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第二十四話

「おっ。これは気に入ったかも。」


 呆然と立ち尽くす私とうらはらに、優花は笑顔で試着室から出てくるのであった。赤いミニスカートは怖いくらいに似合っていた。白すぎず、ほどよく日焼けした細い足に見事に赤が映えている。 

 

 「うん。似合ってる。」 


 私はそう言って頷いた。


「どうしたの静羽?ぼーっとしちゃって。」 


 優花はそう言って私の瞳を見つめる。 


「いや。片思いって大変そうだなって…。」 

  

 なに最低なこと言っているんだ。原因は私にあるのに。 

 

「なーに?心配してくれてるの?」 

 

 優花はそう言うと笑顔を見せた。 


「いいの。駿が私に振り向いてくれなくても。でも、一つだけ知りたいことがある。」 


「なに?」 

 

 一瞬だけ彼女と目があったが、視線をそらさずにはいられなかった。 


「彼にあんな笑顔をさせるのは、誰なんだろうな。」 

  

 優花は鏡に映る自分を見つめていた。 


「知ったら辛くならないの?」 


「悔しいけど、きっと駿が選ぶのだからすごい人なんだよ。」 

 

 加えて優花は「さあ、このスカートはお買い上げだ!」と言い切って試着室に戻っていった。 

 

 それが私だったとしても、優花はそんな態度をとるのだろうか? 

  

 無事にスカートを手に入れると、その後は付き合ってくれたお礼だとか言ってクレープを奢ってもらった。糖度が高めのチョコと甘酸っぱい苺がちょうど良い組み合わせになっていて結構美味しかった。



 帰りの電車の中で私は考える。


『君たちが将来、恋だとか愛だとかを理由に命令を聞かなくなったら困るからな』


 白衣を着た中年のおじさんの言葉がよみがえる。


 「ずっと駿を見ていたから、気づかなくていいことに気づいちゃうんだよ」


 うつむいた優花が思い起こされる。


 窓から見える夕日はゆっくりと沈んでいき世界から色がなくなっていった。


 まあ、全部どうでもいいか。

 私は恋愛にむいてないから。 



 ■■■


 「今日の放課後、一緒に帰らない?」


 駿から連絡が来たのは火曜日の昼だった。今日はどちらも部活があるため、同じくらいの時間に帰れるとは思うのだが。あまり気が乗らなかった。

 

好きかどうかわからないままでは合わせる顔がない。


 「何か用事でもあるの?」


 私はお弁当を食べながら送信する。普通の彼女なら「もちろん」とか「嬉しい」とか絵文字を付けて送るのだろう。でも今の私はそんな気分ではなかった。


 「ごめん。忙しい?」


 駿から返事が帰ってくる。


 「全然!一緒に帰ろう!」


 どうせ、ほんの数十分ですむ事だ。ビジネススマイルは特技なんだから。


 部活を終えて校門を出ると、駿は塀に寄りかかって私を待っていた。

  

「お待たせ。待った?」

 

 「全然。行くぞ。」

  

 そう言うと駿は今日も、人のいない道に私を誘導した。

 

 

「なあ、どうだったか。検定は?」


 駿はそう言った。

 

 一瞬、何の話だかわからなかったが、すぐに数学検定の話だと理解した。

 そういえば昨日の夜に合格通知が届いていたんだっけ。 

 

「もちろん受かってたよ。駿は?」

 

「ああ。もちろん合格だ。問題は得点だな。」

  

 望むところだ。私の点数は10点。11題で11点満点なのだが、満点ではなかったので残念だ。 

 

「せーのでいくぞ。」 

  

 私は頷く。  

 

 せーの 


 「10点!」「8点。」 

  

 ということは私が勝ったのか。 

 

「私の勝ち。あードーナツの気分だな。」 

  

 あえて棒読みで呟く。 

 

「…。まさか静羽に負けるなんて。しょうがないな。一つだけだぞ。」 

  

 そう言った駿と目が合って笑った。

 彼の瞳に写る自分の姿を見てわかった。 

 好きとか、定義がわからないとか関係ない。私は駿と一緒にいたいのだ。 




「最近ね、すごい難しい問題を見つけたの。」 

 

 コンビニに寄った後、私はドーナツを頬張りながら呟いてみた。 

 

「なんだ?またミレニアム懸賞問題でも解いてるのか?」 

 

 私は首を横に振る。 

 

「違うよ。まあ、人によっては懸賞問題よりも簡単なのかもしれないね。私にとっては懸賞問題よりずっと難しいけど。」  

  

 そして私は続けた。

  

「『好き』の定義を証明したくて。」


 駿を見上げると目が合った。やっぱり、引かれたか…? 

 

「定義の証明か。個人的な意見だけど、『定義の証明』って証明の中でも一番難しくないか?」 

 

 それは私も同感だ。学校で教えてもらう合同や相似の証明は、習った定義を利用して結論を導く。それ自体はとても簡単で、肝心の「利用する定義」を証明する方が難しいのだ。


「まあ、好きが定義できないなら嫌いの定義もできない。つまり答えが出るまで、静羽が俺と別れる理由もないな。」

 

 駿は口角を少しだけ上げ悪い笑顔を見せる。この顔はやっぱり気に入った。

 それにしても見事に学術的な束縛だ。


 私は駿を見上げる。

 

「駿は答えが出ているの?」


「…。数学において、ある時は最も醜く、ある時は最も美しい答えかな。」

 

 数学的に証明できるのか。私も駿にいじわるしよう。

 

「その解を私が正しいと認めるまで、駿も嫌いの定義はできない。つまり駿にも、私と別れる理由はない。」


「まあ、仮説は棄却されるもんな…。了解だ。」


 会話の趣旨はそこらのカップルと変わらないのだが、良い意味で内容が気持ち悪い。

 二人で目が合って、また笑うのであった。

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