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万物再生の能力⑬ 「決着①」

遅くなって申し訳ありません。最新話です。小夜莉視点から始まっています。

 風を、断つ。


 十臥小夜莉は木刀を素早く振るっていた。能力による切断が作用し、目の前に立ちはだかっていた風が二つに分断される。

 吐かれた吐息は、鋭い。


「――シッ!」


 両膝を連動させ、小夜莉は居合の要領で加速した。柔らかな筋肉が唸りを上げ、一瞬にして柾谷宏次朗との距離は狭める。敵は既に納まっている。武器と腕の長さを含めた間合いに。攻撃するには絶好だ。

 しかし、柾谷はその機会をすぐに潰した。


「させるか!」


 更なる暴風が小夜莉の前で弧を描く。二度目の剣戟は風圧によって防がれた。圧縮された空気が壁となる。分厚いゴムを打ったかの様に、衝撃は殺される。最終的には木刀がゆっくりと地面に降ろされていた。

 小夜莉が得意とする高速の縮地。それを父親以外に破られた事は今までになかった。ただし、能力を使われれば別である。瞬発的な加速が可能ではあるが、致命的な弱点も存在していたからだ。

 速度が大きい代わりに、移動できる距離が少ない。


「ぎりぎり届きはするが……逃げられるな」


 警戒さえしていれば事前の対策は可能である。そこに能力による防壁を二重に仕込まれた。風圧による逃走もあり、柾谷には寸での所で攻撃を避けられていた。


「くらえ!」


 遠ざかった先で、柾谷が反撃に転じた。

 掌で循環させた小型の気流を発射する。左右両方に風の弾は蓄えられており、時間差を付けて小夜莉を狙った。


「ふん、遅いな」


 片腕で木刀を振り、一発目を粉砕させる。返す手で後続の風も切り払った。


「これじゃ足りないか。……くそ!」


 柾谷が片手を床に向けて降ろす。その中心に向かって屋上の空気が集まっていった。ごぉぉお、と風が音を紡ぐ。巡る気流がこれまで以上の速度に達している。小夜莉の力を計り、より強力な弾丸にしようと能力を集中させていたのだ。


「これなら……防げないだろ」

「む」


 小夜莉は凛々しい顔立ちに若干の緊張を浮かべる。

 概念による切断とはいえ、全てが容易く斬れる訳ではない。現に、柾谷の言葉は図星だった。木刀を当てた時点で力の方角が逸らされると予想できた。そこまで強烈な渦が作り上げられていた。


「させるか」


 阻止しようと、小夜莉は重心を微かに落とす。


「……させて、もらいますよ!」


 だが、柾谷に先手を取られてしまう。背後から風圧を呼び込み、小夜莉から次々と距離を取っていった。姿勢を変えないまま、蹴った際の反動だけで屋上を動き回る。

 風の蓄積は維持していた。時間が経てばやがて発射されるのだろう。それだけはどうしても避けたかった。


「厄介だな」


 そう漏らして、小夜莉は木刀の構えを相手の動きに合わせていく。

 攻撃はしてこない。どうやら逃亡と蓄積だけに能力の容量は注ぎ込まれているらしい。


「…………」


 小夜莉が無言で駆け出す。長距離用の追跡であり、速度は居合より劣っている。だが、小回りが利く分、こちらの方が適切だった。

 黙ったまま、柾谷も屋上の床を蹴る。強力な風圧が発生し、スーツに包まれた身体を易々と遠くに追いやった。

 ――ここには逃げ道がない。周りは柵のみ。唯一の出入り口も閉ざされており、開けようとすれば隙が出来る。

 着々と走り、小夜莉は柾谷を追いかけた。能力による蓄積がいつまでかかるかが不安だった。完了するよりも早く、木刀による一撃を叩きこまなければいけない。しかも気流の防壁も突破する必要まであった。

 遠い。

 そう感じながら、小夜莉は己の行く道を信じた。


「ここだ」


 身体を低くして駆ける最中、片手を地面に着いた。刹那。その接触を皮切りに、動作を激変させる。


「はぁ!」


 手首を捻らせてからの反動で、前方に深く踏み出し、木刀で突く。

 風圧が放射線状に散った。柾谷が僅かに目を見張りながら、真横に逃げていく。残念ながら当たらなかったらしい。

 気落ちも間に合わず、小夜莉の刃はすかさず敵を追いかけた。木刀を凪ぐと同時に小夜莉は移動していく。柾谷へと近づき、かつ攻撃の手も緩めなかった。


「はぁぁああ!」


 気迫が渦による騒音を上回る。空回る木刀の軌跡が如実に柾谷との距離を詰めていた。


「く……そっ! 後少しなのに!」


 柾谷が歯ぎしりを鳴らす。最大の一撃を掌に溜めつつ、逃げるしかない現状に顔を酷く歪めていた。追いかけて来る小夜莉との間も一メートルを切っている。木刀が届くのは時間の問題だった。

 木刀が、両腕ごと上空に昇る。

 小夜莉が武器を上段に構えたのだ。高く、ゆっくりと、そして堅牢にそびえさせている。柾谷はその瞬間を見逃さなかった。


「…………今だ!」


 大声で吐き、敷地の中心へと大きく退ける。横に飛び、柾谷宏次朗は小夜莉の直線上から姿を消した。

「――油断しましたね! これで、私の勝ちは決まった!」


 甲高い哄笑が屋上に響いた。

 一歩、二歩を地面に降ろし、姿勢を安定させていく。掌からの強烈な風に晒されていて不安定な足取りだったが、それでも笑う事は止めなかった。腹の底から溢れていたのだ。柾谷自身も抑制が効かなかった。

 小夜莉が木刀を静かに下げ、笑い始めた男を鋭く睨む。


「時間稼ぎは、もう終わりだ!」


 幾重にも旋風を起こしている掌が、小夜莉に向けられた。弾丸の蓄積が今になって完了したのだ。柾谷は勝利の確信から破顔し、叫ぶ。


「チャージ、完了! 逃げ場は無い! 食らえっ!」



 ばしっ!

