万物再生の能力⑭ 「決着②」
ちょっと遅くなって申し訳ありません。最新話です。ゴリラが戦っています。
二つの拳が中空で激突した。
音が爆ぜ、その反動でどちらも離れていく。
風紀委員長である男子生徒は上段に回し蹴りを放った。対峙する碓済も、合わせる様に空高く足を振るう。
ぎぃぃん、と打撲と衝撃が悲鳴を上げた。
「……ふん!」
今度は拮抗状態に移らなかった。制服のズボンに包まれた太い足が最後まで軌道を描いていく。切った風が二人の間で短く吹き荒れた。
碓済は流れに逆らわず、わざと重心を崩していく。押し返された勢いに乗って、風紀委員長から距離を取った。
「やれば出来るじゃねえか。さっきとは大違いだぜ」
「……そういう割には大したダメージは負ってないな」
作業着の両袖を捲りながら、碓済健哉が凶悪な笑みを作った。左右で変質していた鋼色の拳骨がお互いに打ち付けられる。がん、がん、と高らかな響きが鳴った。その直後に碓済の口は開く。
「元から身体は頑丈でな。能力に目覚める前から喧嘩ばっかりしてたぜ。……ちょっとやそっとじゃもう痛みも感じねえ。まあ」
一呼吸の間を挟み、碓済は目の前を睨み付けた。
「それはお前も同じだろ? 能力だけの強さじゃねえ。動きがキレてる。流石、世間に名高い学園の風紀委員ってところか」
「貴様に褒められても、嬉しくはないな」
「違えねえや」
碓済が短く笑った。
「俺もてめえを喜ばせに来たんじゃねえ。……てめえを」
両腕を自然に降ろし、凶悪な瞳を一段と鋭くする。左右の指先から両肘にかけて、金属の色合いが濃くなっていった。部分硬化を全体的に広げているのだ。
「――てめえを負かしに来たんだ。泣いて命乞いをするぐらいまで、痛めつけてやる!」
そう言い放ち、碓済は地面を蹴った。
「やってみろ」
敵意を剥き出しにした男を前に、風紀委員長はゆっくりと構えを取った。足幅を取り、拳を強く握り、浅く脇を占めて身構える。
碓済の掌底が懐に飛び込んだ。指は直角に曲げられており、脇腹を狙っている。
どむ、と肉にめり込んだ。目標から僅かにずれていた。風紀委員長が両足を動かし、打点を遠ざけたのだ。
「……!」
硬化された指が腹部を圧迫する。風紀委員長の思い唇が微かに反応した。思わぬ痛みで動揺した。
ダメージを覚悟で碓済を近づけた。何故なら、この距離が最も打撃の威力を発揮できる距離だったからだ。
風紀委員長の拳が飛ぶ。
容赦なく碓済の頬に炸裂した。歪んでいた顔ごと真横に吹き飛ぶ。がぁん、と遅れて衝撃が鳴り響いていった。
「っ! また硬化か」
今の一撃は鮮やかに命中した。だが、風紀委員長は更なる緊張を顔中に走らせた。
「いってえな、糞が!」
平然と怒鳴る碓済。
残っていた片腕を閃かせ、鋭い関節を突き出す。
紅い液体が即座に飛び散った。
風紀委員長の頬から血が零れる。碓済の手によって切り裂かれたのだ。部分硬化によって研ぎ澄まされた関節は、さながら刃物と同等の切れ味を持っていた。
これは単なる打撃ではない。下手をすれば重傷になる。先程は首を捻って躱したが、次も避けられるとは限らなかった。そこで風紀委員長は碓済の手を封じようとした。足を余計に踏み出し、勢い付ける為の距離から潰す。
「邪魔だあ!」
近づいた分だけ、碓済の拳が向かってきた。それも承知済みだった。
「…………っ」
同じ様に頬を殴られた。相手の皮膚は固く、風紀委員長の横顔が一瞬にして赤くなる。指の跡がくっきりと残っていた。
視界に衝撃が走っても、目線は逸らさない。風紀委員長は二発目の突きを放つ。
胸板に真っ直ぐ当たった。ゴツンという固い感触を又もやを覚えた。
「ぐっ……! だから、無駄なんだよ!」
後ろに小さく押されながら、碓済が叫ぶ。言葉では平気と装っていたが、額に汗を浮かべていた。今の打撃でダメージが通ったらしい。
「もっとだ」
風紀委員長は口を瞬かせ、右腕を腰元の横に備えた。
「うらぁ!」
鋼色の手足が迫った。ストレートに突き、逆の手でフックを短く放ち、最後に盛大に回し蹴りを上段に振るう。
がん、がん、がん、と連続で音が鳴った。風紀委員長は微動だにせず、それらを縦にした上腕で防いでいた。
「まだまだぁ!」
碓済が追撃に移る。今度は片腕を内側に曲げ、肘で撃ってきた。鋭い先端が垂直の腕に激突する。
続けて、膝が飛んだ。反対側の足を持ち上げ、碓済はガードしている腕を攻撃した。
