きしめた。
彼女の笑顔には、まだ陰りがあった。