 寸前に、それは響いていた。


「…………は……?」


 柾谷の身体が傾いていく。定めていた標準も小夜莉から外れる。顔を動かさずに瞳だけで足元を確かめる。無意識に力が抜けていく膝があった。着地していた筈の片足が、静かに沈んでいく。

 靴底がぱっくりと横に割れていた。刃物で切られたかのように、足裏の皮膚からも血が噴き出る。深くは無かった。だが、突然の刺激に身体は驚き、柾谷の足が耐えられなくなったのだ。

 姿勢は崩れる。それは、絶好の好機へと変わっていた。


「しっ……!」


 木刀を深く引き寄せ、小夜莉が一目散に駆けた。

 ――柾谷の足を傷つけたのは、小夜莉の能力である切断付与。先の手を着いた時、触れた箇所で能力を発動させていたのだ。その場所に切断という概念が与えられ、柾谷の接地と同時に切断が起こった。

 鬼気迫る少女の様相が、柾谷へと近づく。小夜莉は木刀を利き手とは逆の腰元に添え、刃に当たる部分を真下に向けていた。刀身は淡く光を放つ。切断付与の能力が発動している証だった。


「う……ぁあああああ!」


 絶叫を上げ、柾谷は暴風で身を守ろうとした。気流が壁となって小夜莉の目前に吹き荒れる。それが、もう一つ。空気は二重に循環し、あらゆる物を能力者から拒絶していた。

 小夜莉が深く踏み込んだ。敵の怯えた双眼と対峙しながら、揺らぎのない声音で小さく呟く。



「十臥流奥義、《弐篇》」



 空の手を利き腕の肘に添え、眼にも留まらぬ速さで木刀を引き抜いた。

 ――ばしゅっ! 

 一つ目の気流が断たれる。上空に目掛けて木刀が走っていた。解けた風が散乱し、小夜莉の長い黒髪を乱れさせていく。

 柾谷との距離は未だに開いている。二つ目の気流が渦巻いており、足を入れる事さえ許していなかった。高速、圧縮させた風が循環していた。易々と踏み込めはしない。そう確信した柾谷が笑みを浮かべる。

 小夜莉は木刀を切り上げ、気流を一つだけ打ち破った。しかし、まだ風の防壁は残っている。攻撃は最後まで届かなかったのだ。

 次の一撃より早く、蓄積していた風の弾丸を発射しかけた。


「……これで」

 終わりだ、と柾谷が口にする。


 ――直前だった。

 最後の気流が唐突に切断される。


「なっ!?」

 木刀を振り上げたと認識していた。一瞬の間だけ柾谷は視野から思考に意識を寄せた。たったそれだけの合間。小夜莉の木刀は既に地面へと降りていた。


「終わるのは貴様だ」


 ほぼ同時に振るわれた、二連撃。それが《弐篇》と呼ばれる十臥流の奥義だった。利き腕の肘に片手を添えながら、剣を振り上げる。続けざまに添えていた掌へ力を込める。駆けあがった木刀は即座に降り、間髪入れない連撃となる。

 理論的には成立しているが、その間隔を極限まで縮めていた小夜莉の技術が達人並だった。

 感覚的に理解した柾谷は、改めて彼女が背負う名の意義を思い返す。


「風紀……委員……!」


 学園を守護する生徒だけの戦闘特化型の組織、風紀委員。その実力は一般の能力者を遥かに超えている。

 剣術に長けた少女の突きが、柾谷に迫った。目と鼻の先で木刀が唸りを上げていた。必殺の威力を孕んだ一撃。それが炸裂するまでの刹那、全ての抵抗は無意味だと柾谷は悟らされていた。風による暴風も、溜めていた弾丸も間に合わない。言葉通り、敗北が眼の前に突き付けられていたのだ。


「はぁ!」


 小夜莉が裂帛の気合を放つ。

 喉元に木刀はめり込み、威力が炸裂した。鈍い音を響かせ、余波が同心円状に広がっていく。


「がぁ……っ!」


 苦痛を漏らした柾谷の両足が地面から浮かぶ。勢いは一人分の肉体に納まりきれず、軽々と吹き飛ばす程だった。宙に漂い、僅かな放物線を描き、スーツを着た男は屋上の端へと追いやられた。

 どさり、と落下音の後から静寂が流れる。


「…………」


 無言の状態で小夜莉は目線を上げる。利き腕を伸ばしきった姿勢のまま、遠くへと離れた柾谷の様子を窺った。

 反応は全くない。だが、胸が小さく上下に動いていた。どうやら気絶しているだけらしい。


「ふん」

 荒い鼻息と共に、小夜莉は木刀を軽く振り払った。

「思い知ったか。……これが、風紀委員の力だ」


 黒いお下げを揺らし、十臥小夜莉は胸を張る。屋上に柔らかく吹いた風が身に着けていた腕章をたなびかせる。柾谷による気流操作が無くなったせいだろうか。暫くの間、穏やかに小夜莉の周辺を空気が撫でていった。



 こうして風紀委員――十臥小夜莉は、天慧教団――柾谷宏次朗に完全に勝利した。


学業が忙しく、執筆が遅れてしまいました。誠に申し訳ありません。次はもっと早く更新したいと思います。

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