その3
龍と翔太が帰った後、翼は頭の中を整理していた。
“龍と翔太に二つの記憶がある時間があること、これは青龍さまの件と関係があるのだろうか。時間を操る能力…今まで僕たちの周囲にはなかったはずだ。いや、華織さまにはあるのかもしれない。だが…”
その時、奏子が部屋に入ってきた。
「おにいちゃま、龍くん、来てたの?」
「おまえ、まりりん並みに鼻がきくな」
思わず笑う翼に、奏子は難しい表情で石を差し出した。
「それは…おじいちゃまの石…?」
「そう。いろいろ伝えて来たの」
奏子は、石との会話を翼に伝えた。
* * *
奏子は、清流旅館でのミステリーツアーに出かける際、何となく持って行ったほうがいいような気がして、祖父・四辻奏人の形見の石をバッグに入れた。
帰ってきてからも、何か石が気になって仕方がない。
“浄化が足りないのかしら…”
“そうではない。おまえと話がしたかっただけだ”
石は祖父の声で奏子に語り掛けてきた。
“おじいちゃま!”
“一条の“命”は、おまえたち一行の記憶を一部封印した”
“どうして?”
“黄龍さまにまつわることだったからだ。簡単に言えば、一条は西園寺に借りを作った。だがそれは、今返すという類のものではない。何十年か後に一条は西園寺に借りを返す”
“その時のためにとっておきたいから、今、片がついては困るということ?”
“さすがは奏子だ。話が早い。そしてその時…おまえは西園寺の人間だ”
“龍くんのお嫁さんですものね”うふふと笑う奏子。
“一条の“命”との会話は、私の中に記録されている”
“誠おにいさんが気づかなかったということ?”
“気づいたが、間に合わなかったということだ。おまえの荷物にまで注意を払っていなかった。彼の中にも動揺があったのだろう”
“じゃあ、今のところ、おじいちゃまと私の秘密ね。それで…この秘密はどうすればいいの?”
“おまえが龍くんに秘密を持てるとも思えない。翼を通じて伝えてもらうんだね”
“伝えてはいけない相手はいるの?”
“翔太くんと紗由ちゃんだ。特に翔太くんは未来を一部受け取っている。彼の本来の能力と違う部分がそこで開いてしまった。不用意に不安と心配の種になっては困る”
“…わかりました。でも…紗由ちゃんに秘密を持つなんて…幼い頃から考えたことがなかったわ”
“秘密には慣れねばならぬ。おまえは兄と夫が“命”となるのだから”
“わかりました。お伝えいただき、ありがとうございました”
奏子は石をそっと絹の布に包むと、翼のところへ持って行った。
* * *
帰りの車の中、龍は翔太に聞いた。
「確かに動揺してたよなあ、翔太」
「ああ。なんや、自分でもようわからんくらい動揺してもうた」
「何かイメージでも浮かんだのか?」
その問いに翔太はうつむき、大きくため息をついた。
「かわええ男の子と女の子が見えた。二人で泣いとって…ものすごく悲しい気持ちになった。それを青龍さまがおらんせいだと思うたいうか…うまく言われへんけど…」
「つまり、おまえの子供か孫ってことか」
「そやろな。女の子は紗由によう似とった」笑う翔太。
「今の時点では先の詳しいことまではわからない。でも、何かあったら皆で支え合えばいいさ。抱え込むな。紗由に何件、食い物屋を貢がなければいけなくなるか、そっちのほうが心配になる」
「勘弁しいや。破産するわ」
笑う二人。
「まあ…まずは例の二か所を回ることからだな」
「ああ」
龍と翔太は手元のファックス用紙をじっと見つめた。
* * *
「“血液検査ガン診断センター”ねえ。ガンはあなたたちじゃないかって言いたくなるわ」
腕組みをしてビルを見上げる紗由に龍が笑う。
「献血を兼ねて、その中から一滴取ればガンの診断ができる。まあ、狙いとしては悪くないんじゃないか」
「いろんな人間の血液採って、DNA分析して、使える人間特定ってとこやろな」
翔太が言うと、紗由は翔太の腕を握る。
「撲滅したいわ、こういうの。私たちの大切な人たちが、多治見ブラザーズみたいになったら困るもの」
「そういえば、彼らは…?」
「いったん、多治見総研に戻ったわ。せやけど研究というか、あいつらがしたであろうことに関する記憶が全部飛んでたんで、御役御免になったらしい」
「ずいぶん簡単に手放すんだな」
「同行していた坊城女史によれば、責任者とやらが途中で青ざめて、もう帰っていい、二度とここに来るなと二人に言い放ったようや」
「うーん。おばあさまが、楽しいビジョンを直送りしてあげたのかしら、その責任者さんとやらに」
「あかんやつやな、それ」
「でも、そいつ責任者を名乗るには下っ端すぎないか? このビルから“殿上人”の匂いがプンプンしてくる」
「そうね…こんな奴らに渡していいのかしら、これ…」
紗由は、華織から先方に渡すようにと言われた血液サンプルを取り出し、見つめた。
* * *




