その6
シーンとしたまま、井戸の中の様子に耳をそばだてる一同。
「僕、助けに行ってくる!」
恭介が井戸の淵によじ登る。
「ちょっと、危ないわよ!」
真里菜が恭介の腕を掴むが振り払う恭介。
その時にバランスを崩した。
「恭介くん!」叫ぶ真里菜。
「…っと、危ない危ない…」
充が恭介の腕を掴んでいる。
だが、ずるずると滑っていき、手首のところで止まった。
「くっ」
充の両脇から、恭介の体を掴む龍と翼と大地。
しかし、服の素材がつるつるで、3人の手がうまく体をつかめない。
「ちょっと我慢して!」
紗由が叫びながら右手を前に差し出すと、聖人、真琴、華音も瞬時にそれに倣う。
4人で十字を築くと、靄のようなものが、その中央から湧き出て、井戸に入り、恭介の下側に回った。
「それを蹴って上がって!」
恭介は言われた通りにすると、体が上に出て、そこをみんなで引き上げた。
「あ、ありがとう…」
「ふう。よかったでござる」
「よくありません! 誠お兄さんを心配するのはわかりますけど、恭介くんが落ちて行っても、足手まといになるだけですから!」
珍しく声を荒げる奏子に、恭介は涙声でごめんなさいとつぶやいた。
「まーくん。私、やっぱりよくわからないわ」
「男女の友情って、きっとそんなものなんだよ、まこ」
「でも…心配だよ」
恭介がしょんぼりと言うと、翔太の胸元から羽童がふわりと舞い出た。
「しばらく時間がかかるが案ずるでない」
羽童の言葉に、少し安堵した様子の恭介。
「時間つぶしに何しようかしら」
ポケットからキャンディを出して食べる紗由を見ながら、真里菜が言う。
「ねえ、紗由ちゃん。前にも言ったけど、ポケットにたくさん物を入れると服のラインが崩れておしゃれじゃないわ」
「えへへ」
真里菜の叱責から逃れるためか、龍に話しかける紗由。
「ところで、にいさま。何で彼に翔ちゃんの血をあげたわけ!?」
「おばあさまの指示だ」
「何で?」
「どこから話せばいいのかな…」考え込む龍。
「いつの時点での俺の血なんや?」翔太が質問した。「まりりんちゃんが瞬時に思い出せないちうことは、今の俺の血とは思われへん」
「確かに」うなずく紗由。
「子供の頃だよ。おそらく、おまえが初めて青龍さまを見た時あたり」
「初めて…」
翔太は記憶をたどった。
* * *
3歳になったばかりの翔太は、清流旅館の庭でボールを転がして遊んでいた。
強く蹴ったボールはどんどん転がって行ってしまい、翔太は慌ててそれを追いかけた。
ボールを池の手前で止めようとしたとき、翔太は足を滑らせ、池に落ちてしまった。
気づいた光彦が慌てて池に向かって走ってくる。
ぶくぶくと体が沈んでいく中、手足をばたつかせる翔太。
息が苦しくなってきた時、体を下から何かに支えられ、上から翔太の顔の周りにシャボン玉のような膜ができた。そのおかげで息が楽になる。
“大丈夫だ”
翔太が、声の方向を見ると、顔の周りの膜の向こうに青い龍の顔があった。
“かみさま…”
翔太の意識はそこで途切れ、気づいた時には病院のベッドに横たわっていた。
その後のことで思い出せるのは、目を開けた時に見えた、泣いている鈴音の顔と、心配そうな光彦と飛呂之の顔だった。
その一件以来、池の周りには柵が作られ、池も少し土を入れて浅めにしつらえられた。
以降、翔太が遊んでいる時、時々その青い龍は姿を見せ、翔太に話しかけるようになった。
翔太は幼心に、神様が友だちになってくれたとうれしく思った。
だがどうやら、その神様の姿は両親にも祖父にも見えていない。そのことに気付いたのは、もうしばらくしてからのことだった。
* * *
その当時のことを思い出しながら、自然と微笑んでいる翔太を見て、龍は言った。
「いい思い出なんだな」
「ああ…。極上の遊び相手やったわ。けど、そんときの俺の血、どうやって採ったん」
「…病院、行ったんだろ?」
「そん時か!」翔太は笑った。
「つまり、おばあさまは翔ちゃんを青田買いして、血液サンプルまで採っておいたってこと?」
紗由が眉間にしわを寄せると、翔太も苦笑いする。
「勘弁やなあ」
翔太が言うと、原っぱを覆っていた結界が解けた。
「え?…あ…」かなり驚いている龍
紗由は龍の様子に怪訝な顔をする。
「何をそんなに驚いてるの? 誠おにいさんが解いたかもしれないじゃない」
「あ、ああ…」
「龍にいさまが驚いていることと、悠ちゃんがここにいないことと、関係あるの?」
唐突に華音が聞く。
「何でも悠ちゃんなんだな」引きつった笑いの龍。
「…確かに華音ちゃんの興味の99%は悠斗くんで出来ているけど…言われてみると、メンバーの集まり具合からして、ここにいないのって不自然」
「ここに来る前、悠ちゃんにも進おじさまにも連絡がつかなかったの。それってお仕事中ってことでしょ?」華音は龍に詰め寄る。
「進子おねえさんは、24時間ほぼ仕事中だよ。あの、おばあさまに仕えているわけだから」
「まあねえ。“命宮”のお仕事は大変ですもの」
「そうか…そういうことね…紗由ねえさま! 私、わかっちゃったかも!」
華音は真剣な顔でつぶやくと、紗由の両手を握った。
* * *




