その4
「追い出されたって聞いたのに…」
紗由が腕組みして見つめる相手は、多治見天人だった。
「蒼也が追い出されたのは本当だ。彼から必要なものはすべてもらってあるからね。もう用無しだ」
「あなた…日本語不自由なのね。おばあさまのところに置いて、情報収集させた上で回収するつもりなんでしょ。そういうのは追い出したって言わないわ。潜入させたって言うのよ」
「まるで敵扱いだね」
「小さい頃のトラウマかしら…幼稚園児を誘拐して研究材料にしようとしたのや、多治見総研は」
「それは昔のバカどもの仕業だ。僕たちはもっとスマートに人間の脳とその力を研究している」
「ふうん。私には“命”の力に頼ろうとして、それを奪う方法を画策しているようにしか見えないけど」
「華織さんが自分の血液サンプルを敵に渡すと思うかい? しかも、“輸血も飲むのもご自由にどうぞ”なんてメッセージ付きだ」
「おばあさまの思考を分析できるのは神様くらい。自称神様には無理よ」
紗由の言葉に、一瞬、紗由から目を反らす天人。
「おーい、紗由。おまえもやってみろや。おもろいで、このゲーム」
翔太が部屋の隅から声を掛けてくる。
「んもう! 翔ちゃんもにいさまも、何でこんなところでゲームなわけ?」
口をとがらせながら二人に近づく紗由。
「面白いからだって言ってるじゃないか、翔太が」
龍の言葉で画面をのぞき込む紗由。
「普通のダンジョンじゃないの?」
「何かに似てると思わないか?」
「えー?」
しばらく画面を見ていた紗由が言った。
「これ…イマジカの…」
「“D”のパクリやな」
“D”というのは紗由と龍の叔父、西園寺賢児の会社で発売しているソフトだ。
人工知能による心の病の予防診断システムで、五感すべてに訴えるヒーリング要素とカウンセリングスキルを導入しているものだ。
「人聞きの悪いことは言わないでくれ」天人が大股で歩いてくる。
「賢ちゃんと玲香ちゃんの愛の結晶のような商品やからなあ。玲ちゃんにばれたら、えらいことなるで」
「だよなあ。僕は、怒らせてはいけない人間TOP2は、うちのかあさまと玲香ちゃんだと思ってる」
「あんさん、やってもうたなあ…」気の毒そうに天人を見る翔太。
「格段に進歩させてある内容だ。比べないでもらいたい」
「原作者への感謝の心はあったほうがええで、何かと」
「そうよね」紗由がギロリと天人を睨む。「盗人猛々しいわ」
「……」ムッとする天人。
「それはさておき…」龍が天人に微笑む。「その血液サンプル、どうするんだい?」
「もちろん、分析…」
天人が言いかけた時、紗由がサンプルをひょいと奪い取り、窓にかけて行った。
「あ…」
窓を開け、ニッコリ微笑む紗由。
「落としちゃおうかなあ」
「や、やめろ!」
窓に駆け寄り、紗由からサンプルを奪うと、ふたを開け飲み干す天人。
「…けっこう、不用意に人が持ってきたもん飲むんやなあ」
「毒だったらどうするのかしら」
「おばあさまに呼ばれるんじゃないの。解毒剤あげるから、全部持参しなさいって」
のほほんと意見を言い合う三人に、天人は言い放つ。
「どうせ飲むつもりだったんだ」
「ご感想は?」
天人の右肩に、いつの間にか現れた蝶がふわりと止まったのを見て微笑む紗由。
「…体が暖かくなってきたよ」
「それは何かの前兆なのかしら?」
「より、神に近づくための準備期間だ」
「ふーん。神って、元から神であって、後からなるものでもないと思うけど…」
紗由の言葉を聞いているのか、聞いていないのか、とろんとした目でソファに座り込んだ天人は、そのまま眠り込んでしまった。
彼の肩に止まっていた蝶は、その口元から針を表すと、彼の首筋から血液を抜き取った。
「採取完了」龍がつぶやく。
「にいさま、記憶を封じておかないと」
「そうだな」龍は天人に両手をかざす。
「なんや、騙したみたいで申し訳ないな」
「彼の自発的な行為に責任はとれないわ」
紗由は、ソファにあったブランケットを彼に掛けると、小さく「さようなら」とつぶやいた。
* * *
30分後、3人は鉄線で囲まれた原っぱにいた。
「これって…」顔をしかめる紗由。
「最後のスポットは一筋縄では行かなそうだな…」苦々し気につぶやく龍。
その傍らで、翔太は胸元のポケットから羽童を取り出し、質問をした。
* * *