「っ」
無表情に近い顔面の上で、眉がぴくりと動く。風紀委員長が一瞬だけ防御に徹した腕を降ろした。勢いを付け、跳ね上がる碓済の膝に叩き付ける。ぐぁん、と金属が歪んだ様な異音が響く。
硬化されていた膝は真下へと降りた。同時に、片足を跳ね除けられた碓済の姿勢も崩れていく。額の汗は宙に飛び散り、攻撃も防御も出来ない瞬間が曝け出される。
「ここだ」
備えていた風紀委員長の右腕が、その一言と共に分厚くなる。筋肉が盛り上がり、制服が腫れ上がる。
――じゃり。
前足を踏み出し、足幅を大きくした。踏みしめた地面に体重をかけ、足、腰、肩、肘、腕、とあらゆる箇所を連動させていく。凝縮された力みは拳の先に集まり、数秒前より膨張した拳骨が唸る。
「せいっ!!」
必中の一発、及び三発目が直進する。それは単純な正拳突きだった。狙いは二発目と同じく、碓済の胸元。防御していた腕への攻撃を返す様に、硬化の前例がある場所を風紀委員長は撃ち抜こうとした。
「――――」
能力で防げる、という事実を碓済は覚えていた。しかも、戦闘時は急所が多い胸や腹部を常に硬化している。安堵する要因しかなかった。だが、理性に反して顔中に焦りが募る。
命中する、突き。
刹那。
碓済の全身は吹き飛ばされた。
「――がぁああ!?」
背中を駐輪場の支柱に激突させ、即座に項垂れる。碓済がこの柱にぶつかるまで十分な距離がある筈だった。しかし、現に瞬きする間もなく打ち付けていた。
激しく咳き込み、碓済が絶句する。
「くそが…………。硬化が……、破られた……?」
自分の胸元を見下ろし、碓済は瞳を細める。着込んだシャツごと窪みが出来ていた。風紀委員長の一撃により、硬化した胸板を含めて陥没させられたのだ。ありえねえ、と口にしながらゆっくりと顔を上げる。
岩石の如き拳を引き戻し、学生の身分である青年は荒々しく鼻息を吐いた。
「終わりだ。もう戦えまい」
冷たく言い放つ。親指で頬の傷口を拭い、服の裾で拭っていた。
「こ、この野郎」
相手の態度に反応し、碓済が立ち上がろうとした。だが、踏ん張りは効かず、口元から血が混じった涎がこぼれてしまう。
続行は不可能、と碓済は判断した。全身から力を抜いて、両腕を地面に横たわらせる。硬化も解いた。安定しない呼吸を繰り返し、掘り起こされる痛みで呻く。
「……一発ごとに、重くなっていきやがった」
呆然と碓済が呟いた。
「これが、てめえの能力か。……単純な身体強化にして、無限の出力を可能とする《無限強化》。なるほど、第八階級の名はやっぱり伊達じゃねえな」
「欲しくて八の階級を貰った訳ではないがな」
――風紀委員長が持つ身体系の能力、《無限強化》。それは効果だけを見れば肉体を強化するだけの能力だった。しかし、最高の第八に選ばれた要因は別にある。己が望んだ分だけ強化できるという、無限の出力を誇っている点であった。
望めば岩を割り、コンクリートを砕き、鋼鉄さえも打ち抜ける。
単純にして強力。
そして、武闘派の頂点に相応しい能力だった。
「……勝てると思ったんだがな」
後頭部を支柱に預け、碓済が空を仰ぐ。
「てめえ、名は何だ」
声が上空から降りかかった。風紀委員長は数秒間だけ唇を閉ざした。答えてやるべきか迷っていた。相手は犯罪者であり、敵だ。教えていいのかすぐには結論が出なかった。
暫くした後、答えは決まる。
「風紀委員長、源堂和真だ」
碓済健哉はその名前を聞き、無音で頬を吊り上げた。やがてその上半身が傾く。既に気力は限界だったのだろう。地面の上へと崩れ落ちてしまった。どさり、と柔らかな音で戦いは途切れる。
粉砕された複数の自転車に、折れ曲がった駐輪場の支柱。
深い傷を負ってないとはいえ、周囲への被害は少々出ていた。生徒や学園側の負担を考え、治安を維持する風紀委員長は胸を苦しませた。半分は自分がやった、という過去も気にせず、仮面の様に固い顔面に影を落とす。
「……中々に厄介だった」
源堂和真は小さく溜息を漏らし、気絶した碓済に目線を配った。
こうして、風紀委員長――源堂和真は、天慧教団――碓済健哉に勝利した。
《無限強化》というのは、自分が願った分だけ肉体を強化できる能力です。代償は必要なのですが、出力における制限はありません。かなり強力です。故に、最高の階級である第八が風紀委員長には与えられています。
次話は二週間以内には更新したいと思います。




