母の料理
すっかり夜になって、多少気分が良くなった頃。夕ご飯の時間になった。
部屋から出て、階段を降りる足取りはまだ少し重い。
でも、キッチンから漂う匂いが、それを無理やり前に進ませる。
リビングに入ると、ウララさんはちょうど料理を作り終わった頃だった。
ユノの分だけじゃなくて、なんと僕の分まで。料理を僕はお盆に乗せて、ユノの部屋へと運ぶ。
僕もウララさんのご飯を食べるのは本当に久しぶりだ。
6年前、家にお邪魔した時に何度かご馳走になったことはあった。
正直魔力酔いのせいであんまり食欲は湧かないけれど、それでも久しぶりのウララさんの手料理にテンションが上がる。
ユノと向かい合ってテーブルに座る。
目の前には、量が少し多めのオムライス。
ユノの、大好物だった料理だ。
そして、デザートとして僕が作ったクッキーも用意している。
「じゃあ、いただこうか」
「う、うん」
「いただきます」
香ばしい匂いのオムライスを一口食べる。
「美味しい……!」
ウララさんの料理の腕は、あの頃のまま。
本人はユノにご飯を作らなくなって、久しぶりに作ったから美味しくないかも……と心配していたけれど、そんなことまったくない。
6年前、僕とユノとウララさんの3人で、時折食卓を囲んだ風景が、一気に思い出される味だった。
僕も体調的に食べられるかどうか怪しかったけど、これならば余裕で食べられそうだ。
「すっごく美味しいよ! ユノ!」
僕がユノの方に視線を向けると、ユノは手を付けようとはしなかった。
「……食べないの?」
僕の声に、ユノは驚いたように手を振る。
「ご、ごめんね、でも……なんか、目が離せなくて……」
──それはそうだ。3年ぶりの、お母さんの手料理だもんな。
「気持ちはわかるけど、せっかくの料理が冷めちゃうからさ」
「……うん」
彼女はスプーンを手に取り、オムライスを一口すくい、口へと運ぶ。
「……」
彼女は何も言わない。
ただ、静かに噛んでいる。
次の瞬間、彼女の手が震えた。
そこから先は、手が止まらなかった。
何口も何口も、よく味わうように噛み締めていた。
「ぅ……」
彼女の目から涙が溢れた。
「……ぅ……ご、ごめんね……食事中、なのに……」
「大丈夫だよ。久しぶりのお母さんの手料理なんて、そうなるよ」
彼女は、なんどもなんども頷いた。
温かいオムライスをスプーンに乗せたまま、涙が止まらなかった。
「もう……2度と食べられないんだって……思ってた……そんな食べ物を今日、2つも、食べることができたんだよ?」
「……? 2つ?」
「ママの料理と、サイのお菓子……」
「……!」
僕の作ったお菓子も、涙の理由に入っていた。
そのことに、僕は驚いた。
母親の料理と同じくらい、僕のお菓子のことが好きだったとは思わなかった。
「ありがとう……サイ……ありがとう……」
彼女は泣きながら僕にお礼を言った。
「もしよかったら……毎回持ってくるよ」
僕のその言葉に、ユノは涙を拭いながらかすかに笑った。
「ありがとう……でも、こんなに美味しいもの毎日食べてたら、太っちゃうかも……」
「じゃあ、運動もしないとね。室内でできるものでもいいからさ」
「……うん」
食事が終わるまで、彼女の頬を伝う雫が乾くことはなかった。
その姿は、どこか前を向いているようにも見えた。




