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大天才だった幼馴染に久しぶりに会ったら、見る影もないくらい心身ボロボロになっていた件  作者: 平元桜央
第一章 太陽と月

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惨めで、格好悪くて、みっともない

 夕方、川の水でびしょ濡れになった僕たちはユノの家へ帰ってきた。その頃には、魔法協会の人たちの姿はなかった。


「ただいまー!」


「お、お邪魔します……」


「おかえり。あらあら……ずいぶん汚れちゃったのね」


 迎えてくれたのは、エプロン姿の女性――ユノの母、ウララさん。


 黒く長い髪に、穏やかな笑顔。


「お風呂入ってくるー! サイも行くわよ!」


「えぇ……僕は後で……」


「えー、ちっちゃい頃は一緒に入ってたじゃない」


「ふふっ、じゃあサイくんはせめて体は拭きましょう。タオル持ってくるから待っててね」


 ユノとウララさんは洗面所へ消える。


 食品を扱う我が家では、泥だらけで帰るのはご法度。

 だから川遊びの後は、こうしてユノの家でお世話になるのが常だった。


「ごめんなさい……ずぶ濡れで……」


「大丈夫よ。子どもは思い切り遊ばなくちゃ」


 僕は玄関で泥を払い、ウララさんに頭を拭かれていた。


「う、ウララさん……自分で拭けますから……」


「この時間が好きなの♡ お願い、拭かせて」


 お淑やかな笑顔のまま、手を止めない。


 その間も、昼間の言葉が頭をよぎる。


 ――『そんな奴と一緒にいたら、お前の才能が腐る』。


「どうしたの? 難しい顔して」


「……なんで、ユノは僕なんかと仲良くしてくれるのかなって……」


 ウララさんの手が一瞬だけ止まる。


「僕なんか、何の才能もないのに……もっとすごい子といたほうがいいんじゃないかって」


「……あらあら、そんなふうに卑下しちゃダメ」


 ウララさんは優しく目線を合わせる。


「気持ちはわかるわ。親の私から見ても、ユノは天才だもの。気後れするのも当然よ」


「……はい」


「でもね、同い年のサイ君と遊べて、ユノはとっても嬉しいの。才能なんて関係ないのよ」


「……でも、同い歳の子なんて僕以外にも……」


「そうねぇ……じゃあ聞いてみたらどうかしら? 『どうして僕と一緒にいるの?』って。何か理由があるのかも♡」


 僕と一緒にいる理由……そんなものがあるのだろうか。


「それに、あなたはユノのこと、嫌いじゃないんでしょ?」


「……はい、嫌いじゃないです」


「なら、それでいいの。他の誰が何と言おうと、大事なのは二人の気持ちよ」


 ウララさんの言うとおり、僕はユノを尊敬していた。何事にも一生懸命で、才能もあるのに努力を惜しまない。なにより、彼女は優しかった。


 憧れだった。


 でも――憧れだからこそ、隣にいるには眩しすぎた。








「あ、ありがとう……魚を運ぶの手伝ってくれて」


「全然いいのよ! たくさん獲れたんだから、サイのママもびっくりするわ!」


 獲れた魚はユノの家と半分こにして、残りを僕の家へ運んでいた。

 日が沈みかけた砂利道を、クーラーボックスを手に歩く。


『じゃあ聞いてみたらどうかしら? どうして僕と一緒にいるの?って。理由があるのか♡』


 ウララさんの言葉が頭をよぎる。

 ユノが僕と一緒にいる理由……もし本当にそんなものがあるのなら――


「ねぇ、ユノ……」


「あ……」


 僕の言葉を遮るように、ユノが立ち止まった。

 視線の先――僕の家の前に、スーツ姿の男が立っていた。タバコの煙が夕暮れに溶ける。


 ユノを見つけると、男は笑顔で手を振り、こちらへ歩み寄る。


「あー、いた! ユノちゃん! ここにいれば会えると思ったよ!」


 胸元のバッジが夕陽を反射する。魔法協会の紋章だ。


 ユノの表情が固まり、すっと僕の前に出る。


「この間見せてもらった『次元魔法』の論文、素晴らしかったよ! 11歳が書いたとは思えない!」


「あはは、ありがとうございます」


 口では笑っていても、彼女の瞳は笑っていなかった。


「それで――あの話、もう考えてくれたかい?」


「……いえ、まだです。あと、その話は今はしないでください」


 内容は難しくて、僕にはよく分からない。ただ、ユノの声が少し硬かった。


 男の視線が僕に移る。


「君は……ユノちゃんの友達、サイくんだね?」


「え、はい……」


「君も魔法を使えるのかな? 彼女の友達なら、きっと君にも――」


「い、いや、僕は……」


「サイ、行きましょ」


 ユノが僕の手を取る。男を無視し、早足で通り過ぎる。

 男は肩をすくめ、背を向けて去っていった。


「ほんと失礼よね。あんなの、聞く必要ないわ」


「……うん」


 けれど、こういうことは昔からずっと続いていた。








『ユノさんと仲良いんだって? 魔法見せてくれない?』


『なにもできないの? ……あぁ、普通の子はそうだよね』


 魔法協会だけじゃない。街の人たちにも、何度もそう言われた。彼らの視線は、僕を透かしてユノだけを見ていた。そのたびに、僕は自分がただの影でしかないように思えた。


 ユノのことは嫌いじゃない。

 でも――そんな毎日が、僕は嫌だった。







 次の日。僕はあのガキ大将に捕まっていた。


 ドガッ!


「ぐぅ……!」


 人気のない森の入口で殴られる。これも、よくあることだった。ガキ大将が、僕の胸ぐらを掴む。


「なんでお前なんかがユノと一緒にいるんだ?」


「ち、ちがう……僕はただ、魚釣り勝負を――」


「お前、本当に勝ってると思ってんのか?」


「……え?」


「ユノが本気出せば、魔法で魚なんか一瞬で取れるだろ」


「……!」


「遊ばれてんだよ、お前は!」


「……ちがう」


 僕は胸ぐらを掴むその腕を握り返す。


「ユノは、そんな子じゃない」


「じゃあなんだってんだよ!」


「こらーーー!!!」


 怒声が森に響いた。振り返ると、全力で駆けてくるユノの姿。


「サイをいじめるな!」


「チッ……行くぞ!」


 3人は逃げ去った。ユノに勝てないことを知っているからだ。


「……逃げ足だけは早いわね。大丈夫、サイ?」


 差し伸べられた手を、僕は取らなかった。


「……うん、自分で立てる」


「でも怪我してるじゃない! 治すわよ」


 ユノの手が頬に触れると、魔法の光がやさしく包み、痛みが消えていく。


「……どう? 痛くない?」


「うん……ありがとう」


「よかった。大丈夫。またアイツらが来ても、私が守ってあげるから!」


「……」


 彼女は、何でもできた。

 でも、そんな彼女の隣に立つ自分は――


 惨めで、格好悪くて、みっともなくて。


 なにより――


『遊ばれてんだよ、お前は』


 そんな言葉を、もう聞きたくなかった。











 ⸻






 数日後


「サーイー! あーそーぼー!」


 ……


「……? サイ……?」


 僕は、ユノの前から姿を消した。


 さよならも言わないで。

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