その8
「誠おにいさんが時間にかき混ぜられて、危ないことになっているかもしれないといういこと?」
奏子が聞くと紗由は「うん」と答える。
「みんな、紗由ちゃんに従いましょう。紗由ちゃん、どうすればいいか指示して」
真里菜が言うと、紗由はこくりと頷いた。
「まず、史緒ちゃん。“ぶら下がりハンモック”と書をしたためて下さい」
「“ぶら下がりハンモック”…?」
「テントみたいなハンモックよ。一度に3人は乗れるわ」
「ああ…はい」
「それを西園寺の人間が、さっき恭介君の下に潜らせたバウンド版を作った要領で現実化し、みんなで井戸の中に降ります。順番はまず、私、翔ちゃん、にいさまの3人。次にまーくん、まこちゃん、華音ちゃんの3人」
「紗由…俺が原因なんやとしたら、俺が先に入ったほうがええのんちゃうか?」
「翔ちゃんより私のほうがいろいろ察知する能力は高いわ。翼くんにすぐに連絡もできる」
「翼くんにか?」
「翼くんはここにいて下さい。中の様子を思念で記録して、もし私たちが時空の変化に巻き込まれたと感じたら、これを井戸に巻いて時空を戻してください」
紗由は天人から採った血液サンプルの容器を渡した。
「これは…」
「翔ちゃんの血を飲んだ天人くんの血液です」
「わかった」頷く翼。
「その次に降りるのは?」奏子が聞く。
「充くん、奏子ちゃん、まりりんの3人。充くんが妙な気配を察知したら、奏子ちゃんの石と、まりりんの鼻で確認。奏子ちゃんは翼くんに連絡して」
「はい」
「次は…大地くんと史緒ちゃんと咲耶ちゃんの3人。誠おにいさんに何かあったら、もちろん大地くんの“癒”の力を使ってください。必要な道具は史緒ちゃんが書で下ろして、咲耶ちゃんが“印”を押して確実なものにして下さい。それを私たちが現実化します」
「はい」
「最後は恭介くん。やってもらうのは…秘密!…じゃあ、始めましょう!」
「え? えーっ」
恭介が口を差し挟む間もなく、史緒が書をしたため始めた。
* * *
井戸は、直径2メートル弱。広い割には中が見渡せない。
紗由たちは、それを、深さがあるからだと理解していたのだが、意外なことに深さは数メートル程度だった。おかげで全員降りるにも、そう時間はかからなかった。
しかも降りた空間は20畳ほどの広さがあった。
つまり、直径2メートル、底が5メートルほどのフラスコ状になった空間だということだ。
「最初にのぞき込んだ時には、もっと深い感じやったのにな」
「あ、あれ!」
恭介が指をさしたその先には、シルクハットが落ちていた。
充が駆け寄り確認する。
「これは…血?」
赤いしぶきに染まっているシルクハット。
「まりりん! 匂いを確認して!」
紗由の指示で急いで確認する真里菜。だが困惑の表情が浮かぶ。
「変わる…一秒単位で匂いが変わるわ…判断できない」
「奏子ちゃんの石はどう?」
「…封じられてる」奏子。
「そんなことができるのは誰?」
「四辻、西園寺、一条…それぞれの今の宮と先の宮…あとは龍くんなら多分できる」
「僕じゃないよ」苦笑いする龍。
「じゃあ、にいさま。360度、壁に穴開けて」
「じゃあって…」困惑する龍。
「にいさまがやらないなら…まこちゃん、来て!」
「はーい」駆け寄る真琴。
「にいさまほどの力は出ないかもしれないけど、まこちゃんがやって、私が増幅器になれば、8割がたOKのはず」
「じゃあ、まーくんも入れれば100%になるかも」
真琴が聖人を手招きした時、紗由の後ろの壁が崩れ、穴が開いた。
「まーくん、仕事早いわね」
「僕じゃないよ」
「僕でもない」憮然とした表情の龍。
「わかったわ。せっかく穴が開いてくれたんだから、とりあえず行きましょう」
穴に進もうとする紗由の腕を翔太が掴む。
「俺が行く」
「さっきも言ったでしょ。私の方が察知する力が高いって」
「そりゃそうやろ」にいっと笑う翔太。「でも俺は俺なりに考えたんや」
「何を?」
「俺が時間をどうこうする力をもろたとすれば、3歳の時、池で溺れそうになった時や。青龍さまは時を戻して俺を助けてくれたんや思う」
「翔ちゃんはその時、一回死んじゃったってこと!?」
「想像やけどな」
「でも…理屈じゃなくて、腑に落ちるわ、その説明」
「でな、思たんや。俺は人やモノの“ぴかぴか”、感情のオーラのようなものが見える。時間や空間の“ぴかぴか”も、見ようと思えば見えるんちゃうかって」
「時空の“ぴかぴか”ねえ…」上を向き考え込む紗由。
「穴ん中がぐちゃぐちゃになっとるんやったら、それを整理整頓すればええやろ」
「わかったわ。じゃあ、翼くんに同行してもらいましょ。昔、みんなでやった「玉入れ」と同じ要領よ。彼に法則性・規則性を発見してもらえば効率がいいはず。えーと…」
「今、呼びました。すぐ降りてくると思います」奏子が微笑む。
「じゃあ奏子ちゃん。代わりに上で記録係をお願い」
「わかりました」
「待て、紗由。翔太がまた死んでもいいのか」
龍は紗由の正面に立った。
* * *




